第101話 お地蔵様もたまには怒る 20
文字数 2,329文字
ゆっくり口を開くと、今日は俺の体調や精神状態に不安なところがないか、ずっと注意しているらしい真久部さんは、すぐ反応した。
「何です? 何でも屋さん」
「伯父さん、昨日こう言ってたんですよ、『私が行くより、何でも屋さんのほうが多分いい』って」
「……」
そう言った時の笑顔が怪しかったし、どういう意味か分からなかったけど、と俺は続ける。
「伯父さんて、悪戯好きな人ですよね? 愉快犯っていうか」
天然を装った無邪気な邪気っていうか。
「俺、ふと思いついたんです。伯父さん、俺の顔を見て、手妻地蔵様と俺の繋がりを思い出したんじゃないかと……。真久部さん、伯父さんに話したんじゃありませんか? 俺がお礼にタブレットで見せた、西洋ダンス詰め合わせのこと」
「……あまり詳しくは言いませんでしたが、当時、何でも屋さんが自分で踊る代わりにタブレットを使った話はしましたね」
斬新だ、と面白そうに聞いてました、と真久部さんは答える。
「まあ、真久部さんが言わなくても、伯父さんなら直接 聞いたかもしれません。──で、ね。手妻地蔵様って、前回奉納された踊りを次回の幻に使うみたいじゃないですか。俺が見たどじょうすくい、その前の人が奉納したんでしょうねって、真久部さんも言ってたでしょう?」
「ええ……」
俺が何を言おうとしているのかと、眼を瞬かせる。
「だからね、自分が奉納したダンスのイリュージョン、見せられたら驚くだろうなぁ、とか、手妻地蔵様もその成果? を奉納した相手に見せたいんじゃないかなぁ、とか、そういうこと考えたんじゃないかと思うんです」
「……」
真久部さんは眉間にシワを寄せた。
「──あの人の考えそうなことですね」
「でしょう? 想像してわくわくしてそうっていうか」
いつも面白いこと探してる、って眼をしてるもんな、真久部の伯父さん。
「だけど、そんなことのために、人様を危険な目に遭わせていいはずはありませんよ……」
今度顔を出したら簀巻きにして、骨董古道具の前に放り出してやる、なんて物騒(?)なこと呟いてる。伯父さんはそれはそれで楽しんでしまいそうな気もするけど。うん。
「まあ、俺もそれには同意見ではあるんですけど」
「当然ですよ」
何でも屋さんはもっと怒っていいんですよ、とまだまだお冠だ。
「俺、思うんだけど……。伯父さん、自分がやっても死にゃあしない、というか大丈夫なことだから、軽い気持ちで俺に任せちゃったんじゃないかなー」
「え?」
びっくりしたように眼を見開く。
「伯父さんにとっては、きっと、三日くらい寝込もうが大したことじゃないんですよ。自分が大したことないんだから、他人にとっても大したことない、そういう感覚なんじゃないかなぁ。──さすがに、最悪のケースが考えられる場合はやらせないと思いますが」
っていうか、そう願いたい。
「悪意は無いんですよ、たぶん」
「……何でも屋さんは、少し伯父に甘くないですか?」
ちょっと責めるような眼で見られる。俺は焦って首を振った。
「そんなことないですよ! 悪意が無きゃ、何してもいいなんて思わないし。ただ仕事柄、お年寄りと接することが多いから──、慣れてるだけです、理不尽に」
「理不尽、ですか……」
「皆さん、気難しいですし、超絶自分スタイルですし。本人にとっては筋が通ってるのかもしれない話でも、こちらにしたら、え? ってなって理解出来ないことも多々あるし。何十年も生きてると、人間もどこか妖怪じみて来るものですよ。もうね、こっちはそれに添って付き合うしかないんです。真久部の伯父さんも、そういうご老人方と同じだと思えば」
「何でも屋さんて──」
どこか呆れたような、感心するような、何ともいえない表情で俺を見ながら、力の抜けた声で言う。
「大人物だったんですね……」
ぼんやりしてるように見えて、実は悟りの境地に至ってたんだね、とか呟いている。失礼な。
「いやあ、真久部さんには敵いませんよ。身内に伯父さんみたいな人がいたら、俺なんてどう付き合ったらいいのか分からないと思いますもん」
あの人の得体の知れなさ、じわりと染みるような不気味さはまるで。
「ぬらりひょん、っていう妖怪みたいですよね。掴みどころがないところとか、善悪の基準が微妙にズレてるっぽいところとか──って、またすみません」
いけない、いけない。貶したつもりはないけど、褒めてもいない。じゃあどういうつもりなんだと聞かれたら困るけど……うーん。笑ってごまかそう。
「……あはは! いや、まあね、一応、けっこうな金額の仕事料を頂きましたし。伯父さんの行いについて思うところが無いではありませんが、真久部さんはいつもちゃんと考えて仕事を依頼してくれてたんだってことが分かって、何だか安心しましたし。──毎回、怖かったんですよ。ちょっとね」
慈恩堂の仕事は、ちょっと怖いどころで済まないことも多々あったけど、その後の心身に影響があったことは、確かに今まで一度もなかった。怖がらせるようなこと言って喜んでるのは趣味が悪いけど、それも、肉体的にも精神的にもどんな意味でも危ないことはやらせてない、っていう自信の現れなんだろう、たぶん。
「今度伯父さんに会ったら、一目散に逃げることにしますね。俺としても、真久部さんは信用出来るけど、伯父さんはね、まだ数回会ったことがあるだけだし……」
真久部さんの怪しさと、伯父さんの怪しさは、似てるけど質が違うような気がする。ついそんなことを口にしてしまったけど、真久部さんは笑うだけだった。
「何です? 何でも屋さん」
「伯父さん、昨日こう言ってたんですよ、『私が行くより、何でも屋さんのほうが多分いい』って」
「……」
そう言った時の笑顔が怪しかったし、どういう意味か分からなかったけど、と俺は続ける。
「伯父さんて、悪戯好きな人ですよね? 愉快犯っていうか」
天然を装った無邪気な邪気っていうか。
「俺、ふと思いついたんです。伯父さん、俺の顔を見て、手妻地蔵様と俺の繋がりを思い出したんじゃないかと……。真久部さん、伯父さんに話したんじゃありませんか? 俺がお礼にタブレットで見せた、西洋ダンス詰め合わせのこと」
「……あまり詳しくは言いませんでしたが、当時、何でも屋さんが自分で踊る代わりにタブレットを使った話はしましたね」
斬新だ、と面白そうに聞いてました、と真久部さんは答える。
「まあ、真久部さんが言わなくても、伯父さんなら
「ええ……」
俺が何を言おうとしているのかと、眼を瞬かせる。
「だからね、自分が奉納したダンスのイリュージョン、見せられたら驚くだろうなぁ、とか、手妻地蔵様もその成果? を奉納した相手に見せたいんじゃないかなぁ、とか、そういうこと考えたんじゃないかと思うんです」
「……」
真久部さんは眉間にシワを寄せた。
「──あの人の考えそうなことですね」
「でしょう? 想像してわくわくしてそうっていうか」
いつも面白いこと探してる、って眼をしてるもんな、真久部の伯父さん。
「だけど、そんなことのために、人様を危険な目に遭わせていいはずはありませんよ……」
今度顔を出したら簀巻きにして、骨董古道具の前に放り出してやる、なんて物騒(?)なこと呟いてる。伯父さんはそれはそれで楽しんでしまいそうな気もするけど。うん。
「まあ、俺もそれには同意見ではあるんですけど」
「当然ですよ」
何でも屋さんはもっと怒っていいんですよ、とまだまだお冠だ。
「俺、思うんだけど……。伯父さん、自分がやっても死にゃあしない、というか大丈夫なことだから、軽い気持ちで俺に任せちゃったんじゃないかなー」
「え?」
びっくりしたように眼を見開く。
「伯父さんにとっては、きっと、三日くらい寝込もうが大したことじゃないんですよ。自分が大したことないんだから、他人にとっても大したことない、そういう感覚なんじゃないかなぁ。──さすがに、最悪のケースが考えられる場合はやらせないと思いますが」
っていうか、そう願いたい。
「悪意は無いんですよ、たぶん」
「……何でも屋さんは、少し伯父に甘くないですか?」
ちょっと責めるような眼で見られる。俺は焦って首を振った。
「そんなことないですよ! 悪意が無きゃ、何してもいいなんて思わないし。ただ仕事柄、お年寄りと接することが多いから──、慣れてるだけです、理不尽に」
「理不尽、ですか……」
「皆さん、気難しいですし、超絶自分スタイルですし。本人にとっては筋が通ってるのかもしれない話でも、こちらにしたら、え? ってなって理解出来ないことも多々あるし。何十年も生きてると、人間もどこか妖怪じみて来るものですよ。もうね、こっちはそれに添って付き合うしかないんです。真久部の伯父さんも、そういうご老人方と同じだと思えば」
「何でも屋さんて──」
どこか呆れたような、感心するような、何ともいえない表情で俺を見ながら、力の抜けた声で言う。
「大人物だったんですね……」
ぼんやりしてるように見えて、実は悟りの境地に至ってたんだね、とか呟いている。失礼な。
「いやあ、真久部さんには敵いませんよ。身内に伯父さんみたいな人がいたら、俺なんてどう付き合ったらいいのか分からないと思いますもん」
あの人の得体の知れなさ、じわりと染みるような不気味さはまるで。
「ぬらりひょん、っていう妖怪みたいですよね。掴みどころがないところとか、善悪の基準が微妙にズレてるっぽいところとか──って、またすみません」
いけない、いけない。貶したつもりはないけど、褒めてもいない。じゃあどういうつもりなんだと聞かれたら困るけど……うーん。笑ってごまかそう。
「……あはは! いや、まあね、一応、けっこうな金額の仕事料を頂きましたし。伯父さんの行いについて思うところが無いではありませんが、真久部さんはいつもちゃんと考えて仕事を依頼してくれてたんだってことが分かって、何だか安心しましたし。──毎回、怖かったんですよ。ちょっとね」
慈恩堂の仕事は、ちょっと怖いどころで済まないことも多々あったけど、その後の心身に影響があったことは、確かに今まで一度もなかった。怖がらせるようなこと言って喜んでるのは趣味が悪いけど、それも、肉体的にも精神的にもどんな意味でも危ないことはやらせてない、っていう自信の現れなんだろう、たぶん。
「今度伯父さんに会ったら、一目散に逃げることにしますね。俺としても、真久部さんは信用出来るけど、伯父さんはね、まだ数回会ったことがあるだけだし……」
真久部さんの怪しさと、伯父さんの怪しさは、似てるけど質が違うような気がする。ついそんなことを口にしてしまったけど、真久部さんは笑うだけだった。