第166話 寄木細工のオルゴール 4
文字数 2,215文字
「ここの道具たちって……、悪縁を呼ぶこともあるんですか?」
慄きながらたずねると、あっさりうなずかれてしまった。
「ありますよ」
「……!」
俺はお茶を飲むのもやめて、思わず身を強張らせてしまった。
「ああ……、すみません、怖がらせてしまいましたか」
真久部さんは苦笑した。
「でも、それはうちだけじゃないし、そんなに怖がらなくて大丈夫です。──普通はね」
対策してますし、とこともなげに言ってから、話を逸らせようとでもいうのか、お土産があるんですよとコタツから出て、帰ってきたとき上がり口に放り出したままだったらしい紙袋を取って戻ってきた。俺は全力でそれに釣られることにする。──怖い話、聞かなくて済むならそのほうがいい。
「あ、それ……」
中から出て来たのは、柿の葉寿司。
「ここの、美味しいそうですよ」
菓子用に置いてある銘々皿に、三つほどのせてくれる。
「ちょうど小腹がすく頃だと思ってね」
僕もお腹がすきました、と真久部さんは自分のぶんの柿の葉をほどき始める。
「奈良へ行ってきたんですか?」
そういえば俺も腹が……と思いながら、ころんと四角い寿司を手に取る。
「いえ。途中の大きな駅で物産展をやってたんですよ。前に伯父の言っていた店名のところがあったので、買ってみたんです──うん、なかなかですね、これ」
真久部さんが美味しそうに食べるので、俺も急いで柿の葉をめくって中身にかぶりついた。
「どうです……?」
目が笑ってる。
「美味しいです!」
夢中でもぐもぐしてたのを飲み込んで、俺は答えた。実は俺、バッテラより柿の葉寿司のほうが好きなんだよな。今まで食べた柿の葉寿司の中でも、これは三本の指に入るかも。
「鯖だけじゃなくて、鮭と鯛もありますよ」
俺の喰いっぷりが良かったのか、微笑ましいものを見る目で真久部さんがそう教えてくれる。思わず頬がゆるんだ。王道は鯖だけど、鮭も美味いよなぁ。鯛は食べたことない。──残りの二つはその鮭と鯛で、たしかに美味いは美味いんだけど、俺は柿の葉寿司はやっぱり鯖が一番だと思った。
御手拭きで手を拭いていると、もういいんですか? とたずねられた。
「まだたくさんありますよ?」
「今はこれで……」
俺は苦笑いした。いつもならもっと食べられそうなんだけど、今日は何だか……。
「まだ少し障っているようですね……」
真久部さんは困ったように微笑んだ。
「無理せず、今日はもう休んだほうがいいかもしれません」
僕も帰ってきたことだし、店番は切り上げてもらって大丈夫ですよ、と気遣ってくれる。
「そういえば、戻るの早かったですね。予定では、閉店時間間際くらいになるはずじゃあ?」
「そのはずだったんだけどね。はぁ……」
溜息を吐きながら、俺に代わって今度は真久部さんがお茶を淹れてくれた。
「寿司系のあとは、やっぱり緑茶が合いますねぇ……」
あまり語りたくはなさそうだ。
「そうですね。コーヒーは絶対違うし、紅茶でもない。やっぱり寿司にはお茶ですよ」
そんなふうに言いつつ、俺は今日も置いてくれてあった好物の○セイのバターサンドを頬張って、洋菓子にだって合いますよ、と元気をアピールしておいた。──変なことはあったけど、それだけだし。慈恩堂は怪しい店だけど、店主がいれば大丈夫、のはず。ほら、古時計たちだって温和しい。隅の暗がりに、不意に意識が向くこともないし……。
……俺、すっかりこの店に馴れちゃったなぁ。
軽く落ち込みながら、ずずっとお茶を啜る。ふと耳につく古時計たちの音。
チッ……チッチッ……チッ
チック……タック……タック……チックタック……
カッチンカッチンカッチン……
新しい古時計仕入れたのか、固い音だなぁ、なんて思いながらぼーっとしてると、皿を片付けてきたらしい真久部さんが台所から手を拭き拭き戻ってきた。
「これはやっぱり仕舞っておきましょうね」
誰に言うともなくそう呟くと、衝立の後ろの襖の奥から漆塗りの箱を出してきた。あのオルゴールをそこに仕舞うらしい。
「あ、そういえば、その……」
これはやっぱり言っておいたほうがいいのかな、と思うより先に声に出していた。
「俺、開けてないけど閉めました、それ。たぶん」
とたんに強張る真久部さん。まるで機械人形のように、ぎこちなく首をこちらに向ける。
「──聞いてませんよ?」
「そ、そうなんですけど、うっかり言いそびれてたっていうか……」
「……」
怖い。真久部さんが怖い。いや、いつもの怪しい怖さじゃなくて、雷オヤジが雷をガマンしてるみたいな、そういう怖さ。
「いや! 拾っただけなんです、ホント! その時、蓋っぽいとこ開いてたんですよ。ほら! 客が『開いた』って言うのが聞こえたって、俺、さっき真久部さんに言ったじゃないですか!」
「……」
そ、そんな苦虫を噛み潰すみたいな顔はやめて! 普段の胡散臭くも温和な雰囲気とのギャップが。
「直に触るのも怖くて、始めは風呂敷越しに拾おうとしたんです。でも、そんなやり方だと下手したら滑って落っことしそうだと思って、素手でできるだけそっと掴んだのに……」
その瞬間、かすかに細工の動いたような感触がしたんです、そう言うと、真久部さんの眉間の皺が深くなった。
「で、びっくりしてそのままの姿勢で固まって、どうしようと悩んでるうちに、冷えてついくしゃみしちゃって。その拍子にどう力が入ったのか、閉めちゃったみたいなんですよ……」
足元の隙間風が冷たかったんです! と訴える。
「不可抗力なんですよ……」
慄きながらたずねると、あっさりうなずかれてしまった。
「ありますよ」
「……!」
俺はお茶を飲むのもやめて、思わず身を強張らせてしまった。
「ああ……、すみません、怖がらせてしまいましたか」
真久部さんは苦笑した。
「でも、それはうちだけじゃないし、そんなに怖がらなくて大丈夫です。──普通はね」
対策してますし、とこともなげに言ってから、話を逸らせようとでもいうのか、お土産があるんですよとコタツから出て、帰ってきたとき上がり口に放り出したままだったらしい紙袋を取って戻ってきた。俺は全力でそれに釣られることにする。──怖い話、聞かなくて済むならそのほうがいい。
「あ、それ……」
中から出て来たのは、柿の葉寿司。
「ここの、美味しいそうですよ」
菓子用に置いてある銘々皿に、三つほどのせてくれる。
「ちょうど小腹がすく頃だと思ってね」
僕もお腹がすきました、と真久部さんは自分のぶんの柿の葉をほどき始める。
「奈良へ行ってきたんですか?」
そういえば俺も腹が……と思いながら、ころんと四角い寿司を手に取る。
「いえ。途中の大きな駅で物産展をやってたんですよ。前に伯父の言っていた店名のところがあったので、買ってみたんです──うん、なかなかですね、これ」
真久部さんが美味しそうに食べるので、俺も急いで柿の葉をめくって中身にかぶりついた。
「どうです……?」
目が笑ってる。
「美味しいです!」
夢中でもぐもぐしてたのを飲み込んで、俺は答えた。実は俺、バッテラより柿の葉寿司のほうが好きなんだよな。今まで食べた柿の葉寿司の中でも、これは三本の指に入るかも。
「鯖だけじゃなくて、鮭と鯛もありますよ」
俺の喰いっぷりが良かったのか、微笑ましいものを見る目で真久部さんがそう教えてくれる。思わず頬がゆるんだ。王道は鯖だけど、鮭も美味いよなぁ。鯛は食べたことない。──残りの二つはその鮭と鯛で、たしかに美味いは美味いんだけど、俺は柿の葉寿司はやっぱり鯖が一番だと思った。
御手拭きで手を拭いていると、もういいんですか? とたずねられた。
「まだたくさんありますよ?」
「今はこれで……」
俺は苦笑いした。いつもならもっと食べられそうなんだけど、今日は何だか……。
「まだ少し障っているようですね……」
真久部さんは困ったように微笑んだ。
「無理せず、今日はもう休んだほうがいいかもしれません」
僕も帰ってきたことだし、店番は切り上げてもらって大丈夫ですよ、と気遣ってくれる。
「そういえば、戻るの早かったですね。予定では、閉店時間間際くらいになるはずじゃあ?」
「そのはずだったんだけどね。はぁ……」
溜息を吐きながら、俺に代わって今度は真久部さんがお茶を淹れてくれた。
「寿司系のあとは、やっぱり緑茶が合いますねぇ……」
あまり語りたくはなさそうだ。
「そうですね。コーヒーは絶対違うし、紅茶でもない。やっぱり寿司にはお茶ですよ」
そんなふうに言いつつ、俺は今日も置いてくれてあった好物の○セイのバターサンドを頬張って、洋菓子にだって合いますよ、と元気をアピールしておいた。──変なことはあったけど、それだけだし。慈恩堂は怪しい店だけど、店主がいれば大丈夫、のはず。ほら、古時計たちだって温和しい。隅の暗がりに、不意に意識が向くこともないし……。
……俺、すっかりこの店に馴れちゃったなぁ。
軽く落ち込みながら、ずずっとお茶を啜る。ふと耳につく古時計たちの音。
チッ……チッチッ……チッ
チック……タック……タック……チックタック……
カッチンカッチンカッチン……
新しい古時計仕入れたのか、固い音だなぁ、なんて思いながらぼーっとしてると、皿を片付けてきたらしい真久部さんが台所から手を拭き拭き戻ってきた。
「これはやっぱり仕舞っておきましょうね」
誰に言うともなくそう呟くと、衝立の後ろの襖の奥から漆塗りの箱を出してきた。あのオルゴールをそこに仕舞うらしい。
「あ、そういえば、その……」
これはやっぱり言っておいたほうがいいのかな、と思うより先に声に出していた。
「俺、開けてないけど閉めました、それ。たぶん」
とたんに強張る真久部さん。まるで機械人形のように、ぎこちなく首をこちらに向ける。
「──聞いてませんよ?」
「そ、そうなんですけど、うっかり言いそびれてたっていうか……」
「……」
怖い。真久部さんが怖い。いや、いつもの怪しい怖さじゃなくて、雷オヤジが雷をガマンしてるみたいな、そういう怖さ。
「いや! 拾っただけなんです、ホント! その時、蓋っぽいとこ開いてたんですよ。ほら! 客が『開いた』って言うのが聞こえたって、俺、さっき真久部さんに言ったじゃないですか!」
「……」
そ、そんな苦虫を噛み潰すみたいな顔はやめて! 普段の胡散臭くも温和な雰囲気とのギャップが。
「直に触るのも怖くて、始めは風呂敷越しに拾おうとしたんです。でも、そんなやり方だと下手したら滑って落っことしそうだと思って、素手でできるだけそっと掴んだのに……」
その瞬間、かすかに細工の動いたような感触がしたんです、そう言うと、真久部さんの眉間の皺が深くなった。
「で、びっくりしてそのままの姿勢で固まって、どうしようと悩んでるうちに、冷えてついくしゃみしちゃって。その拍子にどう力が入ったのか、閉めちゃったみたいなんですよ……」
足元の隙間風が冷たかったんです! と訴える。
「不可抗力なんですよ……」