第123話 鳴神月の呪物 14

文字数 2,103文字

「頭空っぽの人形なんてとんでもない。正直者はね、自分の意思で正直に生きてるから厄介なんです」

「や、厄介?」

よからぬ目的を持って利用しようとする、よからぬ輩にとっての話ですよ、と真久部は補足する。

「真っ当で常識がありすぎて、同じ土俵で勝負をしようとすると、最後には必ず負ける。だから土俵の裏側から遠回しに操ろうとするわけですが、利用して上手く動かしているつもりが、動かしきれない。昔話の老人のように、真実に呑まれてしまう──」

「え? あれは虚ろというか、真空に吸い込まれたんじゃあ?」

「正直な男は真を尽くした。(じつ)があった。真なる空は真なる(じつ)に通ず。男は真実つまり真なる(じつ)であったので、真空にも成れたんです。よからぬ輩には実がありませんからね、真実にも真空にも成れない」

「……」

「何でも屋さんは請けた仕事に誠実に真摯に対応しただけ、そしてそれは正直者にもあるはずの欲を、上手く引き出したつもりの相手の思惑を裏切り、利用しようとする目論みをくじいた──。贄に使おうとした人間に、部分的とはいえ呪を返され続けて、あちらは今よくない状況にいるはずです。まさに正直者の無意識の反撃であり、無欲の勝利です」

呪は返されたほうがキツくなりますからねぇ、そう言っても納得いかない顔をしている彼に、ご本人に自覚がないんだから、実感がなくても仕方ありませんよ、と慰める。

「やっぱり俺、馬鹿みたいじゃないですか……」

落ち込む彼に、それは違いますよと真久部は真顔になった。

「見ぬが仏、聞かぬが花。意識して出来る反撃じゃないですからね。考えてみてくださいよ、何でも屋さん。相手の意図を知ってなお、自分が上手く立ち回れたと思いますか?」

「……」

彼は黙り込んだ。

「まず、怖い! と思うでしょうね。その恐怖心に、向こうはつけ込んできますよ」

何も知らない彼に運ばれるだけだったはずの糸が、ひとたび運び手の恐怖に気づいたならば、その感情を伝って絡みつき、蜘蛛の糸のように彼を雁字搦めにしたことだろう。

「……真久部さんがよく言う、気づいていることを気づかせてはいけないっていう、それと一緒ですか?」

恐る恐るというふうに、彼が訊ねてくる。真久部は大きく頷いた。

「ええ。何でも屋さんは元々それが上手だから。本当に気づいてないのが半分、気づかないふりをしているのが半分」

え、半々って、気のせい百パーセントのはずじゃあ? と彼は呆然と呟いている。肯定を求めてか、そろそろとこちらを見ようとするので、にっこり笑って否定してやろうと思ったら、気配を察したのか、すっとまた眼をそらせた。

そんな彼のいつもの反応を愉しく思いつつ、真久部は呟く。

「それでも、あのままだったら君は早晩身体を壊していただろうけどね……」

件の顧客との通話中、彼の携帯から漏れ出していたあの靄のようなもの。いくら彼がその都度“糸”を返して(・・・)いたとしても、あんなものに何度もさらされていたら障る(・・)。この店に彼が足を踏み入れた時に真久部が“糸”に気づかなかったのは、前の糸を返してまだ次の糸をくっつけられていなかったからか、あるいは──。

「何でも屋さんは護りが強いからなぁ……」

滅多にその気配は感じさせないけれど、彼は何かに護られている。真久部は彼の亡くなったという双子の弟だと思っているが、それだけではないような気もする。今回のことで悪夢や小さな怪我くらいで済んでいるのは、奇跡的ともいえると思う。

「たぶん、その客は今まで何度も同じことをしてると思うんですよねぇ──。ん? そういえば……」

同業の集まりで聞いた噂話のひとつを、ふと真久部は思い出した。古文書専門のせどり屋と、彼を襲ったという怪異の数々を。

せどり屋が新規の顧客の頼みを請け、いつものように心当たりをあちこち回って注文の品を探していたところ、彼の立ち寄る先々で小火が起きたり、下水が壊れて水があふれたり、局地的地震かトラックの揺れかはわからないが、いきなり店の中だけが揺れて並べてあった皿が落ちて割れたり、ということが起こるようになった。柱時計が倒れたり、上の階はなく雨でもないのに天井から水が漏れてきた店もあったという。

初めは偶然と思っていた同業者たちも、せどり屋の来店とその後の小さな不幸があまりにも重なるので、だんだん彼を避けるようになり、たまに見かける本人の顔にも死相が出ている。あれはどうやら何か悪いものに取り憑かれたんじゃないのかと囁かれるようになった頃、せどり屋の古い知り合いが、刀を御神体とする神社へと彼を引っ張って行き、御祓いを受けさせたところ、何とか事なきを得た、と。

「それでも三ヶ月くらい入院したと聞きましたけどね……」

この話を聞いたのはもう去年のことですけど、と真久部が締めると、彼は寒そうに両の腕をこすっていた。

「そのせどり屋さんに古文書探しを頼んだ顧客というのが、今回俺に刀剣探しを依頼してきた顧客と同一人物だってことですか……?」
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