第5話 洋の東西あるごとく 

文字数 2,015文字

洋の東西ある如く、マジシャンにも東西があるらしい。

「マギー司郎に決まってるだろ!」

と、神埼の爺さん。

「ゼンジー北京に決まってるじゃないか!」

と、大仏(おさらぎ)
のご隠居。

この二人、共に俺の御得意さん。神埼の爺さんは将棋、大仏のご隠居は囲碁と守備範囲は違うけど、たまに呼ばれてお相手を努める。俺を通じて知り合ったご老人二人、意気投合して茶飲み友だちになったはいいものの、よくこんなふうに口喧嘩してる。

とはいえ本気ではない。だからいつも、お題はしょーもないことと決まってる。

「何でも屋さんはどっちだい? マギー司郎だよねえ?」

神埼の爺さんが俺を睨む。

「ゼンジー北京に決まってるよなあ?」

大仏のご隠居が俺を見据える。

二人とも、俺を視線でびびらせつつ、上手くカードを乗せて行く。

「ダウト!」

そう、今、俺とご老人たち三人でやっているのは、囲碁でも将棋でもなくトランプ。のダウト。今日は神埼の爺さん家に集まって、さっきまでポーカーやってたんだけど、茶菓子のやり取りに飽きたからとこんなゲームを始めることになった。……ボロボロになったよ、ブル○ンのル○ンド。

ダウト、と言われて俺は素直にカードを表反す。4の次は5。俺は正直者だ。言った神埼の爺さんが悔しそうに場にあるカードを集めて自分の手札に加えた。

「くそぅ! 何でも屋さんは勝負に強いな!」
「さっきはわしがダウトされて見破られたしな……」

大仏のご隠居も忌々しそうに減らないカードを見る。いや、別にそこまで勝ってやろうとか思ってるわけでもないんだけど……。

「で、マギー司郎だよね?」
「いや、ゼンジー北京だな?」

何故か再び力強く訊ねてくる二人。目力が凄い。腹いせか? 確かに俺、また勝っちゃったけどさあ……。

「俺、どっちも──」

「マギー司郎!」
「ゼンジー北京!」

何で二人とも熱くなってるんだ……。

「──東京ぼん太!」

苦し紛れに思いついた名前を口走ると。

「……」
「……」

冷たい目で見られた。

「──わしらがこの御仁に勝てないわけだ」
「──ホントにね」

うんうん、と頷きあう二人。

何なんだよ!





「なんてことがあったんですよ」

俺は今、古道具屋の慈恩堂に来てる。昼前から三時ごろまでの店番を頼まれてるんだ。店主の真久部さん、商談に出かけるらしい。

「二人ともいいトシして、大人げないと思いませんか?」
「あのお二人はねぇ……」

店主は苦笑した。

「ああやって張り合うことが元気の源みたいだから、まあいいんじゃないですか?」

駅前の珈琲店で、もんじゃ焼きとお好み焼きのどっちがいいかと口争いしているところに出会ったことがありますよ、と店主は付け加える。

「ちょっと会釈しただけの僕にまでどっちがいいか意見を求めてくるので、ホットケーキ、って答えておいたよ。ちょうど食べようと思ってたところだったからねぇ。あそこのホットケーキは絶品なんだ」

店主が注文したのを見た二人も同じものを注文し、仲良く無言で平らげて静かに帰って行ったらしい。──うーん、よく分からない友情?だ。

「それにしても、東京ぼん太ですか……やるね、何でも屋さん」
「え? 何が?」
「僕なら……そうだなぁ、砂川捨丸を推すよ」

誰、それ? と思ってたら、店主が説明してくれた。かなり昔の漫才師らしい。

「ほら、そこに」

店主は店の細かいものが置いてあるエリアを指さした。

「砂川捨丸のレコードを仕入れた日から、時々その辺りで拍手とか歓声が聞こえることがあるんだよ。だから、よっぽど面白かったんだろうなと思って」

顔色を悪くする俺の心も知らぬげに、「じゃあ、後よろしく」と店主は告げ、さっさと出掛けてしまった。

「……」

カッチカッチカッチ。古い時計が時を刻む音が急に大きくなったような気がする。照明は明るいのに薄暗い店内。ここには俺一人しかいないのに、他の何かの気配があるような、無いような……。

カッチカッチカッチ……

外は明るい真昼間の店番だから大丈夫だと思ってたのに……。

「お、俺を怖がらせようとしたって……」

怯む心を鼓舞しようと、声を出した瞬間。

ボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーン……

時を告げる古時計。びくっとした心臓が、音につられて跳ねるようだ。

「……」

俺は深呼吸して、大人しく帳場に座ることにした。心を落ち着かせつつ、経験から編み出した何でも屋版・慈恩堂店番時の心得を思い起こす。『見ない見えない聞こえない。すべては気のせい気の迷い』

ったく。何かとすぐ人を怖がらせようとするんだから、本当にここの店主は人が悪い。

──だけど、昼飯用に豪華な松花堂弁当を置いてくれてるみたいだから、いいとしよう。うん。
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