第20話 警備のお仕事

文字数 1,711文字

12月23日


どうしても、と頼まれて、俺は今制服を着ている。紺色で、かっちりとした上下に庇つきの帽子。お巡りさんの制服に似てるけど、違う。警備員だ。

白い手袋で包んだ手に懐中電灯。肩には無線、首から提げたホイッスルは胸ポケットの中。一応警棒も持っている。勤務時間は午前零時から午前五時まで。普段なら、よほどでなければ夢の中にいる時間だ。

眠い。

だけど、今日の昼間、うちの事務所にやってきた警備会社の社長からじきじきに頼まれたんだよなぁ。

時間が時間だし、断ろうとしたら土下座までされそうになって焦った。何で俺なんかにそんなに必死に頼むんだか、わけ分からん。

さて、巡回行くか。相方の若い兄ちゃんが待ってる。彼について歩けばいいんだよな。それにしても、無人のビルって不気味だよなぁ。






12月24日


午前五時はまだ真っ暗だ。

眠い。普段、こんな時間<に>起きることはあるけど、こんな時間<まで>起きてることはないからな。

制服から自分の服に着替えて帰ろうとした時、社長から連絡が入った。何もなかったか、と聞かれたので、相方の兄ちゃん(磐田というらしい。社長の親戚だそうだ)と顔を見合わせ、何も異常は無かったです、と答えた。

そしたら。

「いやあ、慈恩堂の真久部さんに聞いた通りですねぇ。あなたなら大丈夫、と太鼓判押してくれましたから」

すごく嬉しそうな声で、それはいいんだけど。

何でここで真久部さん? あの古道具屋店主に何を聞いたんですか、社長!

問い詰めたけど、曖昧に誤魔化されたまま連絡は切られた。相方の磐田君も首を捻っている。彼はたまにバイトでどこかの警備に入るけど、このビルは初めてらしい。ただ──。

「前に、ちらっと古株の人に聞いたことがあるんですけど……」

「え、何?」

「すごく<出る>現場があるって……」

出るって、これ? と、俺は前に出した両手をだらり、と下げてみた。磐田君は頷く。

「……」
「……」

無言で見詰め合う俺と磐田君。

「まっさか~! そんなはずないよ。ここに一晩いたけど、何にもなかったじゃないか!」
「そ、そうですよね~!」

二人で「あはははは」と笑いあう。

「だけど……」

ふと真顔になった磐田君が言う。

「どんなに<出る>とこでも、そこに居るだけで出なくなる、稀にそんな人が存在するって、聞いたことがあります。もしかして……」

じっと俺を見詰める磐田君。

「や、やだなー。気のせいだよ。テレビの心霊写真特集だってさ、嘘ばっかりだっていうじゃない。ダメだよ、暗示にかかっちゃ。怖いと思って見たら、どんなものでも怖いよ」

「気のせい、ですか?」

「そうだよ、そうに決まってる。気のせい気のせい! 考え込んだら負けだ。そんなことじゃ、いつか変な壷とか買わされちゃうぞ。なんだかよく分かんないけど、そういうのは全て気のせいと勘違いだよ」

磐田君は今までそういうの、見たことある? と訊ねてみたら、一度も無いです、と答えが返ってきた。

「ほらね。そんなもんだよ。社長も真久部さんもなんか勘違いしてるんだ、きっと。さ、もう帰って寝ようよ。お互い、徹夜には慣れないから辛いよね。今日なんかせっかくクリスマスイブなのにさ~」

そうですね、とようやく磐田君も笑ってくれた。ほんとに何だか分からないけど、考えないほうがいい。




数日後。慈恩堂の真久部さんとうっかり道で出会ってしまった。

「あなたと磐田君、二人揃えば最強。本当に、鬼に金棒ですよ」

どういう意味かはもう聞かなかった。聞いたら負けだと思った。っていうか磐田君、きみ、俺と同じカテゴリーらしいぞ?

「あなたたち二人揃ってのの宿直勤務以来、出なくなったそうですよ、あのビル。良かった良かった。紹介のし甲斐がありました」

そうかいそうかい、何だかよく分からないけど、あの警備会社から振り込まれた一回だけの警備料、思った以上に高額だったけど、出なくなったからだったのか~。

……
……

<何が>出なくなったかなんて、考えない。考えないんだったら!
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