第85話 お地蔵様もたまには怒る 4
文字数 2,247文字
心配になって思わず手を伸ばそうとすると。
「ぶわっはっはっはっは!」
いきなり笑い出したから、びっくりした。目には涙まで浮かんでる。何で? 今の話のどこにそんなに笑うような要素が。
「ま、真久部さん……?」
あまりの大爆笑に、ドン引き気分で見ていると──いや、だって道行く人がちらちら見ていくし。他人のふりして逃げちゃおうかなぁ……とか思っても仕方がないと思う。
「何でも屋さんって本当に……」
笑いの発作をシャックリみたいに残しながら、真久部の伯父さんは唇の端をさらに緩める。
「面白い人だねえ。あの子の言うとおりだ、本質を見抜いておいて本人だけがそれに気づいてない……」
言葉の意味はよく分からないけど、白い眉毛の下からこちらを見る眼がやたら悪戯っぽいから、からかわれてるんだろうな、とは分かる。だから、つい言ってしまった。
「──真久部さんは本当に甥の真久部さんとそっくりですね」
笑いのツボが謎なところとか。
「そっくりか……」
呟く声は、何だかうれしそうだ。
「あの子にも、同じことを言ってみるといいよ、何でも屋さん。きっと、すごーく嫌がる顔が見られるから」
そう言ってまた笑う。どういう意味だ。仲悪いのか、この二人。──まあ、俺もいい意味で言ったんじゃないけど、ってそれは褒められたことじゃないな。
「顧客様の嫌がるようなことは、いたしませんので」
当たり前のことだよな。嫌われたら、仕事もらえなくなるじゃないか。顧客様との信頼関係は、小さなことからコツコツと。安心と信用を重ねていくことこそが、俺みたいな何でも屋、隙間稼業の生きる道。
そう言ったら、真久部の伯父さんはさらに笑い崩れた。ったくもう、笑い上戸か。
お手上げだ。そう思って空を仰ぐと、電柱に止まったカラスがこっちを見てるのに気づいた。くちばしを開いたかと思ったら、「アホー」って……俺に言ってるんじゃないよな? そんなこと考えてるうちに飛んで行ってしまったけど。
……
……
まあ、いいや。今日は昼飯奢りで得をした。しかも、食べられたのが奇跡みたいな幻のラーメン、もう最高に美味かった。それを思えば、ちょっとくらい笑われたって許すべきだろう。──うどんは、夜に鍋焼きうどんにしよう。
「それじゃ、真久部さん。ご馳走様でした。俺はこれで」
ちょっと早いけど、頼まれてる長期出張留守宅見回りにでも行くかな、と思いながら真久部の伯父さんに挨拶すると、読めない、というより怪しい笑顔で呼び止められた。
「ああ、何でも屋さん」
「……何か?」
つい、警戒してしまう。
「ちょっと頼みたい仕事があるんだけど、いいですか?」
変なこと頼まれたなぁ。
そんなこと思いながら、俺は今、とあるお地蔵様に新品の赤い涎掛けを掛けている。駅前から離れた住宅街、奥まったT字路のどん突きの、古いけど立派な地蔵堂。瓦屋根の下にいらっしゃるのはごく普通のお地蔵様だ。
近くの家に留守宅見回りには来るけど、その数軒先にこんなとこあるなんて知らなかった。午後の住宅街は静かで、辺りには誰もいない。黙々と手を動かしながらもつい考えてしまうのは、勝手にこんなことして大丈夫なのかな……、ということ。
お地蔵様というのは、基本的にその土地の人々のものだから、余所者が勝手しちゃいけないって、慈恩堂の真久部さんに聞いたことがあるんだよな。どうしてかっていうと、由緒も由来も様々だし、その土地の風習や伝統、しきたりによってお祀りの仕方も変わってくるから、みだりに触れることをしてはいけないんだって。
実際、道路脇に唐突にある新しいお地蔵様なんかは、そこで事故死した人の慰霊のためのものだったしするし……。
どっかの昔話にもあったけど、良かれと思ってしたことで、当事者(?)に怒られるケースもあるんだよな。
子供たちがお地蔵様を引きずり回したり転がしたりして遊んでいるのを見た人が、その仕打ちに驚いて、罰当たりはよしなさいと叱りつけ、取り上げて、景色の良い場所に祀り直して花まで供えたというのに、夢に現れた当のお地蔵さんに、「せっかっく子供と遊んでるのに邪魔するな」って怒られたという……。
その人は全く善意の人だったのに気の毒なことだけど、そのお地蔵様が子供と遊ぶのが好きだなんて知らなかったんだから、しょうがないよなぁ。普通はお地蔵様を転がすなんて罰当たりなことなんだし。子供は好きだけど、静かに見守りたいってお地蔵様のほうが多いと思うんだ。
他にも、お地蔵様に見えて実は道祖神だったり、お不動様だったり、別の何かの塚だったり──。
コンキンさんのとき、俺があの四つの祠を清掃したのは、ずっと祠をお世話していた竜田さんから頼まれたからだし、手妻地蔵様の長年の泥汚れを落としてきれいにしたのは、悪いモノから助けられたお礼をするためだった。決して気まぐれに触れたわけじゃない。
単純に手を合わせたりお供え物をするぶんにはいいらしいんだけど……。
真久部の伯父さんも、「普通なら他所様のお地蔵様に勝手はしないけど、今回は緊急だから」って言ってた。何が緊急なのかは教えてくれなかったけど、お地蔵様と緊急って言葉ほど、似合わないものはないと思う。だいたい、あの真久部の伯父さんに頼まれた仕事だというだけで、なんかこう……。
──私が行くより、何でも屋さんのほうが多分いいから。
「ぶわっはっはっはっは!」
いきなり笑い出したから、びっくりした。目には涙まで浮かんでる。何で? 今の話のどこにそんなに笑うような要素が。
「ま、真久部さん……?」
あまりの大爆笑に、ドン引き気分で見ていると──いや、だって道行く人がちらちら見ていくし。他人のふりして逃げちゃおうかなぁ……とか思っても仕方がないと思う。
「何でも屋さんって本当に……」
笑いの発作をシャックリみたいに残しながら、真久部の伯父さんは唇の端をさらに緩める。
「面白い人だねえ。あの子の言うとおりだ、本質を見抜いておいて本人だけがそれに気づいてない……」
言葉の意味はよく分からないけど、白い眉毛の下からこちらを見る眼がやたら悪戯っぽいから、からかわれてるんだろうな、とは分かる。だから、つい言ってしまった。
「──真久部さんは本当に甥の真久部さんとそっくりですね」
笑いのツボが謎なところとか。
「そっくりか……」
呟く声は、何だかうれしそうだ。
「あの子にも、同じことを言ってみるといいよ、何でも屋さん。きっと、すごーく嫌がる顔が見られるから」
そう言ってまた笑う。どういう意味だ。仲悪いのか、この二人。──まあ、俺もいい意味で言ったんじゃないけど、ってそれは褒められたことじゃないな。
「顧客様の嫌がるようなことは、いたしませんので」
当たり前のことだよな。嫌われたら、仕事もらえなくなるじゃないか。顧客様との信頼関係は、小さなことからコツコツと。安心と信用を重ねていくことこそが、俺みたいな何でも屋、隙間稼業の生きる道。
そう言ったら、真久部の伯父さんはさらに笑い崩れた。ったくもう、笑い上戸か。
お手上げだ。そう思って空を仰ぐと、電柱に止まったカラスがこっちを見てるのに気づいた。くちばしを開いたかと思ったら、「アホー」って……俺に言ってるんじゃないよな? そんなこと考えてるうちに飛んで行ってしまったけど。
……
……
まあ、いいや。今日は昼飯奢りで得をした。しかも、食べられたのが奇跡みたいな幻のラーメン、もう最高に美味かった。それを思えば、ちょっとくらい笑われたって許すべきだろう。──うどんは、夜に鍋焼きうどんにしよう。
「それじゃ、真久部さん。ご馳走様でした。俺はこれで」
ちょっと早いけど、頼まれてる長期出張留守宅見回りにでも行くかな、と思いながら真久部の伯父さんに挨拶すると、読めない、というより怪しい笑顔で呼び止められた。
「ああ、何でも屋さん」
「……何か?」
つい、警戒してしまう。
「ちょっと頼みたい仕事があるんだけど、いいですか?」
変なこと頼まれたなぁ。
そんなこと思いながら、俺は今、とあるお地蔵様に新品の赤い涎掛けを掛けている。駅前から離れた住宅街、奥まったT字路のどん突きの、古いけど立派な地蔵堂。瓦屋根の下にいらっしゃるのはごく普通のお地蔵様だ。
近くの家に留守宅見回りには来るけど、その数軒先にこんなとこあるなんて知らなかった。午後の住宅街は静かで、辺りには誰もいない。黙々と手を動かしながらもつい考えてしまうのは、勝手にこんなことして大丈夫なのかな……、ということ。
お地蔵様というのは、基本的にその土地の人々のものだから、余所者が勝手しちゃいけないって、慈恩堂の真久部さんに聞いたことがあるんだよな。どうしてかっていうと、由緒も由来も様々だし、その土地の風習や伝統、しきたりによってお祀りの仕方も変わってくるから、みだりに触れることをしてはいけないんだって。
実際、道路脇に唐突にある新しいお地蔵様なんかは、そこで事故死した人の慰霊のためのものだったしするし……。
どっかの昔話にもあったけど、良かれと思ってしたことで、当事者(?)に怒られるケースもあるんだよな。
子供たちがお地蔵様を引きずり回したり転がしたりして遊んでいるのを見た人が、その仕打ちに驚いて、罰当たりはよしなさいと叱りつけ、取り上げて、景色の良い場所に祀り直して花まで供えたというのに、夢に現れた当のお地蔵さんに、「せっかっく子供と遊んでるのに邪魔するな」って怒られたという……。
その人は全く善意の人だったのに気の毒なことだけど、そのお地蔵様が子供と遊ぶのが好きだなんて知らなかったんだから、しょうがないよなぁ。普通はお地蔵様を転がすなんて罰当たりなことなんだし。子供は好きだけど、静かに見守りたいってお地蔵様のほうが多いと思うんだ。
他にも、お地蔵様に見えて実は道祖神だったり、お不動様だったり、別の何かの塚だったり──。
コンキンさんのとき、俺があの四つの祠を清掃したのは、ずっと祠をお世話していた竜田さんから頼まれたからだし、手妻地蔵様の長年の泥汚れを落としてきれいにしたのは、悪いモノから助けられたお礼をするためだった。決して気まぐれに触れたわけじゃない。
単純に手を合わせたりお供え物をするぶんにはいいらしいんだけど……。
真久部の伯父さんも、「普通なら他所様のお地蔵様に勝手はしないけど、今回は緊急だから」って言ってた。何が緊急なのかは教えてくれなかったけど、お地蔵様と緊急って言葉ほど、似合わないものはないと思う。だいたい、あの真久部の伯父さんに頼まれた仕事だというだけで、なんかこう……。
──私が行くより、何でも屋さんのほうが多分いいから。