第141話   鳴神月の護り刀 10 終

文字数 2,283文字






結局押し付けられてしまった。
元“麒麟の守”、現“御握丸”な肥後守。

……
……

帰りにまた巡回のお巡りさんに遭遇しないとも限らないからと、真久部さんは職質対策にとても厳重な梱包をしてくれた。

新しい桐の小箱を用意して、蓋の上には墨跡も新たに「護刀 御握丸 慈恩堂」と書き、蓋の裏や箱の内側にも小さい字で何やら細々と……達筆すぎて日付(多分)しか読めない。

何書いたんですか、と聞いたら、細い筆を動かしつつ「んー、由緒とか経緯とか……」と答えてくれたけど、よくそんな狭いところに書けるなぁ……。さすが骨董品取扱店主人。本人が言うには、別にそこまで書かなくてもいいんだけど、念のために、だって。

何でも屋さんが主でいれば、こいつも丸くなるとは思うんですけど、一応ねぇ? とか同意を求められたけど、ねぇ? って。怪しい笑みでそんなこと言われても、意味がわからないよ!

墨が充分乾いたところで箱に納めて、まるでプレゼントみたいに二色の紙でお洒落に包み、慈恩堂の名入りの紙袋(小)に。極めつけは慈恩堂の領収書。

銃刀法だって、さすがに購入して持ち帰る途中までは咎められないんだよ。だから領収書。額面は「五百円」。

……
……

いくらなんでも安すぎだろう! って俺も言いたいさ。別に骨董に目が利くわけじゃなくても、小なりといえども明治時代の鍛造刀で、状態すこぶるつきに良く、銀の鞘に精緻な彫り物のほどこされた品が、お気軽に買えるような値段でないことくら俺でもわかる。なのに真久部さんが、「こちらから無理にお願いするものだし、ワンコインでいいですよ、百円」なんてこと言うから、同じワンコインでもせめて五百円にさせてもらったんだ。

もし一万円玉というものが存在するのなら、迷わずそれを出したさ、ああ!

無理に押し付けるにしても、譲渡じゃなくてお金で売った・買った形にするのは、「縁を切られないため」だって。刃物だから、と真久部さんは言ってた。迷信だけどね、って笑ってたけど、鏡とか、櫛とかもそういうのある、らしい。知らなかったけど。

はぁ。パンの残りの入ったビニール袋をかしゃかしゃいわせつつ、慈恩堂の紙袋を提げてとぼとぼ歩く。

──パンは昼を食べさせてもらった礼に置いてこようと思ったんだけど、神崎さんは何でも屋さんに食べさせたくて朝早くから買ってきたんでしょうから、と「今分けていただいたので充分ですよ」ってにっこりされたんで、お言葉に甘え、持って帰って来た。爺さんのツンデレ、真久部さんにもバレちゃってるんだよな。また小腹がすいたら食べよう。

……

丸い目と、妙にふさふさした眉毛が可愛いな、と思ったんだ。“御握丸”の麒麟。それに髭のところが、娘のののかが幼稚園のとき描いてくれた無精ひげの俺の似顔絵に似てて……いや、風邪で数日寝込んだときの顔を描かれたんだよ。髭が伸びてるのが珍しかったみたいで。

「これも縁なのかなぁ……」

呟けど、応えのあるはずもなく。って、あったら怖い。ま、もういいや。いったん事務所兼住居に戻り、荷物を置いて居候猫に餌と水をやったら、尾長さんちの樋掃除と、町村さんちの草むしりの準備しよう。長尾さん、もう外出から戻ってるかな? 帰ったら連絡くれるって言ってたけど……。

「あ、何でも屋さん」

呼ばれて振り返ると、朝のお巡りさん。

「こんにちは。あれ、まだ巡回中ですか?」

あれからもう四時間は経ってると思うけど。そんなに長い間外回りって大変だな。

「いやー、何でも屋さんのこと先輩に言ったら叱られて……」

照れ笑いしつつ語るところによると、昼食の後も、巡回しながら近隣住民に何でも屋さんについて聞いてみろ、と言われたそうだ。

「“子供の守護神”とか、“街角のお地蔵さん”とか呼ばれてるそうですね」

「いやあ、はは……」

皆さまにご愛顧いただいてます。

「それに、この先の学習塾の子供たちを薬中の暴漢が襲った事件。あの件で、犯人を取り押さえたのが何でも屋さんだと聞いて、自分、びっくりしました」

逮捕術の見本にしたいくらい、本当に見事だったって、先輩言ってましたよ、って──そんな尊敬するようなきらきらした眼で見ないで。俺、覚えてないんだって。あれはお盆で、帰ってきてた弟が俺の身体を乗っ取って……なんて言えやしない。

「あはは、何も覚えてないんですよ、夢中でもう、火事場の馬鹿力としか……」

そういうことにさせてください。って、ん?

「顎のところ、どうしたんですか?」

左耳の下あたりに絆創膏。朝はそんなもん貼ってなかったような?

「あー、これねぇ……」

お巡りさんは頭を掻いた。

「あの後しばらくして、なんか痛いなぁ、と思ったら知らない間に怪我してたんです。まるで剃刀でつけたみたいな傷だったけど、普通に自転車に乗ってただけなんだからもちろんそんなわけないし、カマイタチってやつじゃないかって、先輩が」

「……」

「もうちょっと下だったら頚動脈だったなぁ、なんて酷いこと言ってからかうんですよ」

まあ、そんなに深い傷じゃないですけどね、と明るく笑うお巡りさん。でも、俺はとてもそんな気分になれない。愛想笑いを頬に貼り付けたまま、紙袋を提げる手に、じっとりと汗がにじむのをただ感じている。

“御握丸”のあの麒麟が、にんまりと笑っているような気がした。




真久部さん!
これって本当に俺が抑えられるんですか? 勝手に仕返ししに行く護り刀なんて、俺、嫌です!
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