第53話 仏像の夏 4

文字数 2,745文字

知らずに声に出していたらしい。
店主は説明してくれた。それはそれは楽しそうに。

「あの男が仏像に許してもらうためには、まずその仏像を手にしなければならない。でも、仏像は男を許してやりたくないから、逃げる。ひらり、ひらりとまるで蝶々みたいに」

──うーん、でもどっちかっていうと蝶々より牛若丸かなぁ? 
店主は言葉のチョイスに悩んでる。俺にはどっちも同じに聞こえるけど。

「あなたが見たのもそうですよ。思わせぶりに現れた仏像は、ほんの一瞬だけ姿を見せて男の前から消えたんです。次はどこに現れたもうものやら……」

物憂げに溜息をついてみせつつ、店主はやっぱり楽しそうだ。まあ、心配なんかしてやる必要も無さそうなやつだけどさ。

「だけど、あの男はどうやって仏像の現れる場所が分かるんですか? 今日もあんな木の根元に転がってるのがピンポイントで分かってたみたいだし」

「ああ、それね」

店主はこともなげに教えてくれた。

「何でも、夢に現れるんだそうですよ」

「夢に?」

頷いて、店主は続ける。

「梁塵秘抄に、『仏は常にいませども (うつつ)ならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見え給う』という平安時代の今様歌謡──流行歌があります。仏様はいつでもどこにでもいらっしゃるけれど、凡夫にはこの目で見ることは叶わない。けれど、人の寝静まった夜明けの頃に、ほのかに夢に現れてくださることがある、というような意味ですが……」

あの男にとっては、全く有難いことではないんでしょうね、と店主は苦笑する。

「以前、同業者に聞いたことがあるんです。何でも、一山いくらで仕入れた骨董の中に、知らないうちにあの仏像が混ざっていたんだとか。もちろん、そんな曰くのある仏像だとは知りませんから、首を傾げながらも帳場に飾っていたんだそうです。あんなふうに」

店主が視線で示す方を見ると、仏像なのか、お地蔵様なのか、それとも大黒様なのか分からない何かの置物が、脇の棚に飾ってあった。

「……」

それを見て、俺は思い出した。初めてこの店の仕事を請けた時、棚卸しアシスタントのチップ代わりだとか言って、こんなふうな置物を店主からもらったんだ。お地蔵様のような、道祖神のような、恵比寿様のような……掌サイズの。

最初は気味が悪いと思ったけど、ボロいテレビの上に置いてそのまま忘れてた。いや、毎日見てはいるんだけど、当たり前にそこにあるから全然意識してなかった。店主は幸運のお守りだとか言ってたけど、それをもらってからも特に幸も不幸もなかったし。

もしや、あの置物にも妙な曰くがあったり……なんか、しないよな? 聞いてみたいような気はしたけど、あるって言われたら怖いからやめておこう。そうしよう。

俺が黙ってしまったのを何と思ったのか、店主は言った。

「こういう仕事をしていると、たまにあるんです。仕入れた覚えも、置いた覚えもないのに、いつの間にかそこにある品物、というものが。もちろん、手違いで混ざっているような場合もありますけど、そうでない場合、たいていの同業者はその品物を店に出さずに寝かせておきます。主に本当の持ち主が名乗り出た時の用心のためにね。だからその同業者もそうしようと、商品とは別の場所に置いたわけです」

「そこに、あの男が現れたというんですか?」

「そうです。何だか訳の分からないことを喚きながら、例の仏像に突進したんだそうですよ。店の他の商品を蹴散らしてね。かなりな値打ちのある品物もその時壊れたと聞いています」

「大損害じゃないですか。警察に通報しなかったんですか?」

この慈恩堂にあるものでも、無造作に置いてあるのに、値段を聞いたら思わず目を剥くような品物が存在したりする。

「もちろん、通報はしたそうですよ。男は逃げてしまって捕まらなかったそうですが。あの国出身者に対しては、警察は何故か及び腰だったりしますしね」

ふふ、と店主は昏く笑った。

「値打ちのある品物といっても、それはなかなか売れないものだったそうですよ。売れてもすぐに戻ってきたり。ほら、うちのあの文机覚えてますか?」

「……覚えてますけど」

あの文机、とは、素人目に見てもとても良い品物だったんだけど、俺が知ってるだけでも三回売れて、三回が三回とも、三日以内に買主かその家族が返しに来たという曰く付きの代物だ。四回目に売れてから、ようやく安住の地(?)を得たようだけど……。

「ああいった品物は気難しくて、気に入らない扱いをされると怒ります。見えないところで暴れるんです。それが、壊されたとなったら、ねえ?」

店主の浮かべる笑みが怖い。そんな、ねえ? とか言われても。

「その怒りはどこへ行くでしょうね? もしあなたが暴力を振るわれて怪我をしたとして、その場合、誰を恨みます? 何でも屋さん」

「そ、そりゃ、もちろんその暴力を振るってきた相手を……」

普通はそうだよな?

「その通り!」

海外の名探偵なら exactly! って叫んでそう。この間字幕で見た映画ではそうだった。店主はにっこりと笑ってる。

「それなりの礼儀を尽くしたなら、解体されても納得してくれるでしょう。きっちりと手順を踏んで約束事を守っていたならば。だけど、いきなり壊されてしまったら?」

あなただったらどう思います? と店主は訊ねてくる。

「せっかく温和しくしてるのに、何をするんだ、と強い怒りを抱きませんか? しかもその張本人は一筋の後ろめたさも感じていない。無礼を働いておきながら、それを無礼だとも思っていない。となれば、怒りは恨みに変わるでしょう」

「……」

うん、まあ。犯罪の被害者ならそうなるだろうな。謝られても取り返しのつかないことされて、なおかつ、相手に謝る気すら無いとなれば……そりゃあ、ねえ? うん。店主の言いたいことが分かったような気がする。

「つまり……その壊された骨董品の怒りだの恨みだのが男に行く、えーと、くっつく……?」

恐る恐る言ってみると、よく出来ました、というように店主は頷いた。

「ああいった品物は、処分するのも難しいんです。気難しい相手は何処で何が気に触るか分からず、触った場合の負のエネルギーを受け流す術も分からない。膠着状態で現状維持をするしかなかったところに、件の男がやって来て、勝手にその負のエネルギーを引き受けていったんです。──言っては何ですが、渡りに船、っていうやつですね。被害に遭った同業者も似たようなこと言ってましたよ」

怖い話だけど──それこそ正に。

「自業自得……」

ぽつりと零すと、店主も同意した。
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