第147話 たくさん遊べば 6

文字数 2,391文字







「……」

冬の夕暮れは早くて、道具たちの隙間から上のほうだけ見える硝子ドアの向こうは真っ暗だ。あともう少しで閉店時間。

結局、今日はお客は一人だけだったなぁ……。今日もと言うべきか、俺が頼まれて店番してても客が来るのは稀だ。滅多に来ない。でも、今日のお客さんみたいに、かつての縁に導かれるみたいにこの店に来て、探してた道具、もう一度会いたかった道具に巡り会う人もいる。だから採算的にどうなのかは知らないけど、真久部さんはできるだけ店を開けておきたいし、そのための店番の確保は大切なことなんだろう。

モノと人との縁を繋ぐ。

それが真久部さんのしたいことだという。古い道具には性格みたいなのがあって、それが合う人の手元にあるのが一番幸せなんだって。合わないとお互い不幸っていうか……なんか、良くないらしいよ! 俺にはわからないけど。

そういえば、俺も半年ほど前古い道具を押し付けられたんだよなぁ、半ば強引に、タダ同然の値段で。それ(・・)について話してたとき、いきなり「名前を付けて(あるじ)になってほしい」って言われたんだ。プライド高く、気の荒い、悪戯好きの和式折り畳みナイフ、肥後守。俺命名の名を“御握丸”。──“鬼切丸”って言おうとして、口が滑ったんだよ! ……“御握丸”にはそんな名前になってしまって、悪いと思ってる。

あれは、言ってみれば“御握丸”の危機だった。真久部さんの手にも余るほど、知らないあいだに何か良くないものを溜め込むかなんかしてたらしくて。で、その良くないものを真久部の伯父さんのペット、悪食鯉のループタイに喰わせるしかないかも、って真久部さん思い詰めてた。

そうすると普通の(・・・)道具になるけど、せっかく時とともに積み重ねた味も魅力も消え失せて、影の薄いただの我楽多になってしまうから、真久部さんとしても断腸の思いだったと思う。

なんだかんだ言っても、真久部さん、古い道具が好きだからさ。わりと血塗れな経歴を持つ“御握丸”(真久部さんによると、「人死には出ていない」)を仕入れたのだって、何とか合う持ち主を探してやろうと考えてのことじゃないかな。それが俺だというのが納得できないけど。

俺が名前を付けて主になることで、“御握丸”は紐付き(?)になって悪さができなくなった代わりに“(しょう)”を失わずに済み、俺は護り刀を手に入れられるという真久部さん曰くWin-Winの──まあ、モノと人とのあいだがそういうものであってほしい、というのが真久部さんの願いなんだろう。

わざわざ持ち主の血を(不本意ながら)浴びせたり、名前を付けたりしなくちゃいけないようなのは特別な道具で、真久部さんもそういうのは店のものとは別に置いてたりする。──“御握丸”は、性根が邪悪なものではなかったというのが最大のポイントだろうな。本当に危ないものは扱わないって言ってたし。

──この仕事、身の程を知らないと、やっていけないどころか下手したら命を落としますよ、って……。

ぶるぶる。あまり考えないでおこう。“御握丸”と俺は、真久部さんによると上手くいってる、らしいし。銃刀法の厳しいご時勢、護り刀とはいえ、持ち歩いてるわけじゃない。真久部さんが立派な桐の箱に入れてくれたもんだから、そのまま事務所兼自宅の家族の位牌のそばに置いてある。

たまに、なんでかボロソファの上で居候猫に弄ばれてるけどな。そんなときは銀の鞘に彫られた麒麟が泣きそうな顔になってて……勝手に出てきたお前が悪い、と思いながら元の場所に仕舞ってやる。出先で切るものに困ったときには、澄ました顔で腰に下げてるウエストポーチの中に納まってたりする──。地味にありがたいけど、びっくりするからやめてほしいと思う。

使ってほしそうに道具箱の中に入ってたりするときは、仕事先に持って行って使ってやる。木化してしまった雑草の硬い茎も、スパッっと切れる。張り切ってんなー、と思いながら、帰ったらほかの道具と一緒に念入りに手入れしてやる。真久部さんがくれた椿油もあるしな、なにせ、刃は立派な鍛造刀だ。

真久部さんの願う、道具と人との在り方というか、持ちつ持たれつというか。大切にしたら大切にしてくれるというか。一応そんな感じに俺と“御握丸”はなってるらしい。今日のお客さんのお兄さん家族とあの木彫りの熊も、これから良い関係を築いてくれたらいいなと俺も思う。目に見えてわかるようなものでなくても、きっとやさしい繋がりがそこにはあるはずだから。

道具を一方的な消耗品と軽んじることは、人をも消耗品とすることに繋がるって、真久部さん言ってた。どうせ使い潰すにしろ、感謝は必要だと思うんですよ、って。──リストラされて、鬱になって、どうしようもなくてこの仕事を始めた俺には、沁みる言葉だ。

お前はいらないから馘ってポイ捨て。あれは本当に消耗品になった気分だった。……俺のそんな事情、真久部さんには全然関係ないんだけどさ。

怪しいけど、胡散臭いけど、真久部さんはいい人だ! うん。そういうことでいいんだけど……早く帰ってこないかな。慣れたとはいえ、夜の慈恩堂にはあまり長居したくない。なんかこうさあ、閉店作業してると店の道具たちが引き止めるみたいに──。

ちりん

ドアベルの音。一瞬の緊張。昼みたいなあんなこと、日に二度も無いよな?

「ただいま帰りました」

よかった、真久部さんだ!

「お帰りなさい! 今日はお客さんがあったんですよ、そこの──」

木彫りの熊が、と言おうとして、俺は固まった。

「やあ。何でも屋さん、久しぶり」

げんなりしたような晴れない表情の真久部さんの後ろに続いて店に入ってきたのは、真っ白い髪に白い眉、白い髭、仙人みたいな真久部の伯父さん。
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