第151話 たくさん遊べば 10
文字数 2,103文字
「……」
伯父さんの好奇心いっぱいの瞳の奥には、どこか熱っぽい昏さを感じさせる光がきらめいてる。それが俺には怖かった。けど、負けるわけにはいかない。
「……えーっとね。俺、ずっと帳場に座ってましたから。入って来なかったんなら知らないなぁ……本日のお客様は、木彫りの熊をお買い上げになった、本当にその方一人だけでしたよ。俺が店番させてもらっててもお客さん滅多に来ないから、今日はうれしかったですねぇ」
「ふうん……」
つまらなそうに伯父さんは鼻を鳴らした。
「なぁんだ。甥が骨董市にいて、店番があの子じゃないんなら、絶対ドアを開けてしまうと思ったのになぁ。あれたちの呼びかけは、なかなか無視するのは難しいものだから。そしたら寂しい風が店に吹き込んで、今頃は──」
「何でも屋さんの肩や背中、全身に縋りついて、自分たちの寂しさの中に取り込もうとしてたでしょうね」
二階から下りてきた真久部さんが、伯父さんの言葉の続きを引き取った。
「そのちょうどよく集まったところを、例の悪食鯉に食べさせたかったんでしょ? 伯父さんの魂胆はわかってるんだよ」
うちはペットの餌場じゃありません、と伯父さんを睨みつける。
「そう言うけど、ほら。一年のうち今だけのチャンスなんだし」
せっかく回遊してくるんだからと、つまらなそうな顔から一転、くるっと表情を変え、胡散臭い笑みで丸め込もうとするが、同じ笑みを通常標準装備にしている彼の甥っ子は、視線ひとつでそれを黙殺、ぴしゃりと切って言い捨てる。
「ああいうものを、サンマやイワシみたいに言わないでください。ここは漁場じゃないんだから」
「ええ~……」
「どうしても捕獲したいなら、自分で囮になればいいでしょう。これから大晦日まで、毎日店の前に立っててもいいよ。ただし、中には入れないから」
「冷たいなぁ」
ねえ、何でも屋さん。なんて言われても、俺は言葉を返せない。だって背中が寒い。
「……」
寂しさの中に取り込もうと、もうちょっとでされるところだったよ真久部さん。あのまま、ドアのすぐ前に立って、ずっとあの声を聞かされ続けたら……。
兄さん!
ああ、そうだ。弟の声がなかったら──。
「何でも屋さんは大丈夫です」
俺の眼をまっすぐに見て、真久部さんが言った。
「きみは守りが強い。仮に季節の客が来て、もしうっかり開けてしまっても、伯父の言うようにはなりません。──きっとそれ がはねつけてくれるはずだから」
「……」
本当に? あの時開けてしまっても俺を守ってくれた……?
兄さん!
たとえ幻聴だとしても、あの声、あの弟の声が俺を正気に戻してくれたんだ……。ああ、そうかもしれない、俺は確かに何かに護られているのかもしれない。
「伯父はね、わかっていてからかってるんだよ。本当にそんなことになってるなら、店の雰囲気も変わってるから、ドアを開ければすぐわかる。──今日は、あわよくばで僕について来て、やっぱり当てが外れたものだから、せっかく来たついでに何でも屋さんを怖がらせて楽しんでるだけ」
趣味が悪いんですよ、この人は。そう言って伯父さんを鋭い眼で睨むけど──。伯父さんはにやにやしながら、趣味の悪さはこの子も私と似てるよねぇ、なんて俺に同意を求める。この場においては、もちろんノーコメント。──真久部さんにもそういうとこあるけどさ。伯父さんほどじゃないと思う……んだ。たぶん。
「それにね」
伯父さんを横目に牽制しながら、真久部さんは続ける。
「何でも屋さん、いつも店番のとき、遊んでやってくれて いるでしょう 」
視線で、パタパタ走る気配のほうを示す。
「覚えていないでしょうけどね。でも、そうなんですよ。何でも屋さんは最初からそうだった」
「……」
うん、あんまり覚えてない……。ちょっと変だと思うことはあっても、気にしないように、すぐ忘れるようにしてるからなぁ。あるがまま、突き詰めて深く考えたりしない。それがここ慈恩堂で店番するための秘訣。
「生まれても遊べなかったものたち、そんなのはこの店の中にもいて、他の道具たちと一緒にきみに遊んでもらって喜んでいます。たくさん遊べば満足して、そのうち帰るべきところに還っていく、そういうものたちだから、彼らだって守ってくれますよ。遊んでくれる人のことは好きだから」
「持ちつ持たれつってやつだね」
伯父さんが茶々を入れるけど、それを無視して真久部さんは俺に頭を下げた。
「だから、うちの店を怖がらないでください。──必要なんです、きみが」
「真久部さん……」
「特に説明しなくても指示を忠実に守ってくれて、そのうえ自前の守りまで強い人なんて、そんな人材滅多にいないんですよ……!」
「……」
なんかがくっと力が抜けたけど、俺のこと買ってくれての発言だし。いいってことにしておこう。それって褒めて……褒めてくれてるんだよね? って、あ、いつの間にか閉店時間過ぎてるじゃないか。伯父さんめ。
伯父さんの好奇心いっぱいの瞳の奥には、どこか熱っぽい昏さを感じさせる光がきらめいてる。それが俺には怖かった。けど、負けるわけにはいかない。
「……えーっとね。俺、ずっと帳場に座ってましたから。入って来なかったんなら知らないなぁ……本日のお客様は、木彫りの熊をお買い上げになった、本当にその方一人だけでしたよ。俺が店番させてもらっててもお客さん滅多に来ないから、今日はうれしかったですねぇ」
「ふうん……」
つまらなそうに伯父さんは鼻を鳴らした。
「なぁんだ。甥が骨董市にいて、店番があの子じゃないんなら、絶対ドアを開けてしまうと思ったのになぁ。あれたちの呼びかけは、なかなか無視するのは難しいものだから。そしたら寂しい風が店に吹き込んで、今頃は──」
「何でも屋さんの肩や背中、全身に縋りついて、自分たちの寂しさの中に取り込もうとしてたでしょうね」
二階から下りてきた真久部さんが、伯父さんの言葉の続きを引き取った。
「そのちょうどよく集まったところを、例の悪食鯉に食べさせたかったんでしょ? 伯父さんの魂胆はわかってるんだよ」
うちはペットの餌場じゃありません、と伯父さんを睨みつける。
「そう言うけど、ほら。一年のうち今だけのチャンスなんだし」
せっかく回遊してくるんだからと、つまらなそうな顔から一転、くるっと表情を変え、胡散臭い笑みで丸め込もうとするが、同じ笑みを通常標準装備にしている彼の甥っ子は、視線ひとつでそれを黙殺、ぴしゃりと切って言い捨てる。
「ああいうものを、サンマやイワシみたいに言わないでください。ここは漁場じゃないんだから」
「ええ~……」
「どうしても捕獲したいなら、自分で囮になればいいでしょう。これから大晦日まで、毎日店の前に立っててもいいよ。ただし、中には入れないから」
「冷たいなぁ」
ねえ、何でも屋さん。なんて言われても、俺は言葉を返せない。だって背中が寒い。
「……」
寂しさの中に取り込もうと、もうちょっとでされるところだったよ真久部さん。あのまま、ドアのすぐ前に立って、ずっとあの声を聞かされ続けたら……。
兄さん!
ああ、そうだ。弟の声がなかったら──。
「何でも屋さんは大丈夫です」
俺の眼をまっすぐに見て、真久部さんが言った。
「きみは守りが強い。仮に季節の客が来て、もしうっかり開けてしまっても、伯父の言うようにはなりません。──きっと
「……」
本当に? あの時開けてしまっても俺を守ってくれた……?
兄さん!
たとえ幻聴だとしても、あの声、あの弟の声が俺を正気に戻してくれたんだ……。ああ、そうかもしれない、俺は確かに何かに護られているのかもしれない。
「伯父はね、わかっていてからかってるんだよ。本当にそんなことになってるなら、店の雰囲気も変わってるから、ドアを開ければすぐわかる。──今日は、あわよくばで僕について来て、やっぱり当てが外れたものだから、せっかく来たついでに何でも屋さんを怖がらせて楽しんでるだけ」
趣味が悪いんですよ、この人は。そう言って伯父さんを鋭い眼で睨むけど──。伯父さんはにやにやしながら、趣味の悪さはこの子も私と似てるよねぇ、なんて俺に同意を求める。この場においては、もちろんノーコメント。──真久部さんにもそういうとこあるけどさ。伯父さんほどじゃないと思う……んだ。たぶん。
「それにね」
伯父さんを横目に牽制しながら、真久部さんは続ける。
「何でも屋さん、いつも店番のとき、
視線で、パタパタ走る気配のほうを示す。
「覚えていないでしょうけどね。でも、そうなんですよ。何でも屋さんは最初からそうだった」
「……」
うん、あんまり覚えてない……。ちょっと変だと思うことはあっても、気にしないように、すぐ忘れるようにしてるからなぁ。あるがまま、突き詰めて深く考えたりしない。それがここ慈恩堂で店番するための秘訣。
「生まれても遊べなかったものたち、そんなのはこの店の中にもいて、他の道具たちと一緒にきみに遊んでもらって喜んでいます。たくさん遊べば満足して、そのうち帰るべきところに還っていく、そういうものたちだから、彼らだって守ってくれますよ。遊んでくれる人のことは好きだから」
「持ちつ持たれつってやつだね」
伯父さんが茶々を入れるけど、それを無視して真久部さんは俺に頭を下げた。
「だから、うちの店を怖がらないでください。──必要なんです、きみが」
「真久部さん……」
「特に説明しなくても指示を忠実に守ってくれて、そのうえ自前の守りまで強い人なんて、そんな人材滅多にいないんですよ……!」
「……」
なんかがくっと力が抜けたけど、俺のこと買ってくれての発言だし。いいってことにしておこう。それって褒めて……褒めてくれてるんだよね? って、あ、いつの間にか閉店時間過ぎてるじゃないか。伯父さんめ。