第164話 寄木細工のオルゴール 2

文字数 1,823文字

「……」

ちりん……りん……。

啞然としているうちにようやくドアが閉まり、冷たい外気の侵入も止まる。ドアクローザーの有難みを感じながら、俺はぽつりと呟いた。

「……何だったんだ」

答える者はいない。──いちゃ困るけどさ、ここにいるのは俺独りだけなんだから。

「……」

古時計たちの音以外はしんと静まり返った店内、現実逃避とばかりに目を逸らせていた事態に、俺はようやく向き直ることにした。何でそんなふうに逃避してたかっていうと……。

「どうしたらいいんだ? これ……」

さっきの客が放り出していった、例のオルゴール。蓋? が少し開いたまま通路に転がってるんですけど。煽りを食った小物たちも下に落ちちゃってる。──あんなふうに放り投げられて、壊れちゃってたらどうしよう。小物たちだって、下手したら割れたり欠けたり……。

「店番失格じゃないか、俺……」

店番って、来た客の相手するだけが仕事じゃないんだよ、当たり前だけど。店の品物がおかしな客に万引きされたり、壊されたりしないように、だな……。

「真久部さんに謝らなきゃ……」

溜息を吐いて、まずは小物たちを拾いにかかる。陶器の兎は無事。愛らしい足の裏も欠けてない。鯉は……こいつは金属製。だからって割れたりしないって保証は……よかった、大丈夫みたいだな。これって帯留めに仕立ててあるけど、元は刀の部品? らしいよ。目貫(めぬき)って言ってたかなぁ。どの部分かわからないけど、刀に使われてたってことは……血を吸う鯉……怖っ! あ、象牙製の布袋さんの根付も壊れてない。珊瑚と翡翠の小さな瓢箪が揺れてる根付も無事。ふう。

──こいつらは帳場に持って行って、柔らかい布で拭きながら、ヒビとか入ってないかもう一回確認することにするか。鯉は触りたくないけど仕方ない。妙な客を放置した俺の落ち度だ。後は……。

身体ごとそれに背を向けて、見ないようにしていた寄木細工のオルゴールに向き直った。

「……」

真久部さんは触らないほうがいいって言ってたけど、落ちたのを拾うぐらいはいいよね? 転がったままっていうのはあんまりだし。それ以上は触れない。どうせ俺には元に戻すことなんかできないだろうし。こういうのは弟が得意だったんだけど、パズルものは俺はからっきしだ。

ルー○ックキューブだって、一面しか合わせられなかった。何十秒とかで全部合わせちゃう人凄いな、もっと凄い人はあの小さい四角で模様作っちゃうくらいはするのかもしれない──、なんてやっぱり逃避しながら、帳場に置いてある商品用のお盆に小物を載せ、それから小ぶりの風呂敷を持ってオルゴールのところまで戻ってきた。

いや、やっぱり直に触れるの怖いっていうか、このままふわっと包んで、帳場畳部屋の改造ちゃぶ台コタツの上にでも置いておこう。このあいだまでホットカーペットにちゃぶ台だったんだけど、冬はやっぱりコタツにするって真久部さん言ってた。

恐々と、風呂敷を被せようとして、やっぱりそれだとちゃんと掴めなくて落とすかも、と心を入れ替え、片手に広げた風呂敷の上に、もう片手でそっとオルゴールを持ち上げて載せようとしたんだけど──。

 
 カタ……


ひっ! な、なんか、かすかに細工の動いたような感触が……?

「~~~!」

声にならない悲鳴を上げて、その体勢のまま固まる、俺。──もしかして、やっちゃった? そんなつもりもなかったのに、細工動かしちゃった?

「……」

しゃがんだままで、片手に風呂敷、片手に不吉っぽいオルゴール。どうしよう? 悩んでいると、ひゅう~、と足元に冷たい隙間風。

「ふえっくしょん!」

……冷える。取り敢えず立ち上がろう。俺、開けたんじゃないもんね。開けたのは客だし。俺は拾って──。

「っくしょん!」


 カタ……


うっかり蓋を閉めただけ。開けてない、開けてない。だから、セーフ、のはず。風呂敷の上に載せて、ささっと帳場に戻る。もう包むのは諦めて、このままちゃぶ台コタツの上に──。


 カタ……キリキリキリ……


え? 置いただけなのに、何で中で音がしてるの? 螺子? 俺、何もしてないよ?


 キリキ……リ……


ちょ、止めて、怖いよ!


 キリッ


「ひっ!」


♪~……


……あれ? オルゴールの、光が弾けるようなきれいな音。


♪~♪♪♪♪~♪~♪~♪~♪~……


何だっけ、この曲。ゆったりとした波の音を繋いて、真珠のネックレスにしたみたいな。

「……」

その場にペタンと座ったまま、俺はただぼんやりと、繰り返し紡がれる美しいメロディを聞いていた。
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