第298話 疫喰い桜 12
文字数 1,996文字
空耳? そう思ったのに。
ぶうんぶうんと景気よく振り回されている木彫りの鯉、照りだけは本物みたいにぬめってるそいつが、身もだえするみたいにびちびちぐねぐねしたかと思うと。
オエーッ
ばしゃっ
バカッと開いてる大きな口から、噴水みたいに何かが吐き出された。
オエエエー
ばしゃー
「枯れ木に花を咲かせましょう!」
オエエー
ばしゃしゃー
「花を枯れ木に、枯れ木に花を!」
オエー
ばしゃー
「咲かせましょう!」
何これ。真久部の伯父さん、超楽しそうなんだけど。スタイリッシュ仙人から花咲かジジイにジョブチェンジ? 鯉のアイツは……苦しそう、なのか、そうでもないのか──? よくわからない。
「……」
言葉を失い立ち尽くす俺を置き去りに、何故かいきなり花咲爺さんごっこを始めた主従……いや、類友? ──彼らの関係性を俺は知らないけど、伯父さんが花咲爺さんなら、鯉の役割はポチか? でもポチって犬だし、色々あって灰になったからの話じゃなかったっけ。花咲爺さんが撒くのは、こんなオエーなブツじゃなくて──。
ノリノリで鯉を打ち振る伯父さん、その口から吐き出される何か。地面に落ちるでもなく、ゆったりとその辺に漂っている……。
吐瀉物にしては、やたらにきれいできらきらしてて、ふわふわとして儚くて。
疫喰い桜のギラギラとは違う、奥ゆかしいきらめき。淡く輝く薄紅色は、“鬼”どもに蝕まれて枯れてしまった、あの──。
オエー。……また大きくぶん回されて、さらに大量に何かを吐く。さすがにちょっと苦しそう? それでも容赦なく、スタイリッシュ仙人は疫喰い桜の本体だったものを振り回し続ける。
と。
「あ」
何度も吐き出され、漂い、ゆるやかに重なり合った薄紅の霞が、ふわりとひとつはためいて。
「報恩謝徳の、桜……」
親の。幼子の。地獄の極卒の。深い感謝の気持ちが、地蔵菩薩への献花となった桜の木々。あのきれいな花が、ゆるゆると甦っていく。
ふわっとほわっと開いてゆく。
ふんわりおっとりやわらかい、薄紅色の花たち。
うららかな春の日の微睡みの合い間に浮かぶ、遠い日のやさしい思い出。真夏の海の、眩く輝く太陽の光に溶ける波のきらめきにも似て、ほんの少し哀しく、手に触れることのできない──。
オエップ
ウップ
人が感動してるのに。
ウプ
ヴォェ
鯉のヤツが、最後の嘔吐 きにあがいてる。宿酔いのオッサンみたいに……。
「ふう。ようやく吐き切ったか」
「……」
俺、何てコメントしたらいいんだろう。遠い眼になってしまう。
「ん? どうしたね、何でも屋さん。変な顔をして。ああ、やってみたかったのかい?」
「へ?」
何を?
「今の、リアル花咲爺さんをさ」
ニッタリと笑む、真久部の伯父さん。え……?
「軽く尻尾を握って、こう気 を入れてねぇ、アレの中の**を刺激しないといけないから、ちょっと難しいんだけど、コツさえ掴めば──」
触るの? アレを直接? 木彫りのくせに、いつもぬめっとしてそうなアイツを……?
無理!
「いえっ! 結構です、遠慮します! それより」
どうして報恩謝徳の桜が元に戻ったのか、そっちの説明をお願いします、と必死で頭を下げる。
「残念。何でも屋さんならできそうなんだけどなぁ。──だけどまあ、あんまり苛めるとあの子に叱られるから、これ以上は止めておこうか」
くくっと含み笑う伯父さん──。この、意地悪仙人め! 言わないけど。口に出さないけど。態度には出てしまったかも、だってちょっと肩が震えてる。笑いたければ笑えばいいのに。
「まあまあその、コホン。つまりね、ジンベエザメの食事のようなものなんだよ。喰って、吐き出したんだ。プランクトンやら小魚やらを呑み込んで濃し取り、水だけを排出するみたいに」
「……“鬼”たちが、プランクトン、ということですか?」
「そう。報恩謝徳の桜ごと、あいつらを呑みんだのさ」
「桜は、枯らされたんじゃ?」
綿あめが溶けるみたいに、じわじわと枯れていった儚い桜の森。疫喰い桜がここの世界樹みたいになったときには、姿も見えなくなってしまっていたけど──。
「“鬼”どものまとう“欲”の靄に、まだまだ多くが捕らわれたままだったんだよ。何でも屋さんの眼には一匹一匹別々に見えていたようだが、あれらはあの黒い靄、つまり“欲”で繋がっていてねぇ。薄く広がって、桜の森全体を覆っていたんだ」
春先の黄砂に、街全体が覆われるみたいにね、と続ける。
「“鬼”も一匹、二匹なら、桜にたまった慈雨の雫に溶けて消えてしまう。が、時折、今回みたいに大量に入ってくることがある。何が原因だと思う?」
つまり、人に寄生する“鬼”が大発生する時ってことだよな。魂を持たない“鬼”単体では、ここには来れないっていうから──。
「わかりません……天候とか?」
現実世界の大陸のほうでは、飛蝗 が発生してるというし。
「天候も関係するのかもしれんが、もっとも大きな原因は──疫病だよ」
ぶうんぶうんと景気よく振り回されている木彫りの鯉、照りだけは本物みたいにぬめってるそいつが、身もだえするみたいにびちびちぐねぐねしたかと思うと。
オエーッ
ばしゃっ
バカッと開いてる大きな口から、噴水みたいに何かが吐き出された。
オエエエー
ばしゃー
「枯れ木に花を咲かせましょう!」
オエエー
ばしゃしゃー
「花を枯れ木に、枯れ木に花を!」
オエー
ばしゃー
「咲かせましょう!」
何これ。真久部の伯父さん、超楽しそうなんだけど。スタイリッシュ仙人から花咲かジジイにジョブチェンジ? 鯉のアイツは……苦しそう、なのか、そうでもないのか──? よくわからない。
「……」
言葉を失い立ち尽くす俺を置き去りに、何故かいきなり花咲爺さんごっこを始めた主従……いや、類友? ──彼らの関係性を俺は知らないけど、伯父さんが花咲爺さんなら、鯉の役割はポチか? でもポチって犬だし、色々あって灰になったからの話じゃなかったっけ。花咲爺さんが撒くのは、こんなオエーなブツじゃなくて──。
ノリノリで鯉を打ち振る伯父さん、その口から吐き出される何か。地面に落ちるでもなく、ゆったりとその辺に漂っている……。
吐瀉物にしては、やたらにきれいできらきらしてて、ふわふわとして儚くて。
疫喰い桜のギラギラとは違う、奥ゆかしいきらめき。淡く輝く薄紅色は、“鬼”どもに蝕まれて枯れてしまった、あの──。
オエー。……また大きくぶん回されて、さらに大量に何かを吐く。さすがにちょっと苦しそう? それでも容赦なく、スタイリッシュ仙人は疫喰い桜の本体だったものを振り回し続ける。
と。
「あ」
何度も吐き出され、漂い、ゆるやかに重なり合った薄紅の霞が、ふわりとひとつはためいて。
「報恩謝徳の、桜……」
親の。幼子の。地獄の極卒の。深い感謝の気持ちが、地蔵菩薩への献花となった桜の木々。あのきれいな花が、ゆるゆると甦っていく。
ふわっとほわっと開いてゆく。
ふんわりおっとりやわらかい、薄紅色の花たち。
うららかな春の日の微睡みの合い間に浮かぶ、遠い日のやさしい思い出。真夏の海の、眩く輝く太陽の光に溶ける波のきらめきにも似て、ほんの少し哀しく、手に触れることのできない──。
オエップ
ウップ
人が感動してるのに。
ウプ
ヴォェ
鯉のヤツが、最後の
「ふう。ようやく吐き切ったか」
「……」
俺、何てコメントしたらいいんだろう。遠い眼になってしまう。
「ん? どうしたね、何でも屋さん。変な顔をして。ああ、やってみたかったのかい?」
「へ?」
何を?
「今の、リアル花咲爺さんをさ」
ニッタリと笑む、真久部の伯父さん。え……?
「軽く尻尾を握って、こう
触るの? アレを直接? 木彫りのくせに、いつもぬめっとしてそうなアイツを……?
無理!
「いえっ! 結構です、遠慮します! それより」
どうして報恩謝徳の桜が元に戻ったのか、そっちの説明をお願いします、と必死で頭を下げる。
「残念。何でも屋さんならできそうなんだけどなぁ。──だけどまあ、あんまり苛めるとあの子に叱られるから、これ以上は止めておこうか」
くくっと含み笑う伯父さん──。この、意地悪仙人め! 言わないけど。口に出さないけど。態度には出てしまったかも、だってちょっと肩が震えてる。笑いたければ笑えばいいのに。
「まあまあその、コホン。つまりね、ジンベエザメの食事のようなものなんだよ。喰って、吐き出したんだ。プランクトンやら小魚やらを呑み込んで濃し取り、水だけを排出するみたいに」
「……“鬼”たちが、プランクトン、ということですか?」
「そう。報恩謝徳の桜ごと、あいつらを呑みんだのさ」
「桜は、枯らされたんじゃ?」
綿あめが溶けるみたいに、じわじわと枯れていった儚い桜の森。疫喰い桜がここの世界樹みたいになったときには、姿も見えなくなってしまっていたけど──。
「“鬼”どものまとう“欲”の靄に、まだまだ多くが捕らわれたままだったんだよ。何でも屋さんの眼には一匹一匹別々に見えていたようだが、あれらはあの黒い靄、つまり“欲”で繋がっていてねぇ。薄く広がって、桜の森全体を覆っていたんだ」
春先の黄砂に、街全体が覆われるみたいにね、と続ける。
「“鬼”も一匹、二匹なら、桜にたまった慈雨の雫に溶けて消えてしまう。が、時折、今回みたいに大量に入ってくることがある。何が原因だと思う?」
つまり、人に寄生する“鬼”が大発生する時ってことだよな。魂を持たない“鬼”単体では、ここには来れないっていうから──。
「わかりません……天候とか?」
現実世界の大陸のほうでは、
「天候も関係するのかもしれんが、もっとも大きな原因は──疫病だよ」