第313話 華麗なニンジン 前編

文字数 2,051文字

昨日はバレンタインデー。

昨日はチョコで大変な思いをした女性がいたけれど(彼女、あれから大丈夫だったかな?)、実は俺もそれなりにチョコが大変なんだ。オトコとしてはモテなくても、何でも屋としてはありがたいことにあちらこちらでモテモテで。

グレートデンの伝さんの飼い主の、吉井さんからチョコレート。
フレンチブルの文さんの飼い主、菅原さんちの娘さんたちからもチョコレート。
草むしりに伺った古田さんからも、電球交換にお邪魔した藤森さんからも、塾に送り迎えした及川さんちの唯ちゃんとお祖母さんからもチョコレート。

チョコレート尽くし。

新型コロナのご時勢だからか、皆さん手作り系は自重してるみたい。いろいろ考えてくださってるお気持ちがありがたいよね。

もちろん、元妻と暮らす可愛い娘のののかからだって、宅急便で送られてきたさ。なんと今年はウィスキーボンボン! 『アルコールがけっこうきついみたいだから、休みの日か、夜しか食べちゃダメよ』と元妻のメッセージ付きだった。俺、別に酒に弱いわけじゃ……。

──うん、チョコは好きさ! 忙しいとき、小腹が空いたとき、手っ取り早くカロリー補給できるし、冷凍保存もできて便利だ。今の時季は、普通に置いておいても溶けないしな。

だけど。

部屋にあま~いチョコレートのかほりが充満すると、いつもどうしても食べたくなるものがある。甘いものとは正反対の、激しくスパイシーな──。

そう、カレーだ。
辛口のカレー、絶対に。

午前の仕事帰りに、じゃがいもと玉ねぎ、牛肉はやっぱりお高かったので、鶏もも肉を買ってきた。ニンジンはちょっと前に神崎の爺さんからもらったのがある。今から作れば、昼メシ晩メシと食べられる。明日の昼もイケるはず。朝は……朝からカレーは、このトシではさすがに。

鼻歌を歌いながら玉ねぎ切って炒めて、合い間にじゃがいもむいて、お次はニンジン、と、そのちょっと変わった赤い色の皮をむく前に、ヘタを切り落としたら……。

「なんじゃこりゃー!」

このあいだ顧客様がアマ〇ラで観てた、探偵な物語のマツダユウサクのように俺は叫んだ。──突然の大声に、視界の隅、居候の三毛猫が迷惑そうにコタツに潜り込んでいくのが見えたけど、そんなのどうでもいい。

「中身、大根じゃないか!」

赤い皮一枚の下は、雪のように白い大根。白雪姫も真っ青かもしれない、などと思いつつ、もしかしたらこういう種類のニンジンなのかもしれん、と一縷の望みを掛けつつ、匂いを嗅いでみる。

大根だった。紛うことなき大根のニオイがした。

「……」

何でだ。ラディッシュこと、二十日大根が赤いのは知ってるさ。でも、あれは小さくて丸い。この大根は、普通にニンジンぽかったんだよ! ……大根でもおかしな形ではなかったけどさ。

「……」

どうしよう、コレ? もう玉ねぎは飴色だし、じゃがいももむいた。なのにニンジンが大根。いや、カレーに大根入れるってのも聞いたことはあるよ? でも、俺は入れないんだよ。うちのカレーは、母が作ってくれたのも、元妻が作ってくれたのも、どっちも玉ねぎ・じゃがいも・ニンジンのカレー。……肉はいろいろだったけども。

大根入りのカレーに挑戦してみるべきだろうか? でも、大根は味噌汁に入れるほうが好きなんだ。母の作ってた謎のレシピ、ぜんぜん風呂吹き大根じゃない“ふろふき大根汁”も好きだけど、カレーはなんか違うんだ。

「……」

今日の俺は、カレー気分。もうカレーの口になっている。

「ニンジン、買ってこよ……」

火の始末をして、フライパンに蓋をして。財布を持って俺はとぼとぼと出掛けた。コンビニでも野菜を売ってるとこあるけど、駅前商店街の八百屋さんに行けば、半端な大きさの野菜が安く売られているはず──。

やったね! 三つで百円のニンジンを見つけて、ちょっと気分が浮上してたら、後ろから誰かに肩を叩かれた。

「買い物ですか、何でも屋さん」

ふり返ってみると、そこには胡散臭い笑みを浮かべた古美術雑貨取扱店慈恩堂の店主、真久部さんが。

「あ、はい。カレーを作ってたんですけど、材料が足らなくて……」

あはは、と愛想笑いしておく。このヒトはいつどこで見てもそこはかとなく怪し……じゃなくて、いつもにこにこしてて穏やかだなぁ。あっはっは! なぁんて、顔で笑って心の中は逃避して、をやってたら。

「カレーですか? 奇遇ですね、僕も今日は朝からカレーを作ってたんですよ」

「へ、へぇ……」

「特に食べたいわけでもないのに、どうしてかなぁ、と不思議だったんですが──、今日ここで何でも屋さんに会うことになってたからなのかなぁ……」

怪しい笑みを標準装備の地味な男前が、聞き捨てならないような、全力で聞き捨てておくべきのような、そんな怪しい台詞を呟いている。

「白いご飯だけはたくさんあるから、カレーは正解なのかもしれないけれど……。昨日、伯父が来るって言ってたのに、結局来なかったから余ってて。僕の作ったハンバーグが食べたいと、うるさかったんだけどねぇ」

「真久部さん、お料理上手だから……」
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