第149話 たくさん遊べば 8
文字数 2,079文字
「……」
俺は自分のお茶をずずっと飲んだ。なんだろう、何を遠慮してるっていうんだろう真久部さん。怖がらせるのを? いじるのを? ──そこ、突っ込むのはやめておこう……。
「とにかく、今日はもう来ませんよ。店の中も何でも屋さんもいつも通り。何を期待してきたのかはわかってるから聞きません。お茶を飲んだら帰ってくださいね」
「はあ……」
わざとらしく、伯父さんは溜息なんか吐いてみせた。
「冷たい甥だねぇ……そう思いませんか、何でも屋さん」
「いやー、ははは」
俺は帳場の時計を見る。閉店時間まで、あと十分。店の古時計たちは、真久部さんが帰ってきたら大人しくなると思ってたのに、俺一人のときとはまたちがう雰囲気を醸しだしている。わくわく、そわそわ──。
そういえば、この古道具の声が聞けるという伯父さんは、聞くだけではなく彼らと会話 をするのだと以前真久部さんが言っていた。この人が来ると、店の道具たちが自分たちの話を聞いてもらえると期待して、変に華やぐから困るって。
だけど、古い道具たちとそんな形で意思の疎通をするのは、とても良くないことだとも言っていた。下手をすると命を取られるのだと──。
「お茶、もう一杯淹れてもらえないかね、何でも屋さん。二服めは、熱いので」
「伯父さん……」
「いいじゃないか。その子たちにも菓子をやってくれますか? 甘いのがいいそうだ。私には両方。ああ、えび満月と芋満月。今はこういうのも個包装で、ぱりっと食べられていいねぇ」
当たり前のように、誰もいないところにお菓子を置くように言われる。いや、俺も今日は知らないあいだにココア淹れてたりしたけどね……。
ま、いいか。ここは慈恩堂、何かがどっかが少しずつずれながら、向こうとこちらに繋がってそうな場所。どこの向こうかこちらかなんて、考えちゃいけない。気にしちゃいけない。だから言われたとおり、何故か各種取り揃えてあるタマゴボーロの小袋を、いくつか皿にのせた。
タマゴボーロにイチゴボーロ、あずきボーロに乳ボーロ。スティックタイプなんてのもある。やさしい甘みがあってけっこう美味い。娘のののかも幼児の頃はこれが好きだったな、なんて思いながら、クッキーと○セイのバターサンドものせておく。
小皿に盛ったお菓子を見て眼を細める伯父さんの表情は、意外にも穏やかだ。それがこちらを見たとたん、悪戯っぽいものに変わる。
「今日はね、この甥っ子と骨董市でバッタリ会ったんだけど、知らん顔して行ってしまおうとするんだよ。酷いと思いませんか?」
「えーっと……」
助けを求めるように真久部さんのほうを見ると、むすっとお茶を啜ってる。
「どうせ、ペット に骨董の精気を食わせるために市に行ったんでしょ? あの悪食鯉、ここでは絶対出さないでくださいよ」
ん? そういえば伯父さん、俺が鯉が苦手になった原因のあのループタイ、してないな。胸元が寂しいっちゃ寂しい。そんな俺の視線に気づいたか、伯父さんはニヤニヤしながら襟を少し開き、盛り上がった内ポケットを示した。え、そこに入れてるの?
思わず距離を取ろうとした俺に、伯父さんは笑いながら言った。
「大丈夫だよ、何でも屋さん。勝手できないようにちゃんと包んであるから。それでなければこの甥が、店に入れてくれるわけがない」
「当然でしょう。あの悪食にかかったら、薄い**まで喰い散らされてうちの道具が全部我楽多になってしまう」
古い道具の醸し出す空気? みたいなもの、俺の預ってる“御握丸”みたいに濃い~のは濃いけど、そうでないもののほうが多く、それにも濃淡があるらしい。いいのも悪いのも、薄くても悪食鯉は見境なく食べてしまうから、慈恩堂では出禁なんだそうだ。
「いやあ。今日はでも、お前以外が店番してるというなら、コレが役に立つと思ったんだがねぇ」
「店番は何でも屋さんで、きっちり指示を守ってくれる人だから、招かれざる客 は店に入れませんよ。──自分でドアを開けられない客はね」
「……」
昼のアレのことかなー、そうなんだろうなーと思うけど、俺は黙して語らない。語ってたまるか、伯父さんを喜ばせるだけだ。──ただ、あの時は意味もなく怖かった……。そうさ、それだけだ。
「伯父の言うことは気にしないでください。とにかく何でも屋さんは大丈夫なので。でも気になるなら──ちょっと待ってくださいね」
そう言って、真久部さんは二階に上がっていく。待って~! 伯父さんと二人きりにしないで~!
「ここは場所、というか土地が悪くてねぇ、何でも屋さん」
甥の背中を見送って、古い猫のようににんまり笑いながら伯父さんは話しかけてきた。──閉店まであと五分、真久部さん早く戻ってきて!
「季節の客があるんですよ、毎年、この時期にねぇ」
ちょ、やめて、怖い話は! 何でそんなに楽しそうなの、真久部の伯父さん。猫が鼠をいたぶるような、ちょいちょい突いて反応を見るような顔。
俺は自分のお茶をずずっと飲んだ。なんだろう、何を遠慮してるっていうんだろう真久部さん。怖がらせるのを? いじるのを? ──そこ、突っ込むのはやめておこう……。
「とにかく、今日はもう来ませんよ。店の中も何でも屋さんもいつも通り。何を期待してきたのかはわかってるから聞きません。お茶を飲んだら帰ってくださいね」
「はあ……」
わざとらしく、伯父さんは溜息なんか吐いてみせた。
「冷たい甥だねぇ……そう思いませんか、何でも屋さん」
「いやー、ははは」
俺は帳場の時計を見る。閉店時間まで、あと十分。店の古時計たちは、真久部さんが帰ってきたら大人しくなると思ってたのに、俺一人のときとはまたちがう雰囲気を醸しだしている。わくわく、そわそわ──。
そういえば、この古道具の声が聞けるという伯父さんは、聞くだけではなく彼らと
だけど、古い道具たちとそんな形で意思の疎通をするのは、とても良くないことだとも言っていた。下手をすると命を取られるのだと──。
「お茶、もう一杯淹れてもらえないかね、何でも屋さん。二服めは、熱いので」
「伯父さん……」
「いいじゃないか。その子たちにも菓子をやってくれますか? 甘いのがいいそうだ。私には両方。ああ、えび満月と芋満月。今はこういうのも個包装で、ぱりっと食べられていいねぇ」
当たり前のように、誰もいないところにお菓子を置くように言われる。いや、俺も今日は知らないあいだにココア淹れてたりしたけどね……。
ま、いいか。ここは慈恩堂、何かがどっかが少しずつずれながら、向こうとこちらに繋がってそうな場所。どこの向こうかこちらかなんて、考えちゃいけない。気にしちゃいけない。だから言われたとおり、何故か各種取り揃えてあるタマゴボーロの小袋を、いくつか皿にのせた。
タマゴボーロにイチゴボーロ、あずきボーロに乳ボーロ。スティックタイプなんてのもある。やさしい甘みがあってけっこう美味い。娘のののかも幼児の頃はこれが好きだったな、なんて思いながら、クッキーと○セイのバターサンドものせておく。
小皿に盛ったお菓子を見て眼を細める伯父さんの表情は、意外にも穏やかだ。それがこちらを見たとたん、悪戯っぽいものに変わる。
「今日はね、この甥っ子と骨董市でバッタリ会ったんだけど、知らん顔して行ってしまおうとするんだよ。酷いと思いませんか?」
「えーっと……」
助けを求めるように真久部さんのほうを見ると、むすっとお茶を啜ってる。
「どうせ、
ん? そういえば伯父さん、俺が鯉が苦手になった原因のあのループタイ、してないな。胸元が寂しいっちゃ寂しい。そんな俺の視線に気づいたか、伯父さんはニヤニヤしながら襟を少し開き、盛り上がった内ポケットを示した。え、そこに入れてるの?
思わず距離を取ろうとした俺に、伯父さんは笑いながら言った。
「大丈夫だよ、何でも屋さん。勝手できないようにちゃんと包んであるから。それでなければこの甥が、店に入れてくれるわけがない」
「当然でしょう。あの悪食にかかったら、薄い**まで喰い散らされてうちの道具が全部我楽多になってしまう」
古い道具の醸し出す空気? みたいなもの、俺の預ってる“御握丸”みたいに濃い~のは濃いけど、そうでないもののほうが多く、それにも濃淡があるらしい。いいのも悪いのも、薄くても悪食鯉は見境なく食べてしまうから、慈恩堂では出禁なんだそうだ。
「いやあ。今日はでも、お前以外が店番してるというなら、コレが役に立つと思ったんだがねぇ」
「店番は何でも屋さんで、きっちり指示を守ってくれる人だから、
「……」
昼のアレのことかなー、そうなんだろうなーと思うけど、俺は黙して語らない。語ってたまるか、伯父さんを喜ばせるだけだ。──ただ、あの時は意味もなく怖かった……。そうさ、それだけだ。
「伯父の言うことは気にしないでください。とにかく何でも屋さんは大丈夫なので。でも気になるなら──ちょっと待ってくださいね」
そう言って、真久部さんは二階に上がっていく。待って~! 伯父さんと二人きりにしないで~!
「ここは場所、というか土地が悪くてねぇ、何でも屋さん」
甥の背中を見送って、古い猫のようににんまり笑いながら伯父さんは話しかけてきた。──閉店まであと五分、真久部さん早く戻ってきて!
「季節の客があるんですよ、毎年、この時期にねぇ」
ちょ、やめて、怖い話は! 何でそんなに楽しそうなの、真久部の伯父さん。猫が鼠をいたぶるような、ちょいちょい突いて反応を見るような顔。