第57話 貴重な人材 2

文字数 2,088文字

思わず動揺してしまう。その動揺には「本当に人間の客なのか?」という危惧も含まれる。でもその危惧は無かったことにしておこう、精神衛生のために。

「い、いらっしゃいませ?」

ひっくり返りぎみになりつつ声を掛けると。

「こんにちは」

入ってきた客が応える。足はあるかと、思わず確認してしまった。大丈夫、人間だ。狛犬の化身(?)とかじゃない。そういえばあいつら、最近どうしてるかなー、なんて思い出すと夢に出てきそうだから、考えないようにしよう。そうしよう。

「何かお探しですか?」

由来とか詳しいことを聞かれても答えられないけど、どういう品物がどのあたりにあるかくらいはふわっと分かる。棚卸しの手伝いもするし。

「探してるとか、そういうことでは無いんですけど……何となく」

そう言いながら、客は店の中に目をさまよわせてる。陶器で出来た細かい唐草模様の象が気になるようだ。が、その隣に置いてある謎のでっかい南洋ふうお面を見てぎょっとしてる。分かる。それ、びっくりするよね。だけど、まあ。

「見てるだけでも楽しいので、どうぞごゆっくり」

怪しい気配がどうとかこうとかそういう思い込みは置いといて、細かいものからそこそこ大きな道具類まで、本当に色んな品物があるから、眺めて回るにはいいと思うんだよな。とってもミニマムなテーマパーク。雑多なところが却って楽しい。と、思う。多分。

ともあれ、あんまりお客さんをじろじろ見るのも感じが悪いだろうから、俺は持ってきたUSBメモリを帳場のパソコンに挿し、何でも屋業の事務仕事を始めることにした。もちろん、店主の許可は取ってある。顧客データ管理とか、スケジュール管理とか、売り上げ計算とか、色々あるんだ。

この間捕まえた脱走猫のムラちゃんの柄は、白黒ブチ──とか、カチカチ打ち込んでたら、お客が声を掛けてくる。

「あの、このギター」

「はい?」

帳場から出て、用を聞きに行く。ギターか。確かウクレレと琵琶とバイオリンといっしょに置いてあったな。

「これなんですけど……」

お客の示すギターは、この店の品だから当然“ヴィンテージ”。絃が錆びぎみ。

「こちらをお求めですか?」

う。こういうの、どうやって梱包すればいいんだろう。今までこの店で接客したことないから分からない。さすがにケースまでは無いだろうし……。

「そうじゃなくて……これ、ちょっと裏返してもいいですか。確認したいことがあるんです」

「え? あ、はい。どうぞ」

俺が許可を出すと、お客はそっとギターを取って裏返した。

「やっぱり……」

呟く声に見てみると、底のほうに何やら模様……文字かな?

「だいすけ……?」

先の尖った、釘みたいなので薄く刻まれているのは、名前らしきもの。

「これ、書いたの俺です。──やっぱり叔父さんのギターだ……」

お客は何やら感無量な様子。

「お値段はお幾らですか……?」

聞かれて、悩む。

「えーっと……」

全体に目を走らせると、螺子? に引っ掛けてある値札発見。

「三千円……? です」

小さい紙に、えらい達筆で値段が書いてある。こんなに小さいスペースなのに、達筆だと分かる店主の書はすごい。

「三千円って。これは──」

お客が言うには、有名なブランドもので、このタイプは新品で買うと何十万円もするらしい。

「古いもののようですし……」

表に傷もついてるし、まともに鳴らないかもよ? っていうのは飲み込んだ。何やら思い入れがあるようだし。

「中古品、ですもんね……」

お客はしみじみ呟いている。まあね。こういう店でいうヴィンテージって、そういう意味だよ。

「お値打ち品かもしれませんね。まともに音が出るなら──」

楽器だし、そこが一番重要だよな。だけど、楽器店じゃなく古美術骨董の店にあるところからしても、そのあたり、保証出来ない。

「弾いてみて、いいですか?」

「どうぞ。あ、じゃあ、こちらに座ってどうぞ」

俺は帳場から続く畳エリアを示した。端に座れば椅子と同じだ。

「ありがとうございます」

そう言って客は座り、弦を爪弾きながらネック(という名前だけは知ってた)についてる螺子? を調節し始めた。おお、ちゃんと音が出るんだな。

 ポロン ポロン ポロン

壊れてはないようだ。

 ポロン ポロン ポロン……

しばらく音を聴きながら首を傾げていたお客は、ほんの少し考え込むような顔をした後、何かの曲を弾き始めた。

──あ、これ知ってる。『禁じられた遊び』だ。

時々、キュ、とかキュイとか聞こえるのがライブ感。やっぱりいいなぁ、この曲。最初のほう、何だか悲しくて、途中ちょっと希望が見えて、また深い悲しみがやってきて、少しの希望と入り混じる。

弾き終わって、お客はほうっと溜息をついた。思わず俺は拍手する。

「お上手ですね」

「いえ……これ、ただ弾くだけならそんなに難しくないんです。叔父の弾くのは、もっと良かったなぁ……」

お客は遠い目をした。
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