第184話 寄木細工のオルゴール 22

文字数 1,994文字

「これって……オルゴールに?」

俺は真久部さんの手元を見た。よく磨かれ手入れされた寄木細工の表面が、作られてからの歳月を語るようにどっしりとした存在感を放っている。

「そうです」

「ど、どうして?」

「さあね。ただ、気に入ったんじゃないでしょうか。それぞれ大口を叩きながらも、扱いは慎重丁寧。自分の番になれば、真剣に考えて板を動かす。その秘密箱の仕掛けを存分に楽しんで、軋みを感じれば全員が心配そうに、傷む前に止めている」

彼らにしてみたらただの悪戯であり、肝試しでしょうが、そこに<自分>に対する敬意と尊重が感じられて好もしい、これ(・・)がそういう感想を持ったとしたらどうでしょう? そんなふうに言う。

「彼らのゲームのルールに則り、五番目に板を動かした者として、聞こえるはずのない声を全員に聞かせて驚かせ、それをもって大喝とした。僕にはそう思えます。運命のほうはこれで勘弁しておいてやろうと、そういうことだとねぇ」

小さな声だったでしょうが、彼らにしてみれば耳元で大太鼓を叩かれたほどの衝撃だったでしょうよ、と真久部さんは面白そうに笑う。

「二人くらい、慌てすぎて階段から落ちたり、転んだりして足を怪我したようですが、それは別にコレのせいではありません」

でも、その夜から全員七日間怖い夢を見せられて、彼らは二度とこれには手を出さなかったといいますよ、と締めくくる。

「──なんだか、ご隠居にお灸をすえられた八つぁん熊さんみたいですね……」

ホント、すごい貫禄。可愛い悪戯程度に思えたら、手加減もしてくれるってわけか。気難しいけど、理不尽ではない──。うーん、たしかに。

「若者たちも、畏れを知っていたようですからね。だからその程度で許してもらえたんでしょう。もう一度同じことをしたらどうかわかりませんが」

その時のちょっとした騒ぎから噂を聞きつけて、お金を払うから同じ催しをさせてくれと持ち主の親に頼んだ物好きもいたそうですが、頑として聞き入れなかったそうですよ、と真久部さんは続ける。

「ただ開けようとするだけならまだしも、もしもお金を絡ませていたら息子は命を落としていたはずだ。だから絶対そういうことに貸すことはできないと、そう言ってね。少しくらいなら悪夢で済ませてくれるコレも、悪趣味な金儲けの対象にされたらどうなるやら。僕には恐ろしくて想像することもできません」

開けること自体に興味を持つのと、賞金目当てに開けようとする、では意味がまったく違ってくるでしょう、そう言われて、俺は深くうなずいた。

「でも、それを例の男がやろうとしたと、先代椋西さんはおっしゃってたんですよ。正しくは、お金や玩具で釣ってやらせようとした」

おもちゃ? って、あ……。

「子供におかしなことを吹き込まれて、先代が怒ったっていう……?」

「そうです」

真久部さんはうなずく。

「風変わりで珍しい道具(オルゴール)としてコレを見せて、秘密箱としてのコレを開けることも開けさせることも断って以来、男は毎日のように椋西家に現れて、譲って欲しいと頼み込むようになったそうです。でも、先代は男がオルゴールとしても、手強いのが面白い秘密箱としても見ておらず、ただ中身に入っているかもしれない何か(・・)にしか興味がないことを悟っていたので、二度と男には見せなかったとか」

「……」

そりゃそうだろうなぁ。道具として愛好している人からすればとても許せない考え方だろうし、うっかりして壊されでもしたら、とも思うだろう。

「男がもっと短絡的な人間だったら、強盗紛いに奪って逃げたかもしれません。でも、男にもそれなりに築いてきた立場があった。優秀な院生として、新進気鋭の研究者として、大学でも期待されていたんですよ。──彼のその立場と、紹介者である恩人への気兼ねから、先代もあまり強い態度は取れなかったそうで」

本人も無茶はできないし、こちらも邪険にできなかったというわけか……。ありがちな(しがらみ)だなぁ。

「他の道具を見せてほしい、と言われれば、それは見せてやっていたそうです。恩人の手前ね。だけどそうこうしているうちに、子供たちがひどい夜泣きをするようになったというんです。最初はままあることと特に気に留めなかったそうですが、当時十二歳になっていた長女の清美さんまで毎日怖い夢を見る、と怯えるようになって──」

これはおかしい、と先代は清美さんに問い詰めたそうだ。お前、お父さんの書斎から組木細工の箱を持ち出して、どこかを動かさなかったか、と。

「そうすると、最近よく来るお兄さんが、お父さんに内緒であの箱を持ち出して僕に渡してくれたら、十万円くれると言った、と白状したそうです。そんなことをしたらすぐお父さんにバレると渋ると、じゃあ、きみが箱を開けて、中に入っているものをくれるのでもいい、それならお父さんにはわからないはずだよ、お父さんはあの箱を絶対開けないそうだから……、そんなふうに唆されたと」
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