第210話 小さな怪異と御札
文字数 2,240文字
長持というのは、木でできた横長の、人が一人くらい余裕で入れそうなくらい大きな箱だ。昔は布団とか着物を仕舞ったというから、移動式の押入れかクローゼットみたいなものだと考えればいいと思う。
「御札……?」
懐中電灯の光の輪の中を、水無瀬さんものぞき込む。被せ蓋を開けると破れてしまう位置に、黄色く色褪せ、虫に食われたかしてぼろぼろになった細長い和紙が貼りついてる。このあいだは、明り取り窓と開け放った扉から入る外光だけで大雑把に埃払いをしていたから、気づかなかった。
いかにも、な封印っぽい感じに、ちょっとだけ背中が寒くなる。
「……水無瀬さんは中に何が入っているのかご存知ですか?」
「いや、知らない……親父からは何も聞いてないな……」
「……」
「……」
「次! 次行きましょう! まだエリア分け終わってないですし!」
「そうじゃな」
また後で考えることにしよう、と水無瀬さんもうなずく。良かった、開けてみようとか言われなくて。ホラー映画だと、こういうの見ると必ず御札を破って開けてしまうやつがいるけど(そしてたいてい最初に呪い殺されるか祟り殺されるかするんだ。怖っ!)、俺、そういうタイプじゃないし。水無瀬さんも同様に慎重な性格をしているようで、気が合いそうだ。
「えーっと、ここには番号なしのインデックスを挟んで、と。次は隣の箱から……この辺まででどうでしょう」
俺はささっと怪しい長持から距離を取る。
「いいと思う」
水無瀬さんはまだ気になっているようだけど、作業の続行を優先するようだ。
「奥の方は大物がありますね」
「一人で大丈夫かい、何でも屋さん」
そう、エリア分けをした後は、俺が一人で整理というか、目録作りをすることになってるんだよな。
骨董古道具の目利きができるわけでもない俺が、どうやって目録を作るのかっていうと、簡単なことだ。ただひたすらデジカメで撮影していくってだけ。ひとつひとつ箱を開け、包みを解いては中のものを取り出し、よく見えるようにして、パシャリ、パシャリと。それを纏めてだいたいの目録とすればいいですよ、っていうのは、もちろん真久部さんのアドバイス。
そこに俺が段ボールインデックスを持ち込んだんで、さらにわかりやすくなると思う。
画像データはもちろん水無瀬さんに渡すけど、カラー印刷してエリア区分ごとにまとめた報告書も作成するつもり。二部作って、一部を水無瀬さんが保管、もう一部を慈恩堂さんに見てもらってだいたいの鑑定を依頼するのはどうでしょう、と提案したら、それは良い考えだと採用になった。真久部さんも快く承知してくれたし。
「んー……そうですね、大丈夫だと思います。もし無理っぽいと判断したら、水無瀬さんにご相談しますね。臨機応変にいきましょう」
「そうじゃな。あまり難しく考えないほうがいいのかもしれんな」
「とにかく。中身を出して、必要なら埃を取って、撮影して、元に戻す。これの繰り返しで行こうと思います」
繊細な部分は筆とかを使って、細心の注意を払いつつ、とにかく丁寧に取り扱うことを心がけますね、なんてこと話しながら、和やかに作業は進む。要所要所で立ち止まり、相談しながら本日も持参のデジカメであちこちの現状を撮影しておく。
今は扉からと、明り取りの窓から差し込む光だけだから薄暗いけど、それでも調節すれば上手く撮れる。ふふふ、お高かったけど、このあいだちょっといいのを買ったところだったんだ。さっそく役に立ってよかった。本番の撮影のときは、母屋から電池式の大きめのライトを借りることになってる。
「……さて。二階はどうしましょう」
一階の目録作成が終わってからでいいと思うんだけど。水無瀬さんも同意見みたいで、今日は取り敢えずここまでにしようか、ということになった。
「まあ、そう急ぐことでもないしな。儂もまだあと五年くらいは元気なつもりじゃし」
そんなことを言って笑う。
「またぁ。まだまだもっともっといけますって。大学時代の友人のお祖母さん、誕生日が大晦日だったそうなんですけど、百になった祝いのその翌日、一月一日元旦の朝に大往生されたんですって。だからもう、御葬式は紅白の鯨幕でお祝いしたって友人は笑ってました。涙目でしたけどね。でも俺それ聞いて、なんかすごいなって」
「ああ、それは目出度いなぁ」
「でしょう?」
「目出度いし、うらやましいよ。儂なんか──ん……?」
蔵の扉の手前まで来たとき、水無瀬さんはふと立ち止まった。すぐそこの床に、扉の形に四角く光が射している。
「どうしました?」
「いや……何でも屋さん、段ボールに貼ったビニールテープ、何か柄が無かったか?」
「え?」
俺は手元に余った手製インデックスを見た。大きな透明スーパー袋に入れてるから、外からでも切った段ボールの縁をかがるように貼りつけたテープの柄がわかる。
「これと同じですよ、黄色地に赤と黒で金魚の柄。可愛いし、薄暗くても目立つと思って──」
ホームセンターにビニールテープを買いに行ったら、こんな柄物カラーテープが売ってたんだよな。面白いし、ここんちの庭の金魚を思い出したから、金魚柄を選んでみた。最初のほうに差し込んだ段ボールにも同じテープを貼り付けてあるはずなんだけど……。
「──ただの黄色ですね。あれ?」
ごくごく普通のテープで、手品のネタ的なものじゃない。柄が消えるなんて……。
「……」
まさか、陽に当たると消えるとか? なんて考えてると、黙っていた水無瀬さんがすっとあの長持を指差した。
「……!」
嘘、御札が、外れてる?
「御札……?」
懐中電灯の光の輪の中を、水無瀬さんものぞき込む。被せ蓋を開けると破れてしまう位置に、黄色く色褪せ、虫に食われたかしてぼろぼろになった細長い和紙が貼りついてる。このあいだは、明り取り窓と開け放った扉から入る外光だけで大雑把に埃払いをしていたから、気づかなかった。
いかにも、な封印っぽい感じに、ちょっとだけ背中が寒くなる。
「……水無瀬さんは中に何が入っているのかご存知ですか?」
「いや、知らない……親父からは何も聞いてないな……」
「……」
「……」
「次! 次行きましょう! まだエリア分け終わってないですし!」
「そうじゃな」
また後で考えることにしよう、と水無瀬さんもうなずく。良かった、開けてみようとか言われなくて。ホラー映画だと、こういうの見ると必ず御札を破って開けてしまうやつがいるけど(そしてたいてい最初に呪い殺されるか祟り殺されるかするんだ。怖っ!)、俺、そういうタイプじゃないし。水無瀬さんも同様に慎重な性格をしているようで、気が合いそうだ。
「えーっと、ここには番号なしのインデックスを挟んで、と。次は隣の箱から……この辺まででどうでしょう」
俺はささっと怪しい長持から距離を取る。
「いいと思う」
水無瀬さんはまだ気になっているようだけど、作業の続行を優先するようだ。
「奥の方は大物がありますね」
「一人で大丈夫かい、何でも屋さん」
そう、エリア分けをした後は、俺が一人で整理というか、目録作りをすることになってるんだよな。
骨董古道具の目利きができるわけでもない俺が、どうやって目録を作るのかっていうと、簡単なことだ。ただひたすらデジカメで撮影していくってだけ。ひとつひとつ箱を開け、包みを解いては中のものを取り出し、よく見えるようにして、パシャリ、パシャリと。それを纏めてだいたいの目録とすればいいですよ、っていうのは、もちろん真久部さんのアドバイス。
そこに俺が段ボールインデックスを持ち込んだんで、さらにわかりやすくなると思う。
画像データはもちろん水無瀬さんに渡すけど、カラー印刷してエリア区分ごとにまとめた報告書も作成するつもり。二部作って、一部を水無瀬さんが保管、もう一部を慈恩堂さんに見てもらってだいたいの鑑定を依頼するのはどうでしょう、と提案したら、それは良い考えだと採用になった。真久部さんも快く承知してくれたし。
「んー……そうですね、大丈夫だと思います。もし無理っぽいと判断したら、水無瀬さんにご相談しますね。臨機応変にいきましょう」
「そうじゃな。あまり難しく考えないほうがいいのかもしれんな」
「とにかく。中身を出して、必要なら埃を取って、撮影して、元に戻す。これの繰り返しで行こうと思います」
繊細な部分は筆とかを使って、細心の注意を払いつつ、とにかく丁寧に取り扱うことを心がけますね、なんてこと話しながら、和やかに作業は進む。要所要所で立ち止まり、相談しながら本日も持参のデジカメであちこちの現状を撮影しておく。
今は扉からと、明り取りの窓から差し込む光だけだから薄暗いけど、それでも調節すれば上手く撮れる。ふふふ、お高かったけど、このあいだちょっといいのを買ったところだったんだ。さっそく役に立ってよかった。本番の撮影のときは、母屋から電池式の大きめのライトを借りることになってる。
「……さて。二階はどうしましょう」
一階の目録作成が終わってからでいいと思うんだけど。水無瀬さんも同意見みたいで、今日は取り敢えずここまでにしようか、ということになった。
「まあ、そう急ぐことでもないしな。儂もまだあと五年くらいは元気なつもりじゃし」
そんなことを言って笑う。
「またぁ。まだまだもっともっといけますって。大学時代の友人のお祖母さん、誕生日が大晦日だったそうなんですけど、百になった祝いのその翌日、一月一日元旦の朝に大往生されたんですって。だからもう、御葬式は紅白の鯨幕でお祝いしたって友人は笑ってました。涙目でしたけどね。でも俺それ聞いて、なんかすごいなって」
「ああ、それは目出度いなぁ」
「でしょう?」
「目出度いし、うらやましいよ。儂なんか──ん……?」
蔵の扉の手前まで来たとき、水無瀬さんはふと立ち止まった。すぐそこの床に、扉の形に四角く光が射している。
「どうしました?」
「いや……何でも屋さん、段ボールに貼ったビニールテープ、何か柄が無かったか?」
「え?」
俺は手元に余った手製インデックスを見た。大きな透明スーパー袋に入れてるから、外からでも切った段ボールの縁をかがるように貼りつけたテープの柄がわかる。
「これと同じですよ、黄色地に赤と黒で金魚の柄。可愛いし、薄暗くても目立つと思って──」
ホームセンターにビニールテープを買いに行ったら、こんな柄物カラーテープが売ってたんだよな。面白いし、ここんちの庭の金魚を思い出したから、金魚柄を選んでみた。最初のほうに差し込んだ段ボールにも同じテープを貼り付けてあるはずなんだけど……。
「──ただの黄色ですね。あれ?」
ごくごく普通のテープで、手品のネタ的なものじゃない。柄が消えるなんて……。
「……」
まさか、陽に当たると消えるとか? なんて考えてると、黙っていた水無瀬さんがすっとあの長持を指差した。
「……!」
嘘、御札が、外れてる?