第37話 コンキンさん 9

文字数 2,791文字

無垢って何? 誰が誰を? 

そう思うけど聞かない聞けない。こういう時はごまかして次に行くほうがいい。

「と、とにかく! 約束事は守って誠実に、手順は丁寧に正確に、ってことですね! よく分からないけど」

本当に、俺はよく分かってないんだ。ただ決まりを守って言われたとおりに動いただけで。佐保青年みたいなイレギュラーがあったとしても、約束事の応用問題みたいに考えたら解けるというか、どうすればいいか傾向と対策が分かるというか。

「今回の仕事は何ごとも無く……ちょっとはあったかもしれないけど、まあ無事に終わったということで、竜田さんにもそうお伝え願えますか?」

「そうだね」

ふふっと真久部さんは笑みをもらす。その分かってますよ、みたいな微笑みがやっぱり胡散臭い。

「そう伝えるよ。依頼料は前払いだったっけ?」

「はい。先にいただきました」

そう言いながら立ち上がろうとして、俺は思い出した。

「そうそう、第一の祠に失礼を働いた男なんですけど、そいつ、あの四つの祠について竜田さんに聞きたいことがあるって言うんですよ……あ、そいつ、佐保っていうんですけどね」

「佐保!?」

真久部さんの顔からいつもの読めない笑みが消し飛ぶのを、俺は初めて見た。
その尋常でない様子に、思わず尻を浮かせそうになる。

「ど、どうしたんですか? 俺、何か変なこと……」

言いました? と口にする前に、ずいっと額を寄せて来る。文机越しに掴みかからんばかりのその勢いに、つい上半身を反らせてしまう。

「その彼の名前、佐保っていうのかい? 本当に?」

「え、ええ。知ってるんですか?」

今日のことで改心したっぽいけど、改造車乗り回してブイブイ言わせてたチンピラ小物風味の佐保青年と、日向ぼっこが似合う可愛い猫を装った猫又みたいに得体の知れない古道具屋の店主。そんな二人の間に接点なんかあるのか? ──いや、佐保青年の家はお金持ちっぽい感じだし、親か祖父母世代と取引上の付き合いがあったりするのかもしれない。

そう思ったけど、その推測は本人に否定された。

「知らないけど……。だけどその彼が<佐保>というのなら、竜田さんが探してたのはその人かもしれないんだ」

「探してた……?」

どうして竜田さんが佐保青年を? 良く分からない。

「竜田さん、もう結構なお年でしょ? 年々身体も弱ってきたし、ここ数年ずっと祠巡りの後継者を探してらっしゃったんだよ。なのに見つからないまま今年はついに入院するほど体調を崩して……。とても焦っておいでだった」

「はぁ……」

気の無い返事をする俺の肩を、もどかしそうに真久部さんは揺すってきた。怖いよ。

「祠巡りの後継者は、誰でもいいわけじゃないんだよ。適性と、何より縁が繋がってなければ務まらないんだそうだ」

「……」

また腑抜けた相槌を打って怒られても困るので、こくこくとただ頷いておく。

「竜田さんの先代の祠守りはね、佐保といったらしいんだ」

この意味が分かるかい? と真久部さんは問いかけてくる。だけど俺にそんなこと分かるはずもない。

「竜田家と佐保家の回り持ちで務めてたとか……?」

うん。思いつくのはこんなことくらい。

「その推測は近いけど、正しくはない。竜田と佐保といっても、特定の家系じゃないらしいんだ。全国に散らばる竜田姓あるいは佐保姓を持つ人の中から、知らず知らずのうちに祠巡りに導かれる者が現れるんだという。それが次代の祠守りなんだそうだ」

へー。という心の声を口に出すと怒られそうだから、黙っておく。何だか大層な話になってきたんだけど、そういえば。

「そういえばその佐保くん、おかしな、というか不思議なこと言ってたので気にはなってたんです」

「どんなことを?」

聞かれたので、説明した。実は後から供えたアンパンも消えてしまっていたことを。それを知った佐保青年が、祠を畏れて口にしたことを──。

「自分の不敬と無作法を謝りながら、駄菓子と酒とぼた餅と稲荷ずし持ってきますから! って叫んだんです。お供えしますって。どうしてあの四つの祠に供えるものをピンポイントで口にしたのか、それが不思議で……」

そう言うと、真久部さんは脱力したように文机に伏せた。

「あー……」

「ど、どうしたんですか?」

いきなりのトーンダウン。さっきまでの興奮が嘘みたいだ。

「はあ……祠巡りの後継者について相談されてから、僕も探していたわけだよ。この仕事をしていてそれなりの伝手だってあるしね……見つからなかったらあの辺りが大変なことになるし……」

大変なことって何だろう? とか思っても、聞いてはいけない。真久部さんが聞いて欲しそうにこっちをちらちら見てるのが分かってても、ここは華麗にスルー。それが慈恩堂絡みの仕事をこなす秘訣。

「つまり、あの佐保くんが後継者候補、というわけなんですね」

気づかぬふりの俺の言葉に、拗ねたように唇を尖らせる真久部さん。そういう表情もわざとだって知ってるから、敢えて指摘しない。

「候補というか、ほぼ確定だろうとは思うけどね」

疲れたようにひとつ溜息をついて、真久部さんは何ごとも無かったかのようにしゃんと起き上がった。

「明日、御見舞いがてら竜田さんに報告してくるよ。きみも間を見て病院に行けるようだったら顔を見せてあげてくれるかな? 竜田さん、心配してたから」

そんなに心配されるような仕事って──もういいや、今更だ。無事に終わったんだし。ちょっと怖いこともあったけど、俺は元気です。って報告に行くことにしよう。

「じゃあ、佐保くんの連絡先、真久部さんに託していいですか? 本人も祠について聞きたいっていうから、そのあたりのことも竜田さんと話し合って結論出してもらえたら有難いというか、俺も肩から荷物を下ろした気分になれるというか」

「ああそうだね。ここから先は竜田さんとその佐保くんの問題なんだし……話し合って、互いに納得できなければ、──引継ぎなんて出来ないからね」

達観したように言葉を続ける真久部さんは、今回のことについてどんなふうにどこまで関わってるのか、まるで分からない。だけど、真摯に対応しているらしいことだけは信じられるから、あの佐保青年のことを任せておいても大丈夫だろう。

そう思い、俺は心の中だけで大きな溜息をついたのだった。

カッチカッチ、時を刻む古時計の音。そんな時計がいくつかあって、微かにずれる秒針の音が妙に眠気を誘う。しーんとして、これがいつもの慈恩堂。しばらくは二人でお茶を啜る音だけがしていたんだけど。

「結局のところ、今回のことって仕組まれてたのかなぁ……」

溜息交じりに真久部さんはそんなことを言う。
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