第338話 芒の神様 17

文字数 2,523文字


   ずっといっしょにいられると
   そう聞いてうれしくなったが
   妻問い というものをせねばならぬらしい
 
   妻問いとは何でございますか とお訊ねすると
   古主様はお笑いなされたなぁ

      そちは、まだ心が幼いのだな
      そうだな 
      ずっとともに居たいと 
      そう思える相手ができたら
      聞いてみるがいい

      そちと、遊んでいたいかと
      ずっといっしょにいたいかと
     
      相手がうなずいたなら
      与えるがいい
  
   簡単なことに思えた 古主様のおっしゃるような相手が 
   みつかりさえすれば

      だが、ひと口、ひと欠片ではいけぬぞ
      必ず全て食わせねば

   わざわざ そのようにおっしゃるとは
   いったい 何故であろうと 
   不思議に思って お訊ねした 
   
      只人をそちの隣に留めようというのだ
      簡単なことではない
      代価が要るのだ

      茅よ、薄、芒の主よ

      そちのその強い生命力
      その一部 欠片を
      この中に籠めてある

      欠片といっても
      そちにとっては大きいぞ
      只人にとっては、もっと大きいだろう
  
   我の生命の一部を 我から取って
   饅頭に籠めたと いわれても
   我は この身に何も感じなかった 
  
      ああ、そうだ
      何も違いは 今はわからぬであろう

      そちが、そこに持っている間はそれで良い
      そちの身体の中にあるのと 同じことよ
      また
      全て食わせた只人を、そこに、
      そちの隣に置くなら、
      それも同じことよ

      ひと口 ひと欠片
      半端にしか食べぬなら
      只人はそちの傍に留まれぬ
      只人がそちの傍に在るには
      力が足りぬ

      また
      
      ひと口とはいえ そちの力を食べたままの
      只人を、元の居場所に戻してしまえば
      そちはそのぶん、力を失う

      心に空白が増え
      何かを思うことは 減ろう
    
      そちは薄の守り主よ
      茅よ 芒よ 薄よ
      その弥栄を守り
      また
      弥栄そのものであらねばならぬ故

 大元の力は、そちらに使わねばならぬ
      失った力は、そちの自我を保つもの
      元に戻るには 時間がかかる

      その間、そちは眠りにつくだろう
      長い眠りになろうが
      心根のやさしいそちならば
      浅い夢の中でも、人を害すまい
    

      もし、全てそちのものになる前に
      只人を戻してしまったなら

      追いかけて 残りを食わせよ
      さすれば 力が失われることもなく
      そなたは伴侶を得ることができる

   古主様は そうおっしゃったが
   残りを食べさせることが できなかったら
   その只人は どうなるのか 我は気になった

   我の力は 古主様とは比べものにもならぬが
   只人には 大きいようだ
   半端にひと口 食べただけでは
   欠片の欠片を 残したままでは
   腹が 痛くなりはしないかと 
   そう思い 

      何を聞いてくるのかと思えば
      そちは……

      ふふ

   古主様は どうしてかお笑いになり
   そのあと おっしゃったのだ

      ふむ、妻問いをしくじらないように
      その時がきたら そちを
      少しだけ 大人にしてやろう 


      努々忘るるではないぞ    

      寂しさを抱えたまま
      ゆめうつつの眠りにつきたくないなら
      しくじるなよ


あの子が古主様から聞いたという話は、ところどころ難しくて、やっぱりそのときは半分も意味がわからなかったけれど、これだけは、わかったと思った。


 きみは、僕を迎えに来たの?

   そうだな

 だから僕、またここにいるの?


一面の白い雲。そのところどころを、夕日の色が淡く彩っている。太陽は見えないけれど、不思議に明るい空の下、見渡す限りの薄が揺れる。ふわりふわりと風に添い、憂いなどはなさそうなのに、どうしてだか寂しさを感じる……。


 病院に来てくれたの? 僕、寝てたんじゃないかな。

   眠っているから ここにいることができるのだ

   今の眠りの前に
   そなたは 数日目覚めなかったようだな

   親御たちが心配していた
   我も心配だった

 え? どうして。
 怖い人はもう捕まったって、伯父さん言ってたよ。
 だから、心配しなくていいんだよ。

 きみが遊びに来れないなら、
 僕が遊びに来るよ。
 また、あの葉っぱのバッタ作ってよ。
 作り方教えて!


子供だったせいか、夢の中にいるせいか、ちぐはぐなことを言い、『眠っているからここにいることができる』というあの子の言葉を、僕は深く考えなかった。

楽しかった遊びを思い出し、期待に満ち満ちた僕はにこにこしていた。なのに、あの子は寂しそうに首を振る。遊びの誘いを断られるなんて思わなかったから、僕は悲しくなって俯いてしまった。


 僕のこと、嫌いになっちゃったの……
 

泣く寸前の声でたずねると、そういうことではないのだと、あの子は慌てたように僕の頭を撫でてくれた。


   そなたの食べた饅頭の残り
   食べさせたくはあるけれど
   そなたは寂しい悲しい子供ではない
  
   それに そちは女子ではない
   我はそちを 伴侶とすることはできぬ

 はんりょ、って何? 男の子ははんりょにはなれないの?

   花には雄蕊と雌蕊があろう?
   雄花と雌花が分かれているものもあるが
   雄蕊どうし 雌蕊どうし
   雄花どうし 雌花どうしでは
   種はできぬ

   人も同じ
   男同士では 子はできぬ

   それは世の(ことわり)
   我とて 理を無視することはできぬ
   古主様であろうと
   従わなくてはならないもの
 
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