第183話 寄木細工のオルゴール 21

文字数 2,085文字

「正しい飼い主、というか、危ないものには触らせないっていうのは、持ち主として当たり前のことだと思います……」

危険物取扱者の責任というか、なんというか。そう考えると真久部さんはまっとうな責任者なんだなぁ……。アブナイ道具には触るなって言うし、たまに届け物の道具を預かってお遣いに出るときだって、ちゃんと対策してくれるしね。

「まあ、たまに肝試し的に使った人もいるとは思うけどねぇ」

そんなこと言って、面白げに目を細める。肝試し? 何で、と思ったけど、どうやって、と考えたらすぐにわかった。

「開け方知らないのに、一手順か二手順くらい動かして、それで本当に今夜怖い夢見ちゃうかな! ってドキドキわくわくしちゃうみたいな?」

「……それはピンポンダッシュみたいで、なかなか可愛いですね」

慈悲深く微笑む真久部さん。え? 俺、そんなのしか思いつかないよ。悩んでいると、そういうのももちろんあったでしょうね、と肯定はしてくれた。

「伝わっている話の中では、秘密箱には強いけれども、このオルゴールの正しい開け方は知らないという若い四人が集まって、順番に一手順ずつ開けていく、という試みもあったようですよ。一人でやるから危ないんじゃないか、ということで。だけど、本当のところはロシアンルーレット」

「最後の“声”を誰が聞くか? みたいな……?」

恐る恐る聞いてみると、にっこりとうなずかれてしまった。

「えええ……よくそんな恐ろしいこと……」

遊びでやるようなことじゃないと思うんだけど、俺が怖がりなだけかなぁ……。

「ふふ……彼らにとっては、今でいういわゆる“心霊スポット”に肝試しに行くのと同じ程度のことだったんだろうね。本当には信じていない、だけどちょっとは怖い、みたいな、ね……」

そのうちの一人が、親に内緒で持ち出してきたということだから、他の三人は信じていなかっただろうし、持ってきた当人も親に話を聞いていただけで、半信半疑といったところだったんでしょう、と補足してくれる。

「まあ、単純に暇だったんでしょうね。じゃんけんとくじ引きで順番を決めて、四角い机を四人で囲み、真ん中に置いたオルゴールを手に取って、それぞれが一手順動かするたびに、一、二、三、四、と自分の番号を声に出す、というルールだったそうですが……」

夏の夜、明かりを絞った薄暗い部屋。禁忌を冒すことを共有する若い愚かな情熱と好奇心、興奮、緊張感。窓も戸も閉めこぼった部屋の暑さに、皆の額に汗が滲む。一、と一番目の若者。二、と二番目の若者、三、四、と続く仲間の声。一、二、三、四。一、二、三、四……。

「そうやって何度目かの『四』を聞いたとき、そろそろ板の動きも渋くなってきたところで、さすがに壊してはまずいだろうということになり……そのあたりは、さすがにパズラーの集まりだったということですね。皆で顔を見合わせ、次で最後の周回にしようと決めたそうです」

一、と一番目。二、と二番目。三、と三番目、四、と四番目。

「いつの間にか高まっていた緊張の中……自分の番で壊したらどうしよう、という緊張だったんでしょうが、それがようやく終わって皆で溜息を吐き、ここまでやっても結局開かなかったし、何も起こらなかったな、と笑い合おうとしたとき……」

五、と、その四人の中の誰のでもない声が聞こえて、皆の笑顔が凍りつき。
カタリ、とかすかに板が滑る音が聞こえて……。

……
……

そこまで語った真久部さんは、唇を閉ざしてしまった。

「……」

背中、寒いよ真久部さん。そんなどっかの不思議の国の猫みたいな笑みを浮かべて黙り込むのはやめて。

「……どうなったんですか?」

聞きたくないけど、聞くしかない。俺がすっごくびびってるのわかってるくせに、この人はやっぱり意地が悪いと思う。

「大丈夫ですよ、何でも屋さん」

怖がりつつもたずねた俺を、褒めるように唇の端を上げる。

「心配しなくても、誰も死んだりしてません」

それは良かったと思うよ、でも……。

「じゃあ、どうなったんですか?」

もったいぶるのやめてよぉ……。怖さが長引くんだよ!

「四人の若者は、全員脱兎のごとく逃げ出したそうです。だから誰も“声”を聞いていないんですよ」

それまで何てこともなかったのに、突然恐怖が込み上げる、っていうことあるでしょう? なんて言いながら怪しく笑ってる。

「だいたい、不運で不幸な運命を語る“声”が聞こえるところまで彼らが開けていたかどうか。恐ろしい(いわ)くのあるこのオルゴールを、若さとノリで開けようとしていた彼らは、そもそも秘密箱の得手ばかりです。だから扱いも丁寧だったし、板の動きが渋くなったらそこで止めた。だから、最悪の事態までには至らなかったんですよ」

「……じゃあ、その、『五』という声は……?」

「幻聴だったんじゃないですか?」

澄ました顔で言う真久部さん。なんだか、ズコー! という気分だよ。何だよぉ、人をこんなに怖がらせておいて! ──なんて言わないけどさぁ。

「でも、僕はこう思ってるんです……」

え……? わざわざ声を潜めるから、つい聞こうとしてしまう。

「彼ら、これ(・・)にからかわれたんじゃないかって」
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