第90話 お地蔵様もたまには怒る 9
文字数 2,254文字
しおらしい、というか、何だか憔悴してる感じの真久部さん。
「えっと、その……」
そんな姿を見せられると、普段が普段だけに、こっちの方が落ち着かない。だってさ、いっつも怪しい笑みで、飄々としてまるで掴みどころのないこの人が、今まで見たこともないほど落ち込んでるんだぞ? ──あの伯父さんの、せいなんだろうなぁ……。
そう、今朝かかってきた電話からして、彼の声は暗かった。昨日の伯父の行いについて謝りたいって言うんだけど、何で真久部さんが? って首を傾げてしまったよ。後からわけの分からないことはあったけど、伯父さんはちゃんと仕事料を前払いで払ってくれたんだし。
そう言ったのに、真久部さんはわざわざ事務所兼住居まで謝りに来るって言うんだ。止めたけど。電話があったのは、タイミング良くちょうど朝の犬の散歩が終わったところだったんだけど、もう一件午前中の仕事が入ってたからさ。
で、今さっき来たわけだ、この慈恩堂に。
昨夜は、あれからわけが分からないまま晩飯食って風呂入って寝た。考えても意味ないってことだけは分かったから、とにかく寝た。昼からずっと寝てたみたいだから眠れないかと思ったけど、夢も見ないで熟睡した。お陰で今朝は気分爽快。
──昨日のことは確かに気にはなる。なるけど、真久部の伯父さんの連絡先を知らないからなぁ。暇を見て「こんなことがあったんですよ」と、慈恩堂の真久部さんに話を聞いてもらおうとは思ってた。
だから。
「頭を上げてください。悪いのは伯父さんなんでしょう? よく分からないけど。謝る代わりに、もし分かるんなら教えていただけるとありがたいです、昨日、俺の身に何があったのか──」
彼がこんなに気に病んでいるのは、どうやらそのことに関してみたいだし。
「何でも屋さん……」
真久部さんは感動したように両手を組み、眼を潤ませた。
「──良かった、怒ってないんだね! いくら温厚な何でも屋さんとはいえ、さすがに今回は許してもらえないんじゃないかと慄いていたんですよ」
うちの店番を任せられる貴重な人材を、伯父のせいで失ってしまったかと思うと、もう、弱り果てて、本当にどうしようかと思いました、と真久部さんは、さっきまでのが嘘のような眩しい笑みを見せた。
「……」
えーと、つまり。俺、真久部さんがそこまで悲観するほどのことを、今回伯父さんにされたってこと?
「いやー、良かった、良かった。これで安心して来週の骨董市に行ける! また店番をお願いしますよ。同業者から、今回はとても珍しい出物があるって情報をもらってねぇ……何でも屋さんに店番をしてもらえなくなったら、どうしようかと悩んでしまって。店は、出来るだけ毎日開けておきたいから──」
花のように晴れやかに微笑む、それなりの美貌の男、年齢不詳。この季節、愛用するのはラクダのシャツ。
「真久部さん……」
自分の口から、低~い声が出たのが分かった。うきうきしていた店主の動きが、ピタッと止まる。
「教えてもらいましょうか……? 伯父さんがどれほどの悪いことを俺にしたのかを」
骨董と人との縁を繋ぐ架け橋になりたいという、アナタの信念は理解するけど、それとこれとは別!
「GPS?」
俺は素っ頓狂な声を上げていた。
「そう。全地球測位システム」
あれって、日本語の正式名称だとそうなるんだ……じゃなくて!
「伯父さんに頼まれて奉納したあの涎掛け、そんなものが仕掛けてあるんですか?」
「基本、布は二重に作るものだから」
答になってるような、ないような。
落ち着いて話をしましょうと、上げられた帳場後ろの畳部屋。真久部さん、さっきから甲斐甲斐しくお茶を淹れたり、お菓子勧めてくれたりしてるけど、きっちり納得出来る説明をしてくれるまで、許さないんだからね! ──でも、すごいな、このティースタンド? っていうのかな、皿を一枚ずつ縦に三枚載せられる立体駐車場みたいなやつ。以前、元妻にねだられて、二人で高級ホテルの喫茶店でアフタヌーンティーを(ハイソな雰囲気にビビりながら)楽しんだことを思い出した。
──え? 真久部さん、それって本物の銀製なの? 十九世紀イングランドの……ふーん。店の売り物を使っていいんですか? ……たまに紅茶の香を嗅がせてやらないと拗ねる? ふ、ふーん、面白い冗談ですね! あれ? でもこの素敵な花柄のティーカップに入ってるのは、緑茶じゃ……俺の好みを尊重? ありがとうございます……。だけど、それだとこのティースタンド様のご機嫌が……たまには違うお茶もいい、って? そうですか。
骨董の声は聞かないと言いながら、気に掛けてはいるらしい真久部さん、さすがは古美術雑貨取扱店店主。古いちゃぶ台を改造したという丸型コタツと、その上にセットされた正統派英国風アフタヌーンティーの本物アンティークな茶道具を前にして、びくともしないその姿。俺みたいな凡人は、あまりのミスマッチにちょっと眩暈が……これがニッポンの和洋折衷というやつか……。
モチーフ柄の毛糸のコタツカバーも、真久部さんが編んだんだろうな、と思いながら訊ねる。
「お地蔵様にGPSなんか仕掛けて、どうするんです?」
だって、動かないじゃん、お地蔵様。そう言うと、真久部さんはきゅうりのサンドイッチを勧めてくれながら、答えてくれた。
「泥棒対策に決まってるじゃないですか」
へ?
「えっと、その……」
そんな姿を見せられると、普段が普段だけに、こっちの方が落ち着かない。だってさ、いっつも怪しい笑みで、飄々としてまるで掴みどころのないこの人が、今まで見たこともないほど落ち込んでるんだぞ? ──あの伯父さんの、せいなんだろうなぁ……。
そう、今朝かかってきた電話からして、彼の声は暗かった。昨日の伯父の行いについて謝りたいって言うんだけど、何で真久部さんが? って首を傾げてしまったよ。後からわけの分からないことはあったけど、伯父さんはちゃんと仕事料を前払いで払ってくれたんだし。
そう言ったのに、真久部さんはわざわざ事務所兼住居まで謝りに来るって言うんだ。止めたけど。電話があったのは、タイミング良くちょうど朝の犬の散歩が終わったところだったんだけど、もう一件午前中の仕事が入ってたからさ。
で、今さっき来たわけだ、この慈恩堂に。
昨夜は、あれからわけが分からないまま晩飯食って風呂入って寝た。考えても意味ないってことだけは分かったから、とにかく寝た。昼からずっと寝てたみたいだから眠れないかと思ったけど、夢も見ないで熟睡した。お陰で今朝は気分爽快。
──昨日のことは確かに気にはなる。なるけど、真久部の伯父さんの連絡先を知らないからなぁ。暇を見て「こんなことがあったんですよ」と、慈恩堂の真久部さんに話を聞いてもらおうとは思ってた。
だから。
「頭を上げてください。悪いのは伯父さんなんでしょう? よく分からないけど。謝る代わりに、もし分かるんなら教えていただけるとありがたいです、昨日、俺の身に何があったのか──」
彼がこんなに気に病んでいるのは、どうやらそのことに関してみたいだし。
「何でも屋さん……」
真久部さんは感動したように両手を組み、眼を潤ませた。
「──良かった、怒ってないんだね! いくら温厚な何でも屋さんとはいえ、さすがに今回は許してもらえないんじゃないかと慄いていたんですよ」
うちの店番を任せられる貴重な人材を、伯父のせいで失ってしまったかと思うと、もう、弱り果てて、本当にどうしようかと思いました、と真久部さんは、さっきまでのが嘘のような眩しい笑みを見せた。
「……」
えーと、つまり。俺、真久部さんがそこまで悲観するほどのことを、今回伯父さんにされたってこと?
「いやー、良かった、良かった。これで安心して来週の骨董市に行ける! また店番をお願いしますよ。同業者から、今回はとても珍しい出物があるって情報をもらってねぇ……何でも屋さんに店番をしてもらえなくなったら、どうしようかと悩んでしまって。店は、出来るだけ毎日開けておきたいから──」
花のように晴れやかに微笑む、それなりの美貌の男、年齢不詳。この季節、愛用するのはラクダのシャツ。
「真久部さん……」
自分の口から、低~い声が出たのが分かった。うきうきしていた店主の動きが、ピタッと止まる。
「教えてもらいましょうか……? 伯父さんがどれほどの悪いことを俺にしたのかを」
骨董と人との縁を繋ぐ架け橋になりたいという、アナタの信念は理解するけど、それとこれとは別!
「GPS?」
俺は素っ頓狂な声を上げていた。
「そう。全地球測位システム」
あれって、日本語の正式名称だとそうなるんだ……じゃなくて!
「伯父さんに頼まれて奉納したあの涎掛け、そんなものが仕掛けてあるんですか?」
「基本、布は二重に作るものだから」
答になってるような、ないような。
落ち着いて話をしましょうと、上げられた帳場後ろの畳部屋。真久部さん、さっきから甲斐甲斐しくお茶を淹れたり、お菓子勧めてくれたりしてるけど、きっちり納得出来る説明をしてくれるまで、許さないんだからね! ──でも、すごいな、このティースタンド? っていうのかな、皿を一枚ずつ縦に三枚載せられる立体駐車場みたいなやつ。以前、元妻にねだられて、二人で高級ホテルの喫茶店でアフタヌーンティーを(ハイソな雰囲気にビビりながら)楽しんだことを思い出した。
──え? 真久部さん、それって本物の銀製なの? 十九世紀イングランドの……ふーん。店の売り物を使っていいんですか? ……たまに紅茶の香を嗅がせてやらないと拗ねる? ふ、ふーん、面白い冗談ですね! あれ? でもこの素敵な花柄のティーカップに入ってるのは、緑茶じゃ……俺の好みを尊重? ありがとうございます……。だけど、それだとこのティースタンド様のご機嫌が……たまには違うお茶もいい、って? そうですか。
骨董の声は聞かないと言いながら、気に掛けてはいるらしい真久部さん、さすがは古美術雑貨取扱店店主。古いちゃぶ台を改造したという丸型コタツと、その上にセットされた正統派英国風アフタヌーンティーの本物アンティークな茶道具を前にして、びくともしないその姿。俺みたいな凡人は、あまりのミスマッチにちょっと眩暈が……これがニッポンの和洋折衷というやつか……。
モチーフ柄の毛糸のコタツカバーも、真久部さんが編んだんだろうな、と思いながら訊ねる。
「お地蔵様にGPSなんか仕掛けて、どうするんです?」
だって、動かないじゃん、お地蔵様。そう言うと、真久部さんはきゅうりのサンドイッチを勧めてくれながら、答えてくれた。
「泥棒対策に決まってるじゃないですか」
へ?