第12話 後日談 1

文字数 3,132文字


慈恩堂店主に頼まれて、届け物をしに出かけた。特急電車に揺られながら、店主の言葉を思い出す。

──いつもなら自分で行くんですが、お盆の時期はねぇ……僕はちょっと店から離れられないんですよ。落ち着かなくて。

店から離れられないって、何で? 落ち着かないって、誰が? 訊ねても、曖昧に笑うだけで答えてはくれない。ただ、聞き分けのない子供を見るような目で、怪しい古道具でいっぱいの店内を見つめるばかりで……。ま、まあいいや。あんまり考えないようにしよう。考えたら、考えたら……。

……
……

はっ! 何か、意識の端っこをホラーな妄想が駆け抜けたけど、無視しておこう。思い出すのもやめよう。ただでさえ、持たされた<届け物>が不気味だというのに。

<届け物>は、底辺が二十センチ四方、高さが三十センチ余りの立派な箱に入っている。それを風呂敷に包んでしっかり膝に乗せてるんだが……。

そんなに重くは無い。何だっけ、乾漆仏? で、阿弥陀仏だったか、弥勒菩薩だったか。一応、箱に収める前に見せてもらったけど。焦げ茶の地に金箔の残り具合が良い感じで、よく分からないけど値が張りそうだった。

ま、普通の仏像だとは思う。思うんだが。

何でだろう、何でこの膝に乗せてる風呂敷包みごと、猫を抱いてるようにあったかいんだろう。

嫌な感じではない。ふわっとほわっといい感じ。特急電車の中はエアコンが効きすぎてるんで、暖かくってちょうど良い。いいんだけどさ。

箱の中には仏像しか入ってない。それは確かだ。店主が蓋をして、風呂敷に包むまでの一連の作業をこの眼で見てたんだから。だから、箱の中には湯たんぽも、簡易カイロも入ってないのを知っている。知っているから。

手荷物は、網棚に乗せてしまいたい。

けど、そんな所に乗せておいて、何かの拍子に落っこちて中身が壊れたりしたら……多分、俺の収入からでは弁償しきれない、はず。だから怖くても、しっかりと膝に抱えてるんだ。

この不気味な違和感をたとえるなら、「ぬいぐるみを抱いてたら、実は生きていた」って、ぎゃー! 考えるな、俺。降りる予定の駅が見えてきたんだから!

急行から各停に乗り換え、鄙びた無人駅の一ヵ所しかない改札口を出る。すると、そこにはまるで背景を間違えたかのように場違いな、やたら高級そうな車が止まっていた。黒いけど、タクシーじゃない。

車には詳しくないけど、あのロゴは国産メーカー? 国産の高級車の方が、ヘタな外車より高いって義弟の智晴に聞いたことがあるけど……とか、ぼんやり考えてたら、いかにも<運転手>なお仕着せを着た人が降りてきた。俺を迎えに来たという。

仏像の届け先は、田舎の旧家だとは聞いてたけど、お抱え運転手がいるようなとこだったんですか、慈恩堂店主!









遠くから見ると、甍の波。近くから見ると、横たわる巨大クジラ。ぐるりを取り囲む白壁が柔らかく太陽を弾くさまは、まるで豪華客船のよう。

てかさ。

こんなでかい純和風建築の民家、見たことない。まるで、何階建てかのビルを横倒しに置いたような、圧倒的な存在感。鬼瓦、凄かったな……玄関もやたらに広かったし。

「す、すごいお屋敷ですねぇ……」

風通しの良い明るい座敷で、俺はこの屋敷の主人、百日紅五十五郎(さるすべりいそごろう)氏と対面していた。

「いえいえ、先祖代々の家を守っているだけでねぇ」

にこにこ笑う百日紅氏。いや、その<守ってるいるだけ>でもすごいと思います。年間どれくらい維持費いるんだろう……うーん、想像出来ない。

「あの、こちらが慈恩堂から預かってきたものです。ご確認ください」

さっさと用事を済ませて帰ろう。あんまり居心地良すぎて落ち着けないっていうか。矛盾してるけど。別世界だしなぁ。

「ほうほう、これはこれは」

包みを開き、箱の中から仏像を取り出した百日紅氏は、口元を綻ばせた。

「とてもありがたい、ありがたい仏様ですよ。ここまで運んできてくださったあなたにも、分かるでしょう?」

うれしそうに同意を求められたけど……うーん。俺には何とも答えようがなかった。

にこにこしながら、俺が何か言うのを待ってる百日紅氏。

こ、これはあれか? 列車内の冷房で冷えた身体に仏像が暖かくてありがたかったとか、そういう実際(?)の体験を伝えるべきなんだろうか? いや、いやいやいや。そんなこと、言えるわけないだろ。頭が気の毒な人だと思われるじゃないか。

「そ、そうですね。お姿を拝見するだけで、自然に両手を合わせてしまいます」

とりあえずそう答えておいて、俺は仏像に向かい、眼をつむって両手を合わせてみた。手と手の皺を合わせて、しあわせ。なむー……けど、次の百日紅氏の言葉を聞いて、俺は思わずぱちりと眼を開いてしまった。

「本当に、慈恩堂さんはいつも良いご縁を運んでくださるものです。この仏様も、私がこれと指定して手に入れて頂いたものではないのですよ」

え? こんな高そうなもの(もの、と言っては失礼かもしれないけど)を、時価、じゃなくて、えっと、何だろ、お任せ? お任せで購入を決めていいのか?

世界が違うなぁ、と思いつつ、はあ……。と空気の抜けたような声で相槌を打つ俺に、百日紅氏は続ける。

「当家に来てもいい、または、来たい、というお気持ちのある仏様に出会ったら、是非教えてくださいとお願いしてあったのです」

気持ち?

えーと。俺がお運びしたその仏像、実はリ○ちゃん人形とか、ファー○ーとかと同じように、どっか押したり引っ張っりしたら「お話」が出来るんでしょうか?

不可解だ。

そんなばなな!──と、叫びたいが、ここは届け物を請け負った者としての立場で答えておこう。

「百日紅様にご満足いただけて、慈恩堂も本望だと思います」

平伏。









お暇する前に、トイレを借りることにした。……ここの麦茶、美味すぎる。そこだけは現代風なトイレに驚きながらも納得しつつ、用を済ませて廊下を歩いていたら。迷ったよ。

何で迷うんだよ、俺。方向音痴じゃないはずだぞ。真っ直ぐ行って、曲がって、真っ直ぐ行けば元の部屋なのに。何だこの磨き抜かれた廊下の交差点。広すぎるぞ、百日紅邸。

えーと、あっちの丸窓(何て言うのかな、壁を丸く切り取って、その形なりに障子紙を貼ってあるやつ。ちゃんとスライドさせられる、和風のお洒落窓?)から差す太陽の光の加減からすると、こっちか? 頭ではそう考えてたのに、何故か俺はその反対側に足を踏み出していた。

しんとした廊下。聞こえるのは自分の足音だけ。この家で働いている人や家族の人もいるだろうに、人気が感じられない。

「あれ?」

廊下の奥の行き止まりは、壁ではなく部屋になっており、そこだけ襖が開いている。他はきっちり閉まってるのに……好奇心に駆られ、俺はつい中を覗いてしまった。

どーんと、神棚。といっても、それは奥の壁一面を占めている。

古くから続く旧家ともなると、これくらい大きな神棚、というか、お社を祀るものなのか、としばし呆けたように眺めていた俺だったが……。

「あ!」

知らず、声を上げていた。だってさ。そのお社の、御簾で見えないご神体(?)の両脇に、小さな狛犬が控えているのに気づいたんだ。口を開けた「阿形」と、口を閉じた「吽形」。何でだろう、見覚えがあるような気がする。特に、「吽形」の方。

思わずじっと見つめていると、もう一つのことに気づいてしまった。

「阿形」の座ってる敷物。俺、あれを見たことがある。
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