第267話 心の読み合い? しるこドリンク
文字数 2,031文字
昨日、伯父が持ってきてくれたんです、といつもの読めない笑みで──だけど、どこか面白くなさそうな、何となく拗ねたような、そんな複雑な心情がちらりと垣間見えたりもする……なんてのは、気のせい。うん、気のせいに決まってる。
「お届け物?」
真久部さんの表情が読めるようになってきたなんて、そんなことは……。
「ええ。僕が自分で探せれば良かったんですが、こういう伝手はねぇ……伯父には勝てません」
白い頬にひらめく、自嘲とも諦めともつかぬ苦い笑み、なんて見間違いだ。この怪しい古道具屋の店主は、いつも通り普通に意味ありげに微笑んでるだけなんだ……!
「? どうしたんですか、何でも屋さん?」
俺の内心の葛藤なんか知らない真久部さんが、不思議そうに首を傾げる。
「──何でもありません大丈夫です! えっとその、叔父さんの伝手、ですか?」
「ええ。伯父独自の、ね」
うなずきつつ、独自、を強調する真久部さん。わざとらしくにーっこり。──真久部の伯父さん独自の伝手っていうと、やっぱりアレかな? 古い道具たちと意思疎通して、好きな情報を聞き出しちゃうあの能力……。
「……」
あまり突っ込んではいけない。俺はへらっと愛想笑いだけしておいた。
「そうなんですか。でも、どうしてこんな寒いとこへ? あ、俺は撮影用のライトが到着するのを待ってるんです。水無瀬さんからお聞きでしょうけど」
そろそろ届くはずなんですけどねぇ、と冬の庭を取り囲む塀の向こうを見やる。まだ来さそうにないな、密林からの黒猫の使者 。
「そのことなんですが……ちょっと残念なお知らせで」
そんな言葉に振り返ると、地味な男前が困ったような顔を作ってみせる。
「通販の到着時間、もうあと二時間後のようなんですよ。どうも水無瀬さん、注文時にうっかり間違われたようでねぇ、いま業者からの確認メールを見せていただいたんですけども」
慣れないスマホからの初めての通販で、希望到着時間に入れたチェックがズレたのに気づかなかったらしいんです、と続ける。
「だからいったん、何でも屋さんに中に入って身体を温めてもらってほしいと──家政婦さんがお茶とお菓子の用意をしてくださるというので、僕が何でも屋さんを呼びに」
そう言って、親しみやすい笑みの形に唇の両端を上げてみせる。──ホント、慈恩堂以外で見ても胡散臭い笑みだなぁ、なんて考えちゃダメだ、俺! 失礼だし。うん。
「ありがとうございます! でも、そうか……。ロスタイムになっちゃいますね」
今日は朝と夕方の犬散歩を除くと、丸一日蔵整理のつもりでここにいるから──うーん、庭掃除でもするかな? そんなことを思いながら、母屋に向かう和服の背中を追う。
「まあ、いいじゃないですか」
前を歩きながら、真久部さんが軽くこちらに振り向いて言う。
「空いた時間、掃除でもしようと思ってるでしょう?」
「いやあ、あはは……」
何で俺が掃除しようと思ってることがわかったんだろう、真久部さん。サトリか? 冷えてるのに額に汗をかいてしまいそう。
「──何でも屋さんの行動パターンはわかりやすいですからね。たまに読めませんが」
ふふ、と笑いに軽く背中を震わせる真久部さんが、俺の心を読み過ぎていて怖い──。
「待ち時間も仕事のうちですよ。水無瀬さんもそうおっしゃってねぇ、今日はまあゆっくりやりましょうと」
「そ、そうですね。ありがたいです……」
そんなことを話しつつ母屋に到着すると、ざらざらした素焼きのタイルを敷いてある、昔は土間だったところに通じる引き戸を真久部さんが開ける。どうぞ、と先に入れてもらって廊下に上がり、水無瀬さんの待つ暖かい部屋にお邪魔して、俺は背中がぞくぞくするのに気づいた。
「さむ……」
身体が冷え切ってたよ。いや、ずっと外にいたからさすがに冷えるとは思ったけど、ここまで冷えていた自覚がなかた。
「ああ、ほらほら何でも屋さん、ファンヒーターの前に座りなさい。悪かったねぇ、無駄に待たせて」
カタカタと震えながら腕を擦る俺を、水無瀬さんが慌ててヒーターの前の特等席に招いてくれる。
「あ、ありがとうございます……」
ずっと寒いところにいるとわからないけど、ちょっとでもあったかい空気を感じるとそれまでの寒さが倍増しするんだよな。ああ、熱々のしるこドリンクが飲みたい……!
「何でも屋さん」
後から入ってきた真久部さんが、小さなお盆に乗せたマグカップを俺の前に置いてくれた。甘い匂い。
「え? これ、もしかしてしるこドリンクですか?」
「そうですよ。途中の自動販売機で買ってきたんです。冷めちゃいましたけど、何でも屋さんを呼びに行く前に家政婦さんにお願いして温め直していただきました」
寒いときはこれでしょう? とにっこりと微笑む顔が、今だけ天使に見える。
「今、一番これが飲みたかったです。ありがとうございます!」
何でわかるんだろうなんて疑問は放り投げて、あっつあつのチープな甘みを、ふうふう吹いて冷ましながら堪能する。うう、五臓六腑にしみわたる……!
「お届け物?」
真久部さんの表情が読めるようになってきたなんて、そんなことは……。
「ええ。僕が自分で探せれば良かったんですが、こういう伝手はねぇ……伯父には勝てません」
白い頬にひらめく、自嘲とも諦めともつかぬ苦い笑み、なんて見間違いだ。この怪しい古道具屋の店主は、いつも通り普通に意味ありげに微笑んでるだけなんだ……!
「? どうしたんですか、何でも屋さん?」
俺の内心の葛藤なんか知らない真久部さんが、不思議そうに首を傾げる。
「──何でもありません大丈夫です! えっとその、叔父さんの伝手、ですか?」
「ええ。伯父独自の、ね」
うなずきつつ、独自、を強調する真久部さん。わざとらしくにーっこり。──真久部の伯父さん独自の伝手っていうと、やっぱりアレかな? 古い道具たちと意思疎通して、好きな情報を聞き出しちゃうあの能力……。
「……」
あまり突っ込んではいけない。俺はへらっと愛想笑いだけしておいた。
「そうなんですか。でも、どうしてこんな寒いとこへ? あ、俺は撮影用のライトが到着するのを待ってるんです。水無瀬さんからお聞きでしょうけど」
そろそろ届くはずなんですけどねぇ、と冬の庭を取り囲む塀の向こうを見やる。まだ来さそうにないな、密林からの
「そのことなんですが……ちょっと残念なお知らせで」
そんな言葉に振り返ると、地味な男前が困ったような顔を作ってみせる。
「通販の到着時間、もうあと二時間後のようなんですよ。どうも水無瀬さん、注文時にうっかり間違われたようでねぇ、いま業者からの確認メールを見せていただいたんですけども」
慣れないスマホからの初めての通販で、希望到着時間に入れたチェックがズレたのに気づかなかったらしいんです、と続ける。
「だからいったん、何でも屋さんに中に入って身体を温めてもらってほしいと──家政婦さんがお茶とお菓子の用意をしてくださるというので、僕が何でも屋さんを呼びに」
そう言って、親しみやすい笑みの形に唇の両端を上げてみせる。──ホント、慈恩堂以外で見ても胡散臭い笑みだなぁ、なんて考えちゃダメだ、俺! 失礼だし。うん。
「ありがとうございます! でも、そうか……。ロスタイムになっちゃいますね」
今日は朝と夕方の犬散歩を除くと、丸一日蔵整理のつもりでここにいるから──うーん、庭掃除でもするかな? そんなことを思いながら、母屋に向かう和服の背中を追う。
「まあ、いいじゃないですか」
前を歩きながら、真久部さんが軽くこちらに振り向いて言う。
「空いた時間、掃除でもしようと思ってるでしょう?」
「いやあ、あはは……」
何で俺が掃除しようと思ってることがわかったんだろう、真久部さん。サトリか? 冷えてるのに額に汗をかいてしまいそう。
「──何でも屋さんの行動パターンはわかりやすいですからね。たまに読めませんが」
ふふ、と笑いに軽く背中を震わせる真久部さんが、俺の心を読み過ぎていて怖い──。
「待ち時間も仕事のうちですよ。水無瀬さんもそうおっしゃってねぇ、今日はまあゆっくりやりましょうと」
「そ、そうですね。ありがたいです……」
そんなことを話しつつ母屋に到着すると、ざらざらした素焼きのタイルを敷いてある、昔は土間だったところに通じる引き戸を真久部さんが開ける。どうぞ、と先に入れてもらって廊下に上がり、水無瀬さんの待つ暖かい部屋にお邪魔して、俺は背中がぞくぞくするのに気づいた。
「さむ……」
身体が冷え切ってたよ。いや、ずっと外にいたからさすがに冷えるとは思ったけど、ここまで冷えていた自覚がなかた。
「ああ、ほらほら何でも屋さん、ファンヒーターの前に座りなさい。悪かったねぇ、無駄に待たせて」
カタカタと震えながら腕を擦る俺を、水無瀬さんが慌ててヒーターの前の特等席に招いてくれる。
「あ、ありがとうございます……」
ずっと寒いところにいるとわからないけど、ちょっとでもあったかい空気を感じるとそれまでの寒さが倍増しするんだよな。ああ、熱々のしるこドリンクが飲みたい……!
「何でも屋さん」
後から入ってきた真久部さんが、小さなお盆に乗せたマグカップを俺の前に置いてくれた。甘い匂い。
「え? これ、もしかしてしるこドリンクですか?」
「そうですよ。途中の自動販売機で買ってきたんです。冷めちゃいましたけど、何でも屋さんを呼びに行く前に家政婦さんにお願いして温め直していただきました」
寒いときはこれでしょう? とにっこりと微笑む顔が、今だけ天使に見える。
「今、一番これが飲みたかったです。ありがとうございます!」
何でわかるんだろうなんて疑問は放り投げて、あっつあつのチープな甘みを、ふうふう吹いて冷ましながら堪能する。うう、五臓六腑にしみわたる……!