第175話 寄木細工のオルゴール 13
文字数 2,074文字
「『トミノの地獄』は、まだ幼い男の子トミノが金の羊と鶯を案内に頼んで、ひとり地獄七山七谿をめぐるという内容なんですが、それはそれは美しい言葉で、何ともいえず恐ろしい情景が描かれていてねぇ、あれを夢で見たとしたら、そりゃあね」
「え、うあ……」
確かに、文字だけならその連なりの美しさに酔うこともできるし、多少のホラーにも耐えられなくもないけど(怖いけど)、それを実際に映像にされるとなかなかクるものが……例えば某輪っか の黒髪ロングな彼女がテレビの中から這い出てくるシーンなんて、小説でも怖かったのに……。
「恐ろしいでしょう?」
にっこり笑う真久部さん。……俺の頭の中を読んでるとかじゃないよね?
「そんなわけで、ただの一晩で震え上がった彼は、翌朝すぐご父君にオルゴールを五手順まで開けようとしたことを告白したそうです。ご父君は彼を叱りつけるより前に、電話に飛びつくようにして次の売り先を探し始め、もちろんそんな簡単には見つからなかったわけですが、その必死の様子を見て、自分は何という恐ろしいことをしたんだろう、とようやくにして腑に落ちたと苦笑いしてましたねぇ」
「じゃ、じゃあ、その同業の先輩は、オルゴールが売れるまでその悪夢に悩まされたんですか……?」
眠ると怖い夢を見るというのがわかってたら、寝るのが怖くなるよな。それでも人間、眠らないとどうにもならないわけで……。
「それが、幸いにしてその日のうちに買い手が見つかって、手放すことができたんだとか」
「よ、よかったですね」
「売り先を探しあぐねてご父君が頭を抱えていたとき、その日の終わりがけになって、ふらっと立ち寄った初見の客だったそうだよ。何か面白い組木細工を探しているということで、こういう注意事項のある道具ですが、とご父君が恐る恐る説明したら、それは面白いと。是非買い取りたいというので、一も二もなく売ったのだとか」
「その人は大丈夫だったんでしょうか……」
「どうでしょうね」
真久部さんは言う。
「これは寄木の秘密箱と絡繰り箱が一緒になったようなものだから、腕に自信のある人ならば開けてみたいとも思っても不思議はない。そこで注意に従うか、従わないかはその人次第です。でも、正しい手順でなら開けても何も起こらず、中の螺子を回して音が聴けるわけですから……」
秘密箱と絡繰り箱の違いを、俺は知らないけど……。
「チャレンジャーなら、挑戦しちゃう……?」
「でしょうねぇ……」
真久部さんはまた怪しい笑みを顔に浮かべる。
「悪夢を見せられるのは、その最初から開け方が間違っているからだと僕は思うんですよ。押すと動く位置があって、それは手順と違っていても動かせる。ほら、ルー○ックキューブ、あれを六面全て揃えることはできなくても、動かせはするよね? 一面だけ揃えることもできる。それと同じです」
このオルゴールの場合は、六面全てを正しく揃えることができる手順でないと、夢で警告が来る仕様 なんでしょう、後付けのね、と続ける。
「……何ででしょうね?」
なかなか避けたいペナルティ。
「簡単なことです。下手に動かされると、壊れるからですよ」
「あ、そうか……!」
ジグソーパズルでも、無理にパーツを合わせようとしたら歪みますもんね、と言うと、その通りです、と真久部さんはうなずく。
「初めのほうだけならそう影響はない、というかただ動くだけなので、壊れるまではいかないだろうけど、同時に、その辺で置いておかないといけないのは事実。だから、下手に触らないほうがいいんです」
「……でも、真久部さんはその直前まで開けたって、言ってませんでした?」
うっかり“声”を聞く直前まで。
「僕はわりあいこういうのは得意なほうでね」
にっこり、とまた胡散臭い笑みに唇の端を吊り上げる。
「似たようなのを何度も開けたことがあるので、そうそう間違うことはありません。これがこういう道具 でなければ、そう、作られた当時であれば、最後まで開けることは簡単にできたと思いますよ」
怪しい性 が育つ前なら、ってことか。さすが、骨董古道具屋の店主。パズルもお手の物ってわけだね。
「そのときは、怖い夢は見なかったんですか?」
真久部さんの見る悪夢ってどういうんだろう……ぶるぶる、そんな恐ろしいもの想像するなよ、俺。
「僕は間違いませんでしたから」
「へ?」
「最後の最後の直前までは開けました、正しい手順でね。でも、そこで止めた。次は絶対間違うと思ったので。だから警告は受けていません」
にこり、と、古い猫のような笑みで。
「さ、さすがは真久部さん……」
俺はそう讃えるしかなかった。お褒めに預かり、なんてちょっとお道化てみせてくれちゃったりなんかして。たまに普通の サービス旺盛。これで怖い話さえしなきゃ……。まあ、この人の中では境目が無いんだろうな、と最近思う。怖い話とそうでない話のあいだの、境目が。
「まあ、その人も手放したわけだから、何かはあったんでしょうね。──心配しないでも、単純に飽きたとか、欲しいといわれて譲ったとか、蔵の隅のお宝として売ったとか、物騒でない理由も充分考えられますよ?」
「え、うあ……」
確かに、文字だけならその連なりの美しさに酔うこともできるし、多少のホラーにも耐えられなくもないけど(怖いけど)、それを実際に映像にされるとなかなかクるものが……例えば某
「恐ろしいでしょう?」
にっこり笑う真久部さん。……俺の頭の中を読んでるとかじゃないよね?
「そんなわけで、ただの一晩で震え上がった彼は、翌朝すぐご父君にオルゴールを五手順まで開けようとしたことを告白したそうです。ご父君は彼を叱りつけるより前に、電話に飛びつくようにして次の売り先を探し始め、もちろんそんな簡単には見つからなかったわけですが、その必死の様子を見て、自分は何という恐ろしいことをしたんだろう、とようやくにして腑に落ちたと苦笑いしてましたねぇ」
「じゃ、じゃあ、その同業の先輩は、オルゴールが売れるまでその悪夢に悩まされたんですか……?」
眠ると怖い夢を見るというのがわかってたら、寝るのが怖くなるよな。それでも人間、眠らないとどうにもならないわけで……。
「それが、幸いにしてその日のうちに買い手が見つかって、手放すことができたんだとか」
「よ、よかったですね」
「売り先を探しあぐねてご父君が頭を抱えていたとき、その日の終わりがけになって、ふらっと立ち寄った初見の客だったそうだよ。何か面白い組木細工を探しているということで、こういう注意事項のある道具ですが、とご父君が恐る恐る説明したら、それは面白いと。是非買い取りたいというので、一も二もなく売ったのだとか」
「その人は大丈夫だったんでしょうか……」
「どうでしょうね」
真久部さんは言う。
「これは寄木の秘密箱と絡繰り箱が一緒になったようなものだから、腕に自信のある人ならば開けてみたいとも思っても不思議はない。そこで注意に従うか、従わないかはその人次第です。でも、正しい手順でなら開けても何も起こらず、中の螺子を回して音が聴けるわけですから……」
秘密箱と絡繰り箱の違いを、俺は知らないけど……。
「チャレンジャーなら、挑戦しちゃう……?」
「でしょうねぇ……」
真久部さんはまた怪しい笑みを顔に浮かべる。
「悪夢を見せられるのは、その最初から開け方が間違っているからだと僕は思うんですよ。押すと動く位置があって、それは手順と違っていても動かせる。ほら、ルー○ックキューブ、あれを六面全て揃えることはできなくても、動かせはするよね? 一面だけ揃えることもできる。それと同じです」
このオルゴールの場合は、六面全てを正しく揃えることができる手順でないと、夢で警告が来る
「……何ででしょうね?」
なかなか避けたいペナルティ。
「簡単なことです。下手に動かされると、壊れるからですよ」
「あ、そうか……!」
ジグソーパズルでも、無理にパーツを合わせようとしたら歪みますもんね、と言うと、その通りです、と真久部さんはうなずく。
「初めのほうだけならそう影響はない、というかただ動くだけなので、壊れるまではいかないだろうけど、同時に、その辺で置いておかないといけないのは事実。だから、下手に触らないほうがいいんです」
「……でも、真久部さんはその直前まで開けたって、言ってませんでした?」
うっかり“声”を聞く直前まで。
「僕はわりあいこういうのは得意なほうでね」
にっこり、とまた胡散臭い笑みに唇の端を吊り上げる。
「似たようなのを何度も開けたことがあるので、そうそう間違うことはありません。これが
怪しい
「そのときは、怖い夢は見なかったんですか?」
真久部さんの見る悪夢ってどういうんだろう……ぶるぶる、そんな恐ろしいもの想像するなよ、俺。
「僕は間違いませんでしたから」
「へ?」
「最後の最後の直前までは開けました、正しい手順でね。でも、そこで止めた。次は絶対間違うと思ったので。だから警告は受けていません」
にこり、と、古い猫のような笑みで。
「さ、さすがは真久部さん……」
俺はそう讃えるしかなかった。お褒めに預かり、なんてちょっとお道化てみせてくれちゃったりなんかして。たまに
「まあ、その人も手放したわけだから、何かはあったんでしょうね。──心配しないでも、単純に飽きたとか、欲しいといわれて譲ったとか、蔵の隅のお宝として売ったとか、物騒でない理由も充分考えられますよ?」