第205話 蔵は泥棒製造機?

文字数 2,156文字










()まかつ”のカツサンドはアメイジングで、真久部さんお手製ミネストローネスープはいつも通りブラボーだった。

カツサンドは四つ入りで、パンとカツのバランスが絶妙。飽きさせないためか、粒マスタードのソースとデミグラスっぽい甘辛ソースで、半分ずつ味が変えてあった。もっと食べたい、また食べたい、お店の揚げ立てトンカツはどんなに美味いんだろう、と思わせる、なかなかに策士な味。

ミネストローネスープは、今日はカボチャが入ってた。あとはタマネギ、ニンジン、セロリにキャベツ。ベーコンがまた美味いんだよな。俺が似たようなの作っても、こういう味にはならない。何でだ。材料か、腕の差か。

いつも通り真久部さんにのせられて、内心は複雑だったものの、出されたものはきっちり食べてしまった。昼は一応済ませてきたというのに。汁物食べたくてうどんにしたんだけど、やっぱり消化が早いんだなぁ……。

「ごちそうさまでした」

手を合わせ、美味しかったです、と添えると、お粗末さまです、と、これはあまり怪しくないにっこり笑顔が返ってきた。手早く食器を片付けてしまうと、さっと食後のお茶を淹れてくれる。ありがとうございます、と受け取って、ほっとひと息。

ちょっとぼーっとしてると、視界の隅で赤べこ人形と張子の虎が風もないのに首を振り、陶製の招き猫が顔を洗ってるような気もしたけど、無視。その隣の小さな蓋付きの籐籠は、隙間からぎょろりと目が覗いてるように見え……スルー! 超スルー!

「……」

畳部屋の掛軸に興味を惹かれたふりで、籐籠からすっと視線をそらす。しばらくそこで固定。掛軸の絵は、黄色い蝋梅の枝にメジロが二羽。一瞬、ふわっとあの芳香が漂ったように感じたけど、それくらい平気。籐籠から目が覗くのに比べたら、なんてことなくずっとずっと平気。

「スルースキルが上がりましたね、何でも屋さん」

胡散臭く微笑みながら、真久部さん。

「何のことですか?」

しらっとかわしてお茶を啜っておく。あー、食後の緑茶は美味いなぁ。

「それより、水無瀬さんのこと聞かせてくださいよ。怖い話じゃないんでしょう?」

この世にこの慈恩堂で出会うほど、怖かったり不気味だったりする物事は──コンキンさんとかたまにはあるけど、少ないと思うし、うん。真久部さんがわざわざ「怖い話じゃない」って言ったからには、本当に怖くはないんだろうと思う。いつもはさらっと問答無用だもんな。

「そう、あそこの蔵の話でしたね」

にこにことうなずく。読めないよ、この人の謎の笑みは……。何を聞かされるんだろうと不安になるよ……。

「数十年、開けてなかったって聞きましたけど……」

そりゃあさ。明り取りの窓しかないから中は暗いし、懐中電灯片手に独りで二階に上がるにはちょっと勇気が要った。ずっと閉めこぼっていたせいか空気が重く、気味が悪いっちゃあ気味が悪かったけど、慈恩堂ほどじゃないもんね。

「難しい蔵だと、おっしゃってなかったですか?」

「ええ。でも中はわりと整理されてたし、箱から出してあるものはほとんど無くて、埃も払いやすかったし……、何が難しいのかわからなかったです」

そうでしょうねぇ、と真久部さんは唇の端をにったり吊り上げる。

「見ただけでは、わからないことらしいんですよ」

「はぁ……」

なんかややこしい構造になってたりするのかな? 実は隠し部屋があったりとか、地下に通路があって母屋と繋がってたり……。いやいや忍者屋敷でもあるまいし、俺も映画の見すぎかな。──てなこと考えてたら、もっと斜め上なことを聞かされた。

「端的に言ってしまえば、あの蔵は泥棒製造機なんです」

「はぁ?」

端的すぎるよ真久部さん。しかも忍者屋敷より突飛だよ。

「何ですかそれは?」

突飛すぎて、俺はタイ焼き屋さんのタイ焼き器みたいな“泥棒製造器”を想像してしまった。鯛じゃなくて、泥棒の形になってるの。業務用なら一度に十人は作れるだろう──。泥棒がどんな形をしてるのかは知らない。ただ、口の周りには丸くヒゲがあると思う。

「つまり、あの蔵に入ると、何故か中にあるものを盗みたくなる、らしいです。そういう意味で、泥棒製造機」

「いや、俺、別に何も感じなかったですけど……」

蔵にいたときは、埃を払うことしか考えてなかったぞ? 他に何か考えていたとしたら、作業スタイルが頭に手拭い、顔にはでっかいマスクだったから、夏だったら暑くて蒸れて大変だなとか、帰ったら何食べようとか、その前にシャワー浴びないとダメかな、とか……。

「最後の埃を塵取りに集めて、ゴミ袋に入れて……掃除用具を持って外に出たら、すんごい達成感は感じましたね」

外に出てから蔵を振り返り、腰に手を当てて上から下までしみじみ見上げ、見下ろして、ひとりうんうんうなずいていた。ふう、やったぜ! みたいな。手拭いもマスクも真っ黒になってて、笑っちゃった。それから察して顔は拭いた。ハンドタオルが黒くなった。

「作業の終了を確認してもらうために母屋に声を掛けて、一緒にもう一回蔵の中に入って……」

一階も二階も、何も問題はなかった。さっぱりしたと褒めてもらって、一緒に外に出、水無瀬さんは分厚い扉を閉めた。そして俺はそのまま庭にいて、池で眠る金魚を見ながら、母屋に戻った水無瀬さんが仕事料を持ってきてくれるのを待ってたんだ。
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