第245話 呪いのダイナモ

文字数 1,582文字

「家紋のせいか、水無瀬家の道具類には魚の意匠が多くてね……。気づきませんでした? 母屋の鬼瓦。あれも魚なんですよ」

「……なんかのっぺりしてましたね」

ぱかっと開けた口の、両脇ににょろんと髭があったな、そういえば。ちょっと目が離れてるけど、でも普通の鬼瓦だと思ってた。ああいうのってデフォルメいろいろだし。

「あれは魚、というか鯉の正面顔だから」

「鯉、ですか──」

鯉は嫌だ。鯉怖い。思い出してしまう、真久部の伯父さんのペット(・・・)。どうしようもない悪食の──。

丑の刻参りにヘビーローテーションされたという桜の木、その材で作らせたという鯉のループタイ。いつ見てもイキイキ艶々してるのに、どこか小暗いところがあり、そのくせぎらついたようなぬめりがチラチラしてて、イメージは呪いのブラックオパール……。

「怖がらなくても大丈夫ですよ。あれはただの鬼瓦なので」

少しだけ困ったように、苦笑する真久部さん。……はっ! いけない。こんなところでトラウマ・トリップしてちゃ。<魚>と聞いてから、努めてアレを思い出さないようにしてたのに──。

「いやあ、はは。どうりでおデコのあたりがつるんとしてると思いましたよ!」

などと言い繕いつつ、さりげなく額に滲んだ汗を拭く。──鯉の形をしたものだからって、その全てがあんな節操無しと同じってことはないさ。うん。

「そうですねぇ」

俺のトラウマを理解してくれているらしい真久部さんは、無理して浮かべた笑顔には触れず、そのまま先を続けてくれた。

「ほかにも、硝子戸にメダカを彫りこんである水屋箪笥や、鮎のお盆、カジカの箸置きに、山女の茶筒、鯉の衝立、瓢鮎図(ひょうねんず)のレプリカ屏風とか……御飯茶碗は金魚柄だそうです」

「な、なかなかの魚尽くしですね」

「ええ。だから蔵の中にもそういう道具類がたくさんあるんだよ。今回、鳥獣戯画図の魚版みたいな大型屏風も発見してねぇ……。メインの柄でなくても、ほぼワンポイントでなにがしかの魚が添えてあって、視える人にはなかなか楽しいか──怖い水族館状態だったと思いますよ」

「……」

もし、俺の目に真久部さんの言うような妖怪めいた魚たち……特に鯉が視えてしまったら、後ろも見ないで走って逃げると思う。
 
「そんな状態の蔵の中に、呪物の招き猫が持ち込まれてしまったわけです」

猫に鰹節、そこらじゅうにピチピチお魚。

「獲物、取り放題じゃないですか……」

「んー、そうでもなかったと思いますよ」

初めの頃は、と続ける。え? どういうこと?

「呪物として作られたとはいえ、あの招き猫だって最初から強かったわけじゃないんだよ。単体だったら、早々に毒を薄められてしまったと思うなぁ……それぞれ力は小さくても、魚はたくさんいたからね。道具類についている魚たちは、水無瀬家の家宝の皿に描かれた金魚の、眷属のようなものだから」

そ、そっか。魚たちは見えない応援団みたいなもんなんだな、あの家の。

「だけど、呪物を設置した本人が近くにいた。そして、朝な夕なに水無瀬家を、水無瀬家で一番弱い存在だった幼い水無瀬さんを呪っていた。──その結果、特に“力”を持っていたわけでもない()と、呪物が繋がってしまったんです」

「そ、それはやっぱり、人と、道具としての相性が良かったから……?」

「そう。彼の気を──呪いの意志を、増幅してしまった。しかも、それは常時供給されるわけでね」

外部電源に繋がっているみたいなものですよ、なんて仕方なさそうな顔をしてみせるけど、呪いのダイナモ(発電機)なんて笑えない。思わず沈黙してしまう。

「……」

「元からそのように作られ、さらに水無瀬家を害するという明確な意志を目覚めさせた呪物は、作られたその形のまま猫となり、周囲の魚を捕らえ、食らい始めた。最初は小さな、弱いものしか捕まえられなかったでしょうが、食らって己の中に取り入れることによって、だんだん成長(・・)していったんですよ」
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