第98話 お地蔵様もたまには怒る 17

文字数 2,167文字

「……」 

突拍子も無い話を聞かされて、とても微妙な気分。そういうもんだと、取り敢えず納得……お地蔵様入りの茶碗かぁ。どっかの目玉なオヤジが気持ち良さそうに茶碗風呂してるみたいな、ああいう感じ……?

……
……

いやいや、違うって。それは絶対違うって。

「伯父としては、宝具を借りるだけで良かったそうなんですが」

軽く混乱したままの俺に、さらなる新情報がもたらされる。宝具だったのか、あの茶碗……。

「もちろん、本当は手妻地蔵様にしか使えないものだけれど──、了解を得られれば、月が明るい時ならば使える、らしいです。伯父の話によるとね」

ご本人(・・・)がそのように教えてくれたのだという。
ということは……。

「つまり、手妻地蔵様の力で地蔵泥棒を懲らしめようってことですか?」

「伯父の計画では」

「でも、それだと泥棒がただ金縛りになって終わるだけなんじゃあ……」

心を喰らう“悪いモノ”から護るために、狙われた人をその場に縫い付けて動けなくし、代わりに瓜二つの幻を作って動かして、そっちに喰い付かせる、っていうのが手妻地蔵様の力だけど、今回、その“悪いモノ”に相当するのが泥棒本人なんだから、あんまり意味が無いんじゃないなかぁ。

だとすると……。

「あ! そうか。すっごいホラーなイリュージョンを見せるんですね? 血まみれスプラッタとか……」

井戸やテレビの画面から、ズルリズルリと這い出してくる濡れた長い黒髪がとっても魅力的な彼女とか、パズルな名前の猟奇殺人鬼の、狂気でしかないゲームに無理やり参加させられて、自分があらゆる嫌な死に方をさせられるのを延々と見せつけられたりとか……。そういうの、あの超々高画質ハイビジョンというか、完璧な3D映像で見せられたりしたら。うう、想像するだけで命縮まりそう……。

思わずぶるっと震えていると、真久部さんは首を振る。

「どういう(ことわり)かは分からないけど、手妻地蔵様の力で作れる幻は、人が立ったり歩いたり、そういうのだけのようだよ。踊りは、そういった普通の動作の延長線上にあるから──。伯父が期待したのは、金縛りの力だそうです」

ってことは。

「お地蔵様を盗みに来た泥棒を、その場に足止めにするために?」

頷く。今度は正解だったみたいだ。

「そう。警察に相談しようにも、ある特定のお地蔵様が泥棒に狙われてるという、その情報の根拠を答えられないでしょ? ただの妄想だと思われてしまう。駅のベンチとカウンターから聞きました、なんて言ったら、伯父は完璧ボケ老人扱いですよ」

それも面白いですけどね、と言う顔は、半ば本気っぽい。

「まあ、だからこそ伯父は手妻地蔵様の助力を願ったんでしょう。事前に対策しようにも、泥棒がどこの誰なのか顔も名前も分からない上に、警察の手を借りられないとなれば、自分で動くしかない」

「でも、動くっていっても──伯父さん、強いんですか?」

お地蔵様をかっぱらって行こうなんていう輩が、人の話を聞くとは思えない。そうなると肉体言語が必要になってきそうだけど……。伯父さん、仙人みたいにひょろっとして見えるけど、実は武道の達人とか?

「まさか。身体を動かすのが苦手な人なのに、それはないよ。だけど、伯父には骨董に好かれる以外にも妙な力がある──。君も知ってるでしょう?」

真久部さんは意味ありげに、中指で親指の腹を弾く仕草をしてみせる。それ見て思い出した。俺、初めて伯父さんに会った時、デコピンでそのことを忘れさせられたんだっけ。

「伯父に暴力は必要ありません。コレ(・・)があればね。相手が金縛りになってるならなおさら。暗示を掛けて目的を忘れさせ、この地から遠ざけるつもりをしていたんでしょう。でも──」

伯父がそれだけで済ますとは思えない、と真久部さんは言う。
ど、どゆこと?

「あの人はそんな優しい人じゃないはずだ。──昨夜、ここに来た時には連れていなかったけど、伯父はアレを使うつもりだったんじゃないかと僕は思っているんです……。君も知ってるでしょう、何でも屋さん。例の一刀彫りの鯉。伯父がループタイにしている、アレ(・・)

「え……」

思わず息を呑む。

「……昨日お会いした時には、連れて、いや、身に着けていらっしゃいましたよ。なんか、前に見た時よりイキイキしてました。でも、あれを使うって──」

何か、嫌なことを想像してしまう。あの鯉の一刀彫、骨董や古道具の“気”みたいなものをばくばく食べちゃうって……。

「君の考えてる通りの使い方ですよ」

俺の顔色を見ていた真久部さんは、微妙な笑みを見せた。

「え? だけどさすがに生きてる人間の“気”は食べないでしょう?」

「食べますよ」

そ、そんな簡単に……!

「だって、そんな顔するけど何でも屋さん、あの鯉の材になった桜の木の話はしましたよね?」

「──丑の刻参りにヘビーローテーションでしたよね」

ヘビーローテーションって、と真久部さんはちょっと吹き出した。

「まあ、ね。どうしてそんなことになったのかというと、その桜の木が如何物食いだったから、というのが一番分かりやすいでしょう」

いかもの……ゲテモノ食い?
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