第241話 線で繋がる

文字数 2,198文字

趣味の悪いからかいように、心の中でちょっとだけムッとしたけど。目を合わせたら、それだけでダメだなんて厄介だなぁ、と思う。

「何だか、チンピラみたいですね」

自意識過剰と、過剰防衛を好むところが。

「そうだねぇ」

何でも屋さんは上手いこと言うねぇ、と鷹揚に微笑みつつ、真久部さんは続ける。

「そういうモノたちは小物だからね。言うなれば、構ってちゃん? いつも、わざとこっちの世界に近いところでふらふらうろうろしていて、隙あらば絡もうとしてるようなところがあるよ」

「えええ……」

構いたくないんだけど。

「気づくことが、こちらの“隙”になる。視線を伝ってこちらにやってくるんです。だって視“線”だから」

「線……」

ライン、か。前にも聞いたことあるな、そんな話。

「視線、回線、架線、描線。端に繋がることができれば、彼らはそれを伝ってくる。──死線、なんていうのもありますね?」

死線を潜り抜ける、という意味のあれね、と思わせぶりに唇の端を上げてちらっと笑ってみせる。──「死」に繋がるって言わせたいんですね? 乗らないからね!

「まあ、これも、悪いモノばかりでもないんだけどねぇ。時と場合によるといいますか」

ちょっと身構えた俺に、真久部さんは、ふふ、と軽く笑んでみせる。──誘いを掛けても、俺が乗らないって知ってるからこその余裕なんだな。っとにもう……。

「そうだねぇ……ほら、『心の琴線に触れる』っていう言葉があるでしょう。誰の心の中にもある、とてもやわらかい部分、それを、繊細な琴の糸にたとえていう言葉です。ほんの少し触れただけでふるえ、美しい音を響かせる、絹のように細い糸。何気ないものごとに感動し、共鳴する……それは人の心の美しさの奏でる音」

でもとても傷つきやすい部分だから、誰もが心の奥のほうに隠している、と真久部さんは言う。

「その、奥に奥に隠している傷つきやすい糸、線の端に、ごく稀にあちらの世界の良いモノが繋がることがあるんです。あるいは、その瞬間にだけその人にとって良いモノになり、結果的に美しい音を響かせることになるのかもしれないけれど」

「……悪いモノが、その線にちょっかい掛けることはないんですか?」

心の中の見えない糸も線ならば、端から伝ってくることができるのでは──。

「心の琴線に触れられるのは、良いものだけです。繋がることができるのは。だって、そう(・・)判断するのは人の心のほうなんですから」

「よくわからないです……」

こんがらんがってきたよ、糸だけに。

「だって、何でも屋さん。悪いものに出会って、“感動”しますか? 悪いものに出会ったら、感動するどころかドン引きするんじゃありませんか?」

「た、確かに」

心の奥の違うところが震えるわ! と思っていると、真久部さんが「悪いものに反応するのは、心の琴線とはまた違う種類の糸ですよ」と言うから、なんとなくホッとする。

「それはきっと頑丈で、もっと心の表面近くにある。だって、悪いもの、良くないことだと判断したら、物理的にか精神的にか、とにかく必要なほうに逃げないといけないでしょう? 振り幅が大きければ大きいほど、危険が増す。警報器みたいなものですよ、防衛ラインだ」

うーん……このあいだ時代劇で見た、鳴子みたいなもんだろうか。侵入者が足を引っかけたら鈴が鳴る、みたいな昔のSEC○M。引っかかったのがただの泥棒じゃなく、刃物を持った押し込み強盗だとしたら、そりゃ逃げるなりしなきゃ身が危ないわなぁ。

「そりゃね、誰だって時に悪人に共鳴することもあるでしょう、自分にはできないことをやってのける、ある意味“勇者だし。でも、まともな人ならそれに対する後ろめたさを感じるはず。それはまた独特の嫌な気分であって、良いものに共鳴して心の琴線を震わせる、そんな宝物に出会ったような心持ちとは、まったく違うもののはずだよ」

まあ、あちらの世界の良いモノも悪いモノも、そう簡単には人や、人の心に繋がることはできませんけどねぇ、と真久部さんは猫のように目を細める。

「線の中で一番繋がりやすいのは、やはり視線です。視線を向けることは、意識を向けること。意識を向けるというのは、認識するということ。認識されれば、あちらの世界の小物たちもこちらに気づき、視線を向け、意識を向けてくる。そうして互いに“繋がって”しまう」

「……」

繋がる、という言葉がとても怖いものに思えて、俺は思わずぞくっとした。

「繋がってしまえば、道ができる。道を通って小物たちはこちら側に現れることができる。視線を向け、認識する、気づくというのは、彼らを招くのと同じことです。何しろ、彼らは招かれないとこちらに来ることができない──。だから、気づかれたことに気づかれてはいけないんだよ」

何度も言うようですけど、何でも屋さんもくれぐれも隙を見せてはいけませんよ、と言われて、俺はさらに背中がぞくぞくするのを感じ──たけど、「うっかりしてるから心配だなぁ」という苦笑交じりの呟きに、反発を感じてぞくぞくを忘れた。

人の反応を見て、目だけで笑ってる。片方ずつわずかに色の違う瞳が悪戯っぽく輝いて……、もうっ!

「──というわけで。“力”が大きければ大きいほどはっきり視えてしまうので、幼い頃の水無瀬さんは隙だらけだったでしょうね」

俺のちょっとした百面相を見て気分転換が済んだのか、しれっと真面目な顔に戻り、真久部さんは話の続きに戻った。
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