第189話 寄木細工のオルゴール 27
文字数 2,263文字
そんなん、思いつくわけないよ! と強気に思いつつ、運命の予言の、辻褄あわせの強引さに背中がぞわぞわする。
「そうなりますねぇ」
慄く俺を、何故か満足そうに眺める真久部さん。──このヒトはホントに……。
「……」
「呆然としていた友人たちが男を助け起こすと、唇から花がこぼれ落ちてきたそうです、まるで水がしたたり落ちるみたいに……」
風が吹いたその一瞬に、どうやってそんなにたくさんの花が口の中に入ったのか、誰にもわからなかったそうです、と続ける。
「検視の結果、花は肺にまで詰まっていたといいます。不思議でしょう?」
「まんま怪談じゃないですか……」
思わずそう突っ込むと、事実なんですけどね、とにいっと笑ってみせた。
「あまりにも異常なので、最初は殺人かと一緒にいた友人たちが疑われたようですが……、他にも目撃者が多数で、結局は不可解な事故としてうやむやのまま終わったらしいです」
どんなに用心しても、どんなに気をつけても、逃れられない運命というものはあるんですよ、と今度は真面目な顔で言う。
「それは自業自得という運命です。誰にでもあるものだけど、そうならないよう避けることのできるものでもある」
「……俺にはよくわかりませんよ、難しくて」
ふふ、と真久部さんは笑った。
「何でも屋さんはそれでいいんですよ」
少なくとも、うちの店 ではね、と続ける。
「敬して遠ざける、という、基本ができている。妙な執着も深入りもしない。──古い道具を扱うには、そういう姿勢が大切だったりするんです」
「……」
単純に臆病なだけだけど。仮に危険を冒す必要があったとしても、ここで冒険したいとは思わないな、うん。それはもう絶対。
「……椋西の清美さんって人は、この中になにが入っていると思ってたんでしょうね」
三十年も昔の男はともかく、ついさっき冒険しちゃった人のことを思い出す。どんな運命の最期を告げられちゃったんだろう……。
「さあ」
真久部さんの返事は素っ気無い。
「ただ──、先代の遺した道具を開け尽しても見つからない何かを探してるんだと思いますよ」
そうじゃなきゃ、うちにまで来ませんよ、と言う。──標準装備の胡散臭くて怪しい笑みの上に皮肉な影が漂って、珍しくやさぐれた雰囲気。どうしたんだ。
「……何かあったんですか、真久部さん」
そう聞くしかないよな。今回俺に店番を任せて出かける前も、先代には世話になったけど、娘さんたちのことは好きになれない、みたいなこと言ってたし。
「──先代から、コレクションの整理を頼まれてたんですよね」
しばらく黙っていた真久部さんが、重い口を開いた。
「整理というか、自分が死んだあと、遺された子供たちへのアドバイス、かな。骨董的価値のあるものと無いもの、無くても値の付きそうなもの。それを聞いてどうするかは娘さんたちと息子さんの問題で、買い取ってほしいというなら買い取るし、よそに売りたいというならその紹介をする、というものでした」
それは、亡くなる前からの依頼だったという。
「遺言状にもそう書いてあったようで、四十九日が済んだ頃に呼ばれて、伺ったんですよ。そうしたら──」
故人がきちんと揃えて仕舞っていたものが、引っくり返したようになっていたそうだ。
「箱類は悲惨でしたねぇ。中には壊れているのもあったくらい。その中で、清美さんと妹の美江さんが喧嘩していて、弟の清志さんは僕の顔を見てもおろおろするばかりで」
「……修羅場ですか?」
「修羅場でしたよ」
人を呼ぶなら、もっと落ち着いてから呼んでほしかった、と嫌そうに微笑みの唇の端をゆがめる。
「清志さんの話によると、貸金庫の鍵だか暗証番号だかを探しているということでした。それ以上詳しくは聞きませんでしたが」
聞く暇も無かったらしい。
「僕が入ってきたことに気づいた清美さんが、いきなりここにある秘密箱を全部開けてみせろと言うのでね……」
そうしないかぎり収まらないだろうと、ひとつつひとつ開けたそうだ。
「何も出てこなかったですよ。ああ、ひとつだけ、鈴の入ったのがありましたっけ。でも、それだけでした。そしたら、責められてね……」
開けるふりしてこっそり隠したものを出せ、と責められたらしい。
「姉妹そろって真正面と真横から監視してたくせにね。マジシャンじゃあるまいし、そんなことできるわけありません。よそ様のものを盗む趣味もありませんし」
それはさすがに清志さんが諫めてくれたという。
「遺品のコレクションについて相談するどころではないようなので、そのまま帰ろうとしたんですが」
清美さんがずっと睨んでいたらしい。
「父から何か聞いてるはずだ、と言い出してねぇ……。たしかに先代には可愛がっていただきましたが、遺産だの相続だの、そんな話はしませんよ。当たり前ですが。頼まれていたのはコレクションについてだけです。それも、整理のための助言のみ」
鑑定の結果を聞いて、どこに売るも売らないも自由、と真久部さんは言う。
「信用するのもしないのも。別の業者に鑑定を頼んだってかまいません。そう説明したんですが──今日、わざわざ僕を誘き出して、その隙にここに来たところを見ると、探し物はまだ見つかっていないようですね」
家中探しても見つからないから、外に目を向けたのかも、と溜息を吐いた。
「僕が先代から何か預かってるとでも考えたんでしょうか──。かつて椋西家にあって、彼女にも見覚えのある箱を、僕が持っていたのもその疑いに拍車をかけたのかもしれない……。オルゴールの鳴らし方を教わりに行ったとき、ちょうど実家に帰っていた清美さんがいたんですよ」
「そうなりますねぇ」
慄く俺を、何故か満足そうに眺める真久部さん。──このヒトはホントに……。
「……」
「呆然としていた友人たちが男を助け起こすと、唇から花がこぼれ落ちてきたそうです、まるで水がしたたり落ちるみたいに……」
風が吹いたその一瞬に、どうやってそんなにたくさんの花が口の中に入ったのか、誰にもわからなかったそうです、と続ける。
「検視の結果、花は肺にまで詰まっていたといいます。不思議でしょう?」
「まんま怪談じゃないですか……」
思わずそう突っ込むと、事実なんですけどね、とにいっと笑ってみせた。
「あまりにも異常なので、最初は殺人かと一緒にいた友人たちが疑われたようですが……、他にも目撃者が多数で、結局は不可解な事故としてうやむやのまま終わったらしいです」
どんなに用心しても、どんなに気をつけても、逃れられない運命というものはあるんですよ、と今度は真面目な顔で言う。
「それは自業自得という運命です。誰にでもあるものだけど、そうならないよう避けることのできるものでもある」
「……俺にはよくわかりませんよ、難しくて」
ふふ、と真久部さんは笑った。
「何でも屋さんはそれでいいんですよ」
少なくとも、
「敬して遠ざける、という、基本ができている。妙な執着も深入りもしない。──古い道具を扱うには、そういう姿勢が大切だったりするんです」
「……」
単純に臆病なだけだけど。仮に危険を冒す必要があったとしても、ここで冒険したいとは思わないな、うん。それはもう絶対。
「……椋西の清美さんって人は、この中になにが入っていると思ってたんでしょうね」
三十年も昔の男はともかく、ついさっき冒険しちゃった人のことを思い出す。どんな運命の最期を告げられちゃったんだろう……。
「さあ」
真久部さんの返事は素っ気無い。
「ただ──、先代の遺した道具を開け尽しても見つからない何かを探してるんだと思いますよ」
そうじゃなきゃ、うちにまで来ませんよ、と言う。──標準装備の胡散臭くて怪しい笑みの上に皮肉な影が漂って、珍しくやさぐれた雰囲気。どうしたんだ。
「……何かあったんですか、真久部さん」
そう聞くしかないよな。今回俺に店番を任せて出かける前も、先代には世話になったけど、娘さんたちのことは好きになれない、みたいなこと言ってたし。
「──先代から、コレクションの整理を頼まれてたんですよね」
しばらく黙っていた真久部さんが、重い口を開いた。
「整理というか、自分が死んだあと、遺された子供たちへのアドバイス、かな。骨董的価値のあるものと無いもの、無くても値の付きそうなもの。それを聞いてどうするかは娘さんたちと息子さんの問題で、買い取ってほしいというなら買い取るし、よそに売りたいというならその紹介をする、というものでした」
それは、亡くなる前からの依頼だったという。
「遺言状にもそう書いてあったようで、四十九日が済んだ頃に呼ばれて、伺ったんですよ。そうしたら──」
故人がきちんと揃えて仕舞っていたものが、引っくり返したようになっていたそうだ。
「箱類は悲惨でしたねぇ。中には壊れているのもあったくらい。その中で、清美さんと妹の美江さんが喧嘩していて、弟の清志さんは僕の顔を見てもおろおろするばかりで」
「……修羅場ですか?」
「修羅場でしたよ」
人を呼ぶなら、もっと落ち着いてから呼んでほしかった、と嫌そうに微笑みの唇の端をゆがめる。
「清志さんの話によると、貸金庫の鍵だか暗証番号だかを探しているということでした。それ以上詳しくは聞きませんでしたが」
聞く暇も無かったらしい。
「僕が入ってきたことに気づいた清美さんが、いきなりここにある秘密箱を全部開けてみせろと言うのでね……」
そうしないかぎり収まらないだろうと、ひとつつひとつ開けたそうだ。
「何も出てこなかったですよ。ああ、ひとつだけ、鈴の入ったのがありましたっけ。でも、それだけでした。そしたら、責められてね……」
開けるふりしてこっそり隠したものを出せ、と責められたらしい。
「姉妹そろって真正面と真横から監視してたくせにね。マジシャンじゃあるまいし、そんなことできるわけありません。よそ様のものを盗む趣味もありませんし」
それはさすがに清志さんが諫めてくれたという。
「遺品のコレクションについて相談するどころではないようなので、そのまま帰ろうとしたんですが」
清美さんがずっと睨んでいたらしい。
「父から何か聞いてるはずだ、と言い出してねぇ……。たしかに先代には可愛がっていただきましたが、遺産だの相続だの、そんな話はしませんよ。当たり前ですが。頼まれていたのはコレクションについてだけです。それも、整理のための助言のみ」
鑑定の結果を聞いて、どこに売るも売らないも自由、と真久部さんは言う。
「信用するのもしないのも。別の業者に鑑定を頼んだってかまいません。そう説明したんですが──今日、わざわざ僕を誘き出して、その隙にここに来たところを見ると、探し物はまだ見つかっていないようですね」
家中探しても見つからないから、外に目を向けたのかも、と溜息を吐いた。
「僕が先代から何か預かってるとでも考えたんでしょうか──。かつて椋西家にあって、彼女にも見覚えのある箱を、僕が持っていたのもその疑いに拍車をかけたのかもしれない……。オルゴールの鳴らし方を教わりに行ったとき、ちょうど実家に帰っていた清美さんがいたんですよ」