第249話 理に外れて
文字数 1,495文字
「えっと、真久部さんとしては、その……ご神体は、何というか……破損? しているものだと予想してたんですか?」
「それがどういうものなのかは、見てみるまでわかりませんでしたが……」
叔父さんが無理をしたせいで、ただでは済んでいないだろうと考えていたという。
「御神体というものは、そこに在って祀られていることに意義があるので、動かすにはそれなりの作法なり、手順が必要なんです。──それが実体であれ、見えない形であれ」
「……」
「最も必要なのは尊崇する心。あれば軽々 に動かしていいというものではないけれど、無い者が触れていいものでは絶対ない。その点、叔父さんは大丈夫だったでしょうが、それは全ての免罪符とはなり得ない──」
そういった存在との“約束事”の大切さを、何でも屋さんもよく知っているでしょう? そう言って、真久部さんは意味ありげに笑ってみせる。古い猫みたいなちょっと意地悪入った笑みに、俺はこくこく首をうなずかせていた。
うん、わかってるよ! 真久部さん。俺、今までそれで慈恩堂の仕事や真久部さん紹介の怪しい仕事、乗りきってきたもん。作法や手順はきっちり守るよ、意味とかわからなくても。尊重する気持ちも忘れない。だって怖いしさ。
「水無瀬の叔父さんも、普通だったら約束事から逸脱するようなことをするタイプではなかったと感じます──。その点においては、きっと何でも屋さんと同じくらい信用できる人だっただろうね。だけど、彼には時間が無かった」
その身に雪のように降り積もった障りにより、自らも病の床につくことを余儀なくされ、幼い甥は弱り果て、もう一刻も猶予を許されないような状態。
「全てが急激に悪化したから、父や兄に家宝の皿の必要性を説く時間も、それを信じてもらうための時間も無かった。だから、彼は家神様に頼ったんだよ。──理 に外れてしまうこととわかってはいるけれど、それしか手段がありません、許してください、力を貸してくださいと、全身全霊を捧げるようにして請い願ったんです」
「それを家神様が叶えてくれたんですか……」
どれほどの強い願いだったんだろう。叔父さんのそれはきっと、愛しい子を魔王に連れて行かせまいと、あやめもわかたぬ暗い森に分け入り、必死に馬を駆る父の決意だ。この父には魔王が視える。だからよけいに時間が無いこと、急がなければならないことがわかってしまう。
「叔父さんの願い、彼の力 に乗せた思いは、家神様にも伝わりやすかった。いや、受け取ってもらえやすかったと言ったほうがいいかもしれない。水無瀬の血筋の子が、身を捨てて願うんです、同じ水無瀬の血筋の子のために。水無瀬家の家神様も、絆されないわけにもいかなかったでしょう」
「……」
孫や曾孫、夜叉孫に、本気の頼み事をされたお祖父ちゃんみたいな心境なのかな。厳しいお祖父ちゃんだから嘘やいい加減なのは許さないけど、心からの真摯な願い事なら耳を傾けてやらないでもない、みたいな。
「そうして、家神様は金魚の形を取って顕現し、直接その力を揮って、今にもあちらの世界に引っ張り込まれそうだった幼い水無瀬さんを助け……結果、御神体が割れてしまったんだと僕は推測しますよ」
「力を使い果たしたんでしょうか……」
想像したくないけど、そのときの水無瀬さんの周囲には十重二十重 というか、わっさわっさというか、ボヨボヨしたエチゼンクラゲの大発生みたいに、呪いも交えて山ほど悪いモノが密集していただろうから──、たとえ神様であっても、追い払ったり滅っしたりするのに疲れ果ててしまったんじゃないだろうか。
あ……。
「御神体が割れて、家神様は消えてしまったとかいうことは……?」
「それがどういうものなのかは、見てみるまでわかりませんでしたが……」
叔父さんが無理をしたせいで、ただでは済んでいないだろうと考えていたという。
「御神体というものは、そこに在って祀られていることに意義があるので、動かすにはそれなりの作法なり、手順が必要なんです。──それが実体であれ、見えない形であれ」
「……」
「最も必要なのは尊崇する心。あれば
そういった存在との“約束事”の大切さを、何でも屋さんもよく知っているでしょう? そう言って、真久部さんは意味ありげに笑ってみせる。古い猫みたいなちょっと意地悪入った笑みに、俺はこくこく首をうなずかせていた。
うん、わかってるよ! 真久部さん。俺、今までそれで慈恩堂の仕事や真久部さん紹介の怪しい仕事、乗りきってきたもん。作法や手順はきっちり守るよ、意味とかわからなくても。尊重する気持ちも忘れない。だって怖いしさ。
「水無瀬の叔父さんも、普通だったら約束事から逸脱するようなことをするタイプではなかったと感じます──。その点においては、きっと何でも屋さんと同じくらい信用できる人だっただろうね。だけど、彼には時間が無かった」
その身に雪のように降り積もった障りにより、自らも病の床につくことを余儀なくされ、幼い甥は弱り果て、もう一刻も猶予を許されないような状態。
「全てが急激に悪化したから、父や兄に家宝の皿の必要性を説く時間も、それを信じてもらうための時間も無かった。だから、彼は家神様に頼ったんだよ。──
「それを家神様が叶えてくれたんですか……」
どれほどの強い願いだったんだろう。叔父さんのそれはきっと、愛しい子を魔王に連れて行かせまいと、あやめもわかたぬ暗い森に分け入り、必死に馬を駆る父の決意だ。この父には魔王が視える。だからよけいに時間が無いこと、急がなければならないことがわかってしまう。
「叔父さんの願い、彼の
「……」
孫や曾孫、夜叉孫に、本気の頼み事をされたお祖父ちゃんみたいな心境なのかな。厳しいお祖父ちゃんだから嘘やいい加減なのは許さないけど、心からの真摯な願い事なら耳を傾けてやらないでもない、みたいな。
「そうして、家神様は金魚の形を取って顕現し、直接その力を揮って、今にもあちらの世界に引っ張り込まれそうだった幼い水無瀬さんを助け……結果、御神体が割れてしまったんだと僕は推測しますよ」
「力を使い果たしたんでしょうか……」
想像したくないけど、そのときの水無瀬さんの周囲には
あ……。
「御神体が割れて、家神様は消えてしまったとかいうことは……?」