第105話 お地蔵様もたまには怒る 24
文字数 2,234文字
「今日は謝罪の場だというのに、何でも屋さんの嫌がる話はしませんよ。それはともかく」
いつもは俺が嫌がるって知ってて怖い話してるんですか、と抗議したくなったけど、次の言葉でそんなこと忘れてしまった。
「僕が言いたいのは、あなたがチンとんシャンのドアから入ったラーメン屋が、その迷い家だということなんだよ。僕が伯父とくぐった違う店のドアも、その同じ迷い家に繋がってたと、そういうわけ」
「……迷い家って、山の中で見つけるお屋敷じゃなかったですか?」
「基本はね。怪異も時代とともに変化して、迷い家のほうから里へ、里から街へ降りて来るようになったようですね」
「何で……?」
「さあ。迷い家も一つだけじゃないようだし。僕も自分が迷い家に出入りしていた自覚は無かったですしね。何でも屋さんが伯父と一緒に入ったラーメン屋の話を聞いて、ようやく分かったというか、納得がいったというか──」
真久部さんの語るところによると、あの穏やかな顔の店主の営むラーメン屋は、どこでも好きな場所に入り口を繋げることが出来るのだという。ドアを開けると異世界、というファンタジーがあるけど、この場合、ドアを開けると迷い家特設ラーメン屋、なのだそうだ。
「推測ですけどね。でも、多分間違ってはいないと思います」
「でも、昔話では迷い家の中は無人だと……」
誰もいないラーメン屋。きれいに洗って棚に並べられたどんぶりと、清潔なバットに並んだ黄色い麺、いつでもそれを茹でられるようにぐらぐらにお湯の沸き立ってる寸胴鍋。その隣には美味しそうな匂いのする熱いスープ……。
「でもね、何でも屋さん。ドアを開けたら何故かいきなりラーメン屋。中には誰もいない。それで自分でラーメンを作って、食べようと思えますか?」
俺はぶんぶんと首を振った。
「いや、いきなりラーメン屋の時点でびっくりして回れ右だし、仮にラーメン屋のつもりで入ってちゃんとラーメン屋でも、無人の時点で引き返しますよ。で、営業時間を確かめます。普通、客が勝手にラーメン作らないでしょう」
話に聞くうどん県になら、それこそ時間帯によっては無人になるセルフのうどん屋があるらしいけど、俺は行ったことがない。会社員時代、出張のついでにそんな店のひとつでセルフうどん体験をしてきたという元同僚の話によると、けっこう美味かったそうだが。
「それなんだよ、何でも屋さん。せっかくラーメンを食べさせようと思っても、昔の迷い家スタイルだとみんな気味悪がって帰ってしまう。だから主が常駐することにしたんじゃないかと、僕は考えます」
「何でそんなにラーメンを食べさせたいんですか……?」
さっき聞いた迷い家の昔話でも、何かを飲み食いするような状況じゃなかったような。
「主の趣味でしょう」
きっぱり。
「僕が伯父と一緒に行っていた店は<あまりりす>という名前なんですが、そこの店主に聞いたことがあるんです。好きが嵩じて、自分でもラーメンを作るようになったこと、作ってみると人にも食べさせたくなって、それでラーメン屋を始めたこと。兼業だから採算度外視で趣味でやってるとも」
「いや、世の中には脱サラしてラーメン屋のオヤジになりたいって人も大勢いるし、中にはそういう酔狂な人もいるでしょう?」
俺はまだ“趣味のラーメン屋を二軒持ってる資産家”説を捨ててない。真久部さんは大真面目に語ってるけど、街に飛び込んで、人の世の営みに積極的に参加してくるアクティブな迷い家って、あまりにも荒唐無稽に過ぎるんじゃないだろうか。のんびりと素朴な昔話的雰囲気が壊れるっていうか……。
「僕があまりりす店主を怪しいと思った理由、教えようか? 何でも屋さん」
にっ、と笑う真久部さん。俺は思わず背中が震えた。
止めてよぉ、今日は俺を怖がらせるようなことを言わないんじゃなかったの?
「あの人、たまに輪郭が透き通ってるんだよね」
「す、透き通るって、そんな。ゆ、幽霊じゃあるまいし」
「指先とかが淡く光ってることもあるし」
ひ、ひええええ。
「帰り際に、高級線香のいい匂いが漂うこともあって、あ、これはヒトじゃないんじゃないかな、と」
「真久部さん──」
すっごく怖いこと言ってくれちゃってるから、抗議のつもりで軽く睨むと、本人は、まあまあ、となだめてくる。
「怖がらなくても、幽霊じゃないですから。ついでに、何か悪いモノでもない。あれはね、多分どこかのお地蔵様だと思います」
「……」
幽霊ラーメンとかじゃなくてうれしい。でも、お地蔵様ラーメンっていうのもどうだろう。そんな非現実的なことが……。
「ラーメンの好きなお地蔵様ですか……?」
「納得いかない顔してますね? 言ったでしょう、時代とともに変化してるって。あれは怪異だけじゃなくて、対応するほうも同じなんです。ま、色々入り混じってますけど」
入り混じってるって、何が? ──疑問に思ったけど、それは聞かないことにしておこう。
「人の姿になって世の中を見て回ってるお地蔵様もいると、いつか伯父から聞いたことがあるんです。街で出会い、意気投合して友達になったお地蔵様もいると。その時はいつもの伯父の駄法螺だと思ってたんですが……。だけど、さっきも言ったようにあんまり怪しいから、あまりりす店主がそうなんじゃないかと、僕は疑ってたんですよ。これで確信が持てました」
いつもは俺が嫌がるって知ってて怖い話してるんですか、と抗議したくなったけど、次の言葉でそんなこと忘れてしまった。
「僕が言いたいのは、あなたがチンとんシャンのドアから入ったラーメン屋が、その迷い家だということなんだよ。僕が伯父とくぐった違う店のドアも、その同じ迷い家に繋がってたと、そういうわけ」
「……迷い家って、山の中で見つけるお屋敷じゃなかったですか?」
「基本はね。怪異も時代とともに変化して、迷い家のほうから里へ、里から街へ降りて来るようになったようですね」
「何で……?」
「さあ。迷い家も一つだけじゃないようだし。僕も自分が迷い家に出入りしていた自覚は無かったですしね。何でも屋さんが伯父と一緒に入ったラーメン屋の話を聞いて、ようやく分かったというか、納得がいったというか──」
真久部さんの語るところによると、あの穏やかな顔の店主の営むラーメン屋は、どこでも好きな場所に入り口を繋げることが出来るのだという。ドアを開けると異世界、というファンタジーがあるけど、この場合、ドアを開けると迷い家特設ラーメン屋、なのだそうだ。
「推測ですけどね。でも、多分間違ってはいないと思います」
「でも、昔話では迷い家の中は無人だと……」
誰もいないラーメン屋。きれいに洗って棚に並べられたどんぶりと、清潔なバットに並んだ黄色い麺、いつでもそれを茹でられるようにぐらぐらにお湯の沸き立ってる寸胴鍋。その隣には美味しそうな匂いのする熱いスープ……。
「でもね、何でも屋さん。ドアを開けたら何故かいきなりラーメン屋。中には誰もいない。それで自分でラーメンを作って、食べようと思えますか?」
俺はぶんぶんと首を振った。
「いや、いきなりラーメン屋の時点でびっくりして回れ右だし、仮にラーメン屋のつもりで入ってちゃんとラーメン屋でも、無人の時点で引き返しますよ。で、営業時間を確かめます。普通、客が勝手にラーメン作らないでしょう」
話に聞くうどん県になら、それこそ時間帯によっては無人になるセルフのうどん屋があるらしいけど、俺は行ったことがない。会社員時代、出張のついでにそんな店のひとつでセルフうどん体験をしてきたという元同僚の話によると、けっこう美味かったそうだが。
「それなんだよ、何でも屋さん。せっかくラーメンを食べさせようと思っても、昔の迷い家スタイルだとみんな気味悪がって帰ってしまう。だから主が常駐することにしたんじゃないかと、僕は考えます」
「何でそんなにラーメンを食べさせたいんですか……?」
さっき聞いた迷い家の昔話でも、何かを飲み食いするような状況じゃなかったような。
「主の趣味でしょう」
きっぱり。
「僕が伯父と一緒に行っていた店は<あまりりす>という名前なんですが、そこの店主に聞いたことがあるんです。好きが嵩じて、自分でもラーメンを作るようになったこと、作ってみると人にも食べさせたくなって、それでラーメン屋を始めたこと。兼業だから採算度外視で趣味でやってるとも」
「いや、世の中には脱サラしてラーメン屋のオヤジになりたいって人も大勢いるし、中にはそういう酔狂な人もいるでしょう?」
俺はまだ“趣味のラーメン屋を二軒持ってる資産家”説を捨ててない。真久部さんは大真面目に語ってるけど、街に飛び込んで、人の世の営みに積極的に参加してくるアクティブな迷い家って、あまりにも荒唐無稽に過ぎるんじゃないだろうか。のんびりと素朴な昔話的雰囲気が壊れるっていうか……。
「僕があまりりす店主を怪しいと思った理由、教えようか? 何でも屋さん」
にっ、と笑う真久部さん。俺は思わず背中が震えた。
止めてよぉ、今日は俺を怖がらせるようなことを言わないんじゃなかったの?
「あの人、たまに輪郭が透き通ってるんだよね」
「す、透き通るって、そんな。ゆ、幽霊じゃあるまいし」
「指先とかが淡く光ってることもあるし」
ひ、ひええええ。
「帰り際に、高級線香のいい匂いが漂うこともあって、あ、これはヒトじゃないんじゃないかな、と」
「真久部さん──」
すっごく怖いこと言ってくれちゃってるから、抗議のつもりで軽く睨むと、本人は、まあまあ、となだめてくる。
「怖がらなくても、幽霊じゃないですから。ついでに、何か悪いモノでもない。あれはね、多分どこかのお地蔵様だと思います」
「……」
幽霊ラーメンとかじゃなくてうれしい。でも、お地蔵様ラーメンっていうのもどうだろう。そんな非現実的なことが……。
「ラーメンの好きなお地蔵様ですか……?」
「納得いかない顔してますね? 言ったでしょう、時代とともに変化してるって。あれは怪異だけじゃなくて、対応するほうも同じなんです。ま、色々入り混じってますけど」
入り混じってるって、何が? ──疑問に思ったけど、それは聞かないことにしておこう。
「人の姿になって世の中を見て回ってるお地蔵様もいると、いつか伯父から聞いたことがあるんです。街で出会い、意気投合して友達になったお地蔵様もいると。その時はいつもの伯父の駄法螺だと思ってたんですが……。だけど、さっきも言ったようにあんまり怪しいから、あまりりす店主がそうなんじゃないかと、僕は疑ってたんですよ。これで確信が持てました」