第113話 鳴神月の呪物 4

文字数 2,239文字

「それはともかく、そこまですればもう、仕事とはいえ義理も果たしたんじゃないですか?」

「まあね、そうなんですけど──」

彼が言うには、仮にこの近辺で見つからなければ、遠出した折りなど他の用のついででいいから、その辺りで目に付いた骨董古道具の店を探してくれればそれで良い、期間は問わないので是非に、と依頼者に希望されているということだった。

「この仕事頼まれたのは今月一日なんですけど、この月中に見つからなくても、来月以降も探し続ける場合は、毎月一定の額を口座に振り込んでくれるって約束してくれてるんです。で、もし見つけることが出来たら、けっこうな額の成功報酬を約束されてて……」

へえ、と真久部は思った。どうやらあちらは、真面目でマメな何でも屋さん相手によく考えているようだ。これは性質が悪い。溜息を吐きたくなるのを堪え、何でも屋さん、と真久部は呼びかけた。

「それって、手を抜こうと思えばいくらでも抜けると思いませんか? 今月は時間が無くて探しに行けませんでした、って言っても依頼者には分からないでしょ? それで月々決まったお金が入るんなら、上手くやればどこかのウィルス・ソフトの自動更新並みに引っ張り続けることが出来る」

何でも屋さんがそんな人じゃないの、僕は知ってますけど、と真久部は続ける。

「もちろん、他の顧客さんたちも知ってるでしょう、君が誠実な人だって。でも、新規の客がそこまでゆるい条件で、毎月万単位のお金を払い続けることを提案するでしょうか? 契約書を交わしたとか?」

地域密着型の何でも屋である彼は、仕事の対価はその都度現金払いで受け取るのが基本で、請求書兼領収書も手書きであることを、彼の顧客でもある真久部はよく知っている。たまに口座振込みの場合もあるようだが、後ほど領収書を手渡すか、あるいは依頼者の都合で郵送することもあると聞いた。

いずれにせよ、彼の何でも屋稼業は臨機応変手軽が身上。契約書などとまだるっこしいものが必要な仕事は、これまで無かったであろうと真久部は推測している。彼の仕事は、いつだって顧客の前に明白なのだから。

「……」

彼は黙って考えている。自分が真面目に仕事をすることしか考えていないから、そこに不正を働く余地があることに思い至らなかったんだろう、と真久部がその顔色から推察していると、彼がぎこちなく口を開いた。

「契約書、交わしてないですけど……探しに行った店舗の外観を携帯のカメラで撮って、店の名前と場所なんかの情報と一緒にメールで報告してましたが……」

「依頼者は、それを要求しましたか? どうして欲しいとか、特に何も言われてないんじゃないですか? 何でも屋さんが常識人だから自発的にやってただけで」

「……」

「僕が思うに、特に指示もなく、全部お任せだったんじゃないかなぁ」

「……」

また黙ってしまった。その通りだったんだろう。真久部はふっと小さく息を吐いた。

「あのねぇ、何でも屋さん。こんな話があるんですよ──」

真久部は語り出す。







あるところに、正直で気の良い男がいた。

ある日、男のところに見知らぬ老人が訪ねて来て言う。足の弱った自分の代わりに、大きな櫃を隣村まで担いで行ってもらえないかと。隣村にいる親戚の娘が村の男と近々祝言を上げるので、そのための祝いの品を運んでほしいというのだ。

何ぶん高価な品物なので、下手な人間には任せられない。その点、男は近在でも正直な人間で通っている。そんな人なら安心だ。手間賃は弾むので、どうか引き受けてくれないだろうか。

正直な男は老人の頼みを快く聞き入れ、重い櫃を担いで隣村まで運んでやった。隣村までの道は険しく、雑木と雑草の蔦や蔓が絡み合い、鬱蒼と生い茂った物凄い場所を通らなければならないので、たとえ金をもらっても引き受ける者は居なかろうと、気の毒に思う気持ちもあった。

老人は何度も男に礼を言い、それ以降何かと男に荷物を頼むようになった。男の村は北側が山に、南側が開けて平野になっており、とても広かった。男は十日に一度くらいの割合で、そのほとんど端から端までを歩き、老人に頼まれた荷物を届けて回った。ある時は小さな珊瑚玉の付いた簪、ある時は吸い口と雁首が銀で出来た煙管、祝い事に使えるような大皿……。

届けられた村人たちは皆、老人のことなど知らないし、何故自分にそんな贅沢な品物を贈って寄越すのかと不思議がったが、男が老人から告げられた届け先に間違いはなかったし、村人たちももらって嫌なものではなかったので、結局は喜んで受け取った。出稼ぎに出た兄弟か、伯母の嫁ぎ先、嫁の出里、そんなところから老人が頼まれたのだろう、皆そんなふうに納得していた。男もそう思っていた。

老人に礼を言われ、村人たちの喜ぶ顔を見、男は毎日機嫌が良かった。本業の畑仕事以外に手間賃が入るのもうれしかった。何故か日常に小さな怪我が増えたが、自分の不注意のせいだろうと気にしなかった。

そのうちに、どうしたことか、男は嫌な夢を見るようになった。猿のような、狸のような、狐のような形をした影に、自分が追われる夢だ。それはいつも闇の中に現れて、男の名前を呼ぶ。すると、男は身動きが出来なくなり、自分に向かって影が跳ねてくる音を聞きながら、気を失う。

目が覚めると、心の臓が釣り上げた鯉のように激しく乱れ打っている。男は眠れなくなった。
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