第232話 真実は藪の中

文字数 1,900文字

「えっと。そんな不自然な時間に蔵に入ったってことは、水無瀬さんの叔父さんは、やっぱりよからぬ目的で皿を持ち出したんでしょうか……」

家宝ってからには、売ればそれなりなお金になるんだろうし。……そういえば前に、代々伝わる屋敷神の狛犬を、片方盗んで売ったっていう金持ちボンボンがいたよな。俺は会ったことないけど、その彼は確か、普段からちょくちょく実家の蔵のものを持ち出して売ってて、そのせいで悪質骨董屋に目を付けられ、一番手をつけちゃいけないものを盗んでくるよう、唆されたって話だった。

幸いその狛犬は、真久部さんが同じ骨董屋仲間の人たちと協力して探し出し、どこか遠いところに転売される前に取り戻すことができたけど、水無瀬家の家宝は行方不明だというし……。

考え込んでいると、その真久部さんが言う。

「それはどうでしょうねぇ」

あれ? さらりと否定的。

「でも、真夜中はやっぱり変だって──」

さっき。いや、変とは言ってないか。でも……。あれ?

「この件に関してはね、実は水無瀬さん、はっきりしたことを知らないようなんですよ」

ちょっと悩んでしまった俺に、先日、じっくりと聞いてみて、あらためてわかったことなんですがね、と前置きする。

「叔父さんが家宝を盗んだ、というのは、実はご両親から直接教えられたことではないんだそうです。ただ、当時の親戚、使用人たちがそんなふうに話していたのが、子供の水無瀬さんの耳にも入ってきた、ということらしくて。──実際、それ以来、同居だった叔父さんの姿が見えなくなったということなので、子供心にも察するものがあったと、そうおっしゃってました。──小さな甥とよく遊んでくれる、優しい人だったということですがねぇ」

「そういうことだったんですか……」

家宝の皿と一緒に叔父さんも行方不明になったけど、真実は藪の中、ってことなのか。ただ、状況的に限りなく怪しいようだから、そう思われてしまったのも無理はないのかもしれない。蔵が騒いだからには、ものが外に持ち出されたのは確実なんだろうし……。

「……手癖の悪い<白浪>の人じゃなくて、自分の息子が引っ掛かるなんて、水無瀬さんのお祖父さんも考えもしなかったでしょうね」

どういう事情だったにしろ、次男が蔵から無断で皿を持ち出したのは事実なんだろうし。皮肉だなぁ。

「さすがに扉は閉めてたと思いますが、鍵はやっぱり開いてたんでしょうか……<白浪>の人を誘うためとはいえ、さすがに夜も開けたままっていうのは無用心なんじゃあ? 普通の(・・・)泥棒も入ったことあるってことですし」

「ええ。そこは僕も気になったんですが、何しろ、ほら、当時の水無瀬さんは子供というか、幼児といっていい年齢でしたからねぇ」

「……」

はっきりしたことはわからない、か。まあなぁ。そんな小さい子に、母屋どころか蔵の戸締りのことなんて、普通は教えるも何もないだろうしなぁ。

「覚えているのは、蔵の激しく軋む音と、夜の闇、そして怪しい燐光──。<白浪>絡みで、それまでに一度くらいはあの家鳴りを聞いたことがあるんじゃないですかと、僕も訊ねてみたんですよ。でもそういう記憶はないんだそうです」

その手の人たち(・・・・・・・)の受け入れは、わりとよくあることだったような印象ですけど……、そうでもないんでしょうか」

蔵の性質を利用した、お祖父さんの特別な(・・・)慈善活動(?)。

「僕もそう感じていたので、不思議に思いました。だから、お祖父様の覚書、転出入の日付をよく確認してみたんです。すると、水無瀬さんが産まれて以降の<白浪>付きの名前は、乳児の頃に時期をずらせて二人、事件当時に一人。──物心ついてからだと、やっぱりそれが家鳴りの初めての記憶ということになるようですね」

嫌な初めてだなぁ……、と思っただけのつもりだったのに、無意識に口にしてたらしい。本当にねぇ、と返事が返ってきた。

「特に、その頃の水無瀬さんは病弱で、熱が上がったり下がったり、具合のいい日のほうが少ないような状態で、そんなんだからか、よく怖い夢を見て魘されていたんだそうです。部屋の隅の暗がりに、お化けがいると大泣きしたり、天井から大きな目が睨んでると怯えたり。──子供の頃は、大人が何とも思わないちょっとしたことでも怖いものです。何でも屋さんも覚えがありませんか?」

「……明かりを見た後に目をつぶると見える、光の残像が怖かった記憶がありますね。そのままじっと見ていると、残像の輪郭が迫ってくるように見えたり」

弟と一緒の子供部屋の、寝る前に消した明かりの影がいつまでも目蓋の裏に残って、それが怖くて泣いた記憶がよみがえってきた。あの時は、弟も一緒に泣いていたっけな……。
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