第9話 双子のきょうだい 4

文字数 2,682文字

俺がつい尊敬の眼差しで見つめてしまったのに照れたのかな? 店主はすっと視線を逸らし、はぁ、と溜息をついた。

「天然……」

ぽつり、と呟く店主。何のこと? 訊ねたけど、

「いやいや、ふと『美しき天然』という曲を思い出して。それだけですよ」

そう答えてちょっとだけハミングしてくれた曲は、俺も聞いたことのあるものだった。サーカスとか、そういうので鳴ってたっけか。ジンタ、っていうんだっけ?

あれって何であんなにもの悲しいメロディなんだろうなぁ、なんてぼんやり考えてるところに、唐突に店主が言った。

「うちの店って、色んなものが置いてあるでしょう」

急に話題が変わったんで、俺はちょっと戸惑った。ここって古道具屋だし、うん。確かに色んなものがあるよな。そう思ってふと店主を見ると、彼は陳列棚を眺めている。自分の子供を見るような、愛おしそうな目で。

……俺には謎というか、正直、どれもこれもどこが良いのか分からないもんばかりだけど、店主にとっては愛着のある品々なんだろうなぁ。

「こういう店って、信用が第一なんですよ。うちはね、贋作を本物だなんて偽って売ったことは一度もありません。仕入れもね、たとえそれがどれだけ価値のある本物であっても、正統な手順を踏まないもの、つまり盗品であるならば、絶対に買いません」

盗品を買うところもありますが、そういう店は<故売屋>といってアンダーグラウンドな存在です、と店主は続ける。

「うちの店のように、真っ当な商売をしている古道具屋や古美術品店は、それなりの情報交換を行ってます。良い出物があったらしいとか、それをどこが仕入れたらしいとか、噂話程度のものですけどね。商売柄、お互いあまり手の内を見せたくはないですから。でも」

言葉を切った店主は、また吽形の狛犬の頭を撫でた。

「盗品の情報だけは違います。例えば、どこかの無住寺から本尊が盗まれた、とかいうような話は、すぐに伝わってきます。そういうものを、知らずに買ってしまったら困るので」

「そっか……盗品の売り買いは、犯罪ですもんね」

だよなぁ。下手すると手が後ろに回るもんな。
店主は俺の言葉に頷いている。

「盗品と知っていたにもかかわらず売買したら、罰せられますし、まともな店としての信用も失います。知らずに買った場合は、盗まれたものは元の持ち主に返さないといけませんから、買った分の代金を損することになる」

「それは痛いですよね……」

古道具とかジャパニーズ・アンティーク(?)な美術品て、高いだろうし。盗品掴まされるってことは、詐欺にあうのと同じってことだよなぁ。

「酷いのになると、道端のお地蔵さんを盗んで行くようなのもいますよ。ありふれたように見えても、作られてから二百年、三百年経ってるのなんてザラですからね」

「お、お地蔵さん?」

よほどの都会でないかぎり、道端なんかで普通に見かける、あのお地蔵さん? いや、都会でも、田舎ほど目に付かないだけで、昔からのものが必ずどこかにあるはずだ。そんなもん盗んでどうするんだ。バチ当たるだろ?

「万博とか、オリンピックとか、日本でそういう世界的なイベントがあったりすると、盗まれる頻度は確実に増しますね」

「どうしてです?」

ま、まさか外国人窃盗団、とか?

「そういったものに興味のある外国人に売れるからです。もちろん、彼らはそれがどこかから盗んでこられたものだなんて知りません。とにかく、<千年以上続く不思議の国・ニッポン>の、歴史あるものというだけで売れるので、地域の人に大切にされているようなお地蔵さんでも、盗まれてそのまま行方知れず、というものが沢山ありますよ」

ば、罰当たりどもめ!

「でも……お地蔵さんとか重いでしょうに、税関? 出国手荷物? なんていうのか分からないけど、そういうところで摘発されたりしないんですか?」

違法なやり方で、国外に持ち出すのは難しいのでは? そう思って店主の顔を見つめると、彼はすっと目を伏せた。

「その通りです、と言ってあげたいところですが……、実際にはなかなか難しいようです。船に積まれる寸前の貨物コンテナから見つかったようなこともありますが、そのまま海外に流出してしまうことも多い。それに──」

店主はやるせなさそうに肩を落とす。

「基本的に、人数が足りないんですよ。税関とか、入管とか。職員がいくら頑張っても、自ずから限界があります。そんな現状では、国内に持ち込まれる麻薬や、輸出入禁止の動植物、拳銃などの危険物の摘発で精一杯です」

最近は悪質なのが増えてるから、本当はそういう部門にこそ人を投入しないといけないはずなんですが、と店主は続ける。

「そういうふうに水際の守りを固めようとすると、必ず横槍が入るらしいんですよ。どこかから圧力がかかるらしいです」

「……バチが当たればいいのに」

思わずぼそっと呟くと、こともなげに店主は言った。

「ああ、たまに当たってますよ。盗まれた仏像や地蔵像を積んだ船が洋上で故障したり、沈んだり。そういう盗品を運んでたらしい個人所有の小型飛行機が落ちたり、ね」

故障したり、沈んだり、落ちたり……?
ひ~! 店主ってば、さらっと怖いことを。

「いや、そんな気を遣っていただかなくても。慰めるようなこと、無理に言ってもらわなくていいですから。あはは……」

嘘だと言って、夢だと言って、幻だよと、あなた。
だって、怖いじゃないか!

「え? 本当のことですよ? 単なる偶然かもしれないですけど。そうそう、いつだったか、某無住寺から本尊を盗み出して売り飛ばした男が、サイドブレーキを引いてなかった自分の車に、<偶然>はねられて死んだ、ということもありましたっけ。この業界ではわりと有名です」

ふつーの顔でふつーでないように思える怖い話をふつーに語る店主。
あんたも、怖いよ。背中のあたりがこう、ぞくっと……。

「そんな真っ青にならなくても。バチが当たればいいって言ったの、きみでしょ?」

「ええ、うん、まあ、その……そうですね」

言った。確かに言ったけど、実際聞くと怖いよ。
それでも、もし店主の言ったことが本当だとしたら……自業自得、だとは思う。

「またぁ。この店で一日店番しても平気な人が、今更何を怖がってるんですか」

俺の怯えようが面白いのか、店主は楽しそうに笑ってる。

でも、俺は楽しくないぞ。てか、それってどういう意味なんですか、慈恩堂店主さん!
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