第76話 秋の夜長のお月さま 14
文字数 2,164文字
「伯父は変わった力を持っていましてね……」
「ああ、いわゆる霊能力、とか?」
幽霊だの守護霊だのが見えるという、霊能者ってやつなのかと思ったけど、店主はそれはちょっと違うという。
「そう言っていいものかどうか──、伯父はね、骨董と仲良くなるのが得意なんです」
「仲良くっていうと、つまり、その、会話というか意思疎通をしているってことですか?」
昨日会った仙人めいた老人が、この店にあるような怪しい古道具たちと真夜中に談笑している光景を想像してしまった。和風のサバト的な。うーん、シュール。
「意思疎通というか、何なんでしょうね……手懐ける、という感じでしょうか。ああ、そうですね、例えばこういう人いませんか? するっと会話に入ってきて、雰囲気を盛り上げてその場にいる全員をいい気分にさせるような。それと似てるかな……」
人に対して手懐けるは違うけど、少なくともそういう人は嫌われないでしょう、と店主は言う。つまり、社交的な人? そう訊ねると、頷いた。
「ええ、古い道具に対して非常に社交的ですね。そう、例えば伯父がここに来ようものなら、店中が華やぎますよ。華やぐというか、ざわざわします。長年の友に会ったみたいに、ここにある古道具たちが喜びます」
伯父がいると普段と雰囲気が全然違いますよ、と言われて想像してみたけど──、箪笥が踊ったり、十二神将像が剣舞を舞ったり、火箸が絵に描かれた妖怪不知火たちと小皿たたいてチャンチキおけさだったりとか──やっぱり和風のサバトとしか思えない。……俺は絶対その場に立ち会いたくないな、うん。
「僕には『骨董の声は聞くな、聞こえても知らないふりをしておけ』と言うくせに、自分は聞き放題ですよ。……多分、影響を受けないからでしょうね」
どんなに脅されようと、どんなに哀れっぽく訴えられようと、それに影響されない図太い神経を伯父は持っているんです、という言葉に、俺はなんとなく店主の顔をじっと見つめてしまった。
「どうしました?」
「何でもないです……」
すっと眼を逸らす。
これまで俺以外まともに店番出来た人がいなかったというこの店に、朝から晩までずっと居て平気なばかりか、階段続きですぐ上の階に住んじゃってる、この人よりまだ伯父さんのほうが神経図太いのか……そうか……。
「古道具たちが喜ぶのは、声を聞いてもらえる、つまり、要望を聞いてもらえる、と期待するからです。聞こえない人には何を言っても無駄ですけど、聞こえるならば望みを言えば叶えてもらえるだろうと」
有権者に囲まれた政治家みたいなものです、と店主は例えてみせる。
「あれをしろ、これをして欲しい。もっと待遇を良くしろとか、あいつは嫌いだから排除しろとか、好きなことを言ってきます。要望を訴えて押し寄せる群集みたいなものだから、真ん中にいたら身動き取れません。そこで伯父はにこにこ愛想良く話を聞いてやるふりで、望みや願いを叶えると見せかけて丸め込んでしまいます。終いには、彼らの目から見て いつの間にかどこかに消えおおせる、という離れ業までやってのける」
アナログラジオの周波数を合わせたり、ずらせたりするようなものだと本人は簡単に言いますが、そんな芸当、僕には到底出来ません、と続けた。
「それで、何のためにそうやって古い道具たちから話を聞くのかというと、歴史書や記録、伝記小説にツッコミを入れるため、なんだそうです」
「つ、ツッコミ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。何故、ここでツッコミ?
「何々の乱で名を上げた武将は実は臆病者で、とか、昼行灯と呼ばれていた同心は、実は裏の稼業を持っていて……みたいな、暴露系というかゴシップですね。それを書画骨董古道具から聞こうというのが、まずおかしいと僕は思うんですよ」
「いや、俺もそう思いますよ!」
何でやねん、って俺がツッコミたいよ、店主の伯父さん。やってることは丸きりボケの役割だと思う。
「ですよね? 何でも屋さんだってそう思いますよね。でも本人曰く、ほんの細やかな趣味、なんだそうです。本や記録を読んだり、映画を観たりしながら、普通じゃない方法で知った事柄と比べつつ、その違いを愉しみながら北叟笑むと」
悪趣味だと思いませんか? と訊ねられて、もちろん俺は同意した。
「聞いたことをね、どこかに記録しておく、ということもないんです。出所が出所です、正式な記録には成り得ません。でも、人によってはそれなりに興味深いと思うんですが……。伯父はそれはしないというんです」
「どうしてですか?」
そういうのをまとめたら、歴史における聖書外典とか偽典的楽しみが出来そうなんだけど。
「自分だけが知っている、自分しか知り得ない。そういう優越感が心地よい、とか」
店主は、まことに嘆かわしい、といった表情をした。欧米人なら派手に肩を竦めていそうな感じ。
「……イイ性格ですね」
「本当に。我が伯父ながらイイ性格だと思います。」
子供の頃は面白い伯父さん、と思っていたんですけどね、と肩を落とす。
「昔話して聞かせてくれたお話の、五割くらいが古道具から聞いた話だったと知った時は、衝撃を受けたものですよ……」
「ああ、いわゆる霊能力、とか?」
幽霊だの守護霊だのが見えるという、霊能者ってやつなのかと思ったけど、店主はそれはちょっと違うという。
「そう言っていいものかどうか──、伯父はね、骨董と仲良くなるのが得意なんです」
「仲良くっていうと、つまり、その、会話というか意思疎通をしているってことですか?」
昨日会った仙人めいた老人が、この店にあるような怪しい古道具たちと真夜中に談笑している光景を想像してしまった。和風のサバト的な。うーん、シュール。
「意思疎通というか、何なんでしょうね……手懐ける、という感じでしょうか。ああ、そうですね、例えばこういう人いませんか? するっと会話に入ってきて、雰囲気を盛り上げてその場にいる全員をいい気分にさせるような。それと似てるかな……」
人に対して手懐けるは違うけど、少なくともそういう人は嫌われないでしょう、と店主は言う。つまり、社交的な人? そう訊ねると、頷いた。
「ええ、古い道具に対して非常に社交的ですね。そう、例えば伯父がここに来ようものなら、店中が華やぎますよ。華やぐというか、ざわざわします。長年の友に会ったみたいに、ここにある古道具たちが喜びます」
伯父がいると普段と雰囲気が全然違いますよ、と言われて想像してみたけど──、箪笥が踊ったり、十二神将像が剣舞を舞ったり、火箸が絵に描かれた妖怪不知火たちと小皿たたいてチャンチキおけさだったりとか──やっぱり和風のサバトとしか思えない。……俺は絶対その場に立ち会いたくないな、うん。
「僕には『骨董の声は聞くな、聞こえても知らないふりをしておけ』と言うくせに、自分は聞き放題ですよ。……多分、影響を受けないからでしょうね」
どんなに脅されようと、どんなに哀れっぽく訴えられようと、それに影響されない図太い神経を伯父は持っているんです、という言葉に、俺はなんとなく店主の顔をじっと見つめてしまった。
「どうしました?」
「何でもないです……」
すっと眼を逸らす。
これまで俺以外まともに店番出来た人がいなかったというこの店に、朝から晩までずっと居て平気なばかりか、階段続きですぐ上の階に住んじゃってる、この人よりまだ伯父さんのほうが神経図太いのか……そうか……。
「古道具たちが喜ぶのは、声を聞いてもらえる、つまり、要望を聞いてもらえる、と期待するからです。聞こえない人には何を言っても無駄ですけど、聞こえるならば望みを言えば叶えてもらえるだろうと」
有権者に囲まれた政治家みたいなものです、と店主は例えてみせる。
「あれをしろ、これをして欲しい。もっと待遇を良くしろとか、あいつは嫌いだから排除しろとか、好きなことを言ってきます。要望を訴えて押し寄せる群集みたいなものだから、真ん中にいたら身動き取れません。そこで伯父はにこにこ愛想良く話を聞いてやるふりで、望みや願いを叶えると見せかけて丸め込んでしまいます。終いには、
アナログラジオの周波数を合わせたり、ずらせたりするようなものだと本人は簡単に言いますが、そんな芸当、僕には到底出来ません、と続けた。
「それで、何のためにそうやって古い道具たちから話を聞くのかというと、歴史書や記録、伝記小説にツッコミを入れるため、なんだそうです」
「つ、ツッコミ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。何故、ここでツッコミ?
「何々の乱で名を上げた武将は実は臆病者で、とか、昼行灯と呼ばれていた同心は、実は裏の稼業を持っていて……みたいな、暴露系というかゴシップですね。それを書画骨董古道具から聞こうというのが、まずおかしいと僕は思うんですよ」
「いや、俺もそう思いますよ!」
何でやねん、って俺がツッコミたいよ、店主の伯父さん。やってることは丸きりボケの役割だと思う。
「ですよね? 何でも屋さんだってそう思いますよね。でも本人曰く、ほんの細やかな趣味、なんだそうです。本や記録を読んだり、映画を観たりしながら、普通じゃない方法で知った事柄と比べつつ、その違いを愉しみながら北叟笑むと」
悪趣味だと思いませんか? と訊ねられて、もちろん俺は同意した。
「聞いたことをね、どこかに記録しておく、ということもないんです。出所が出所です、正式な記録には成り得ません。でも、人によってはそれなりに興味深いと思うんですが……。伯父はそれはしないというんです」
「どうしてですか?」
そういうのをまとめたら、歴史における聖書外典とか偽典的楽しみが出来そうなんだけど。
「自分だけが知っている、自分しか知り得ない。そういう優越感が心地よい、とか」
店主は、まことに嘆かわしい、といった表情をした。欧米人なら派手に肩を竦めていそうな感じ。
「……イイ性格ですね」
「本当に。我が伯父ながらイイ性格だと思います。」
子供の頃は面白い伯父さん、と思っていたんですけどね、と肩を落とす。
「昔話して聞かせてくれたお話の、五割くらいが古道具から聞いた話だったと知った時は、衝撃を受けたものですよ……」