第179話 寄木細工のオルゴール 17
文字数 2,312文字
「……」
本人が納得するまで、どうにもならない証明なんだなぁ……。北京ダックはともかく、無いことを有るって決め付けられちゃあ、誰だってたまったもんじゃないよ、と何となく憮然とした気持ちでいたら。
「ねえ、何でも屋さん。箱って、ロマンがあると思いませんか?」
また突然そんなことを言う。
「綺麗な箱。わかりやすくいえば、佐久間式ドロップ缶なんかもそうです。──宝石みたいな飴の入っていた箱は、中身が無くなってもそのまま夢が詰まっているように思えて、大切にしたものだと、昔、伯父は語っていましたねぇ……ひとつだけ残しておいて、時々振って名残りの夢を愉しんだとも……そんな可愛い時代もあったらしいのに、今のあの人は空いた缶の中に何を入れているやら……」
話しているうちに少しうつむいて、物憂い溜息を吐いた真久部さんは、すみません、伯父は今関係ありませんでした、と謝る。え、いや別に、とかもごもご答える俺、ご本人を知ってるだけに何とも言いようがない。
「そう、箱の話です。空っぽの、箱」
咳払いする。気を取り直したか、またいつもの笑みを浮かべてくれた。それでホッとする俺……。まあ、落ち込んでいるより、そんなふうに微笑んでくれてるほうが真久部さんらしいと思うよ! 怪しいけど! と、思ってたら、にっと唇の端を吊り上げて……。ひっ!
「綺麗な、あるいはどこか意味ありげな箱。蓋を開ければ中に何も無いことがわかってはいても、捨てるのが惜しいような、そんな箱に出会ったことはないですか?」
にーっこりと笑ってそんなふうにたずねられたので、俺は慌てて記憶の底を浚ってみた。
「そうですね……そういう箱は、母が取っておいたりしましたね。何を入れるわけでもないのに、何故か捨てがたそうで。造りのしっかりしてる大きな箱をもらって、弟と一緒に当時の宝物を入れたり、してました……そう、道で拾った綺麗な小石とか、ガチャガチャで出したミニフィギュア、ビー玉、学校で流行っていたカード……」
小さい箱に蟷螂の卵を入れておいたりして、弟と二人して叱られたこともあったなぁ。俺たちの学習机のあたりに子蟷螂がわらわらと大量発生して……あいつら、ちっちゃくて可愛いんだけど、母には大不評だった。虫は怖いの嫌いなの! と涙目で叱られたから、素直にごめんなさいしたっけ。ああ、そういえば他にも……。
「拾ったクヌギとか団栗を入れておいたら、白い虫が涌いててびっくりしたことがありました……」
どれも穴なんか開いてない、きれいなツヤツヤの実だったのに、何でそんなもんが涌いてきたのか子供心に謎だった。でも、母が見たらまた泣きそうだと思ったから、弟と二人で近所の公園に捨てに行ったんだっけなぁ。箱はゴミ箱に捨てた。
「──箱って、うっかり何を入れたか忘れてしまうから、気をつけないといけないんですよね。たまに母が溜まった箱を処分するときも、いちいち中身を開けて確認してから捨ててました。中が見えないから、下手に捨てて、後から何か小さいものを失ったとき、もしかしたらあの箱の中に入れてたかも……って思うのが嫌だって、そう言って……」
父が、畳んで捨てればそんな心配いらないじゃないか、って言って、そのたび四隅をカッターで切って畳んでたな。缶のときはしょうがなかったけど、気になるなら蓋を開けたまま捨てればいいよ、って。──でも、箱は、捨てるにしても蓋を開けたままにしとくのがどうしても落ち着かないって、母は中を確認したあとは閉めて、すぐ袋に詰めてたっけ。
「何が入ってるか、入っていないかわからない。あれを入れようか、どれを入れようか悩む……そういう意味ではロマンがありますね」
「箱というのは、そういうものです」
真久部さんはうなずいた。自分の言いたいことを俺が理解したのがわかったのか、満足そうだ。
「蓋を空ければ、簡単に1か0かわかる。開けなければわからない。でも、箱にはもうひとつ愉しみ方がある。──入っているかもしれない、という可能性。それ自体を楽しむ、というね」
敢えて蓋を開けない、という愉しみ方、かぁ。
「わからないでもないですね。なんというか……そう、やっぱりロマンですねぇ……」
そうでしょう、と真久部さんは微笑む。
「歴代のこのオルゴールの持ち主も、いろんな愉しみ方をしたと思うんですよ。開けることが出来た人はそれを誇り、これは難しい箱なんだぞ、開けてみろ、と客に自慢したかもしれない。その客も開けられたかもしれないし、開けられなくて降参したかもしれない……これは初期の頃でしょうけど」
……変なオプション が付く前のことだね。
「何も入ってない空箱なのを知っていて、どんな大切なものを入れておこうかとあれこれ想像して愉しんだ人もいるでしょうし、実際入れた人もいるかもしれない。開けられはしなくても、中には天国への鍵が入ってる、だからただの人間には開けられないんだ、という空想を愉しんだ人もいるかもしれない」
「徳川の埋蔵金の地図が入ってるんだ! なんてのもありそうですね」
そんなもん無いんだろうけど、あったら楽しそう。──うん、そう思えるだけでこの開かずの箱にも価値があるかも。貫禄、あるもんな、真久部さんの言うとおり。どっしりと鷹揚に構えた御大尽かご隠居……たしかにそんな感じ。ちょっと得体の知れないところがあって、普段はにこにこしてるけど、怒ると怖い、みたいな。
「そう。空想の中で、色んなものを入れたり、入ってることにして、そんな想像を人にも話したかもしれない。聞いたほうも、へえ、そうなんですか、で終わるようなことをです。──ねえ、何でも屋さん。実はこの中には、うちの金庫の鍵が入ってるんですよ」
本人が納得するまで、どうにもならない証明なんだなぁ……。北京ダックはともかく、無いことを有るって決め付けられちゃあ、誰だってたまったもんじゃないよ、と何となく憮然とした気持ちでいたら。
「ねえ、何でも屋さん。箱って、ロマンがあると思いませんか?」
また突然そんなことを言う。
「綺麗な箱。わかりやすくいえば、佐久間式ドロップ缶なんかもそうです。──宝石みたいな飴の入っていた箱は、中身が無くなってもそのまま夢が詰まっているように思えて、大切にしたものだと、昔、伯父は語っていましたねぇ……ひとつだけ残しておいて、時々振って名残りの夢を愉しんだとも……そんな可愛い時代もあったらしいのに、今のあの人は空いた缶の中に何を入れているやら……」
話しているうちに少しうつむいて、物憂い溜息を吐いた真久部さんは、すみません、伯父は今関係ありませんでした、と謝る。え、いや別に、とかもごもご答える俺、ご本人を知ってるだけに何とも言いようがない。
「そう、箱の話です。空っぽの、箱」
咳払いする。気を取り直したか、またいつもの笑みを浮かべてくれた。それでホッとする俺……。まあ、落ち込んでいるより、そんなふうに微笑んでくれてるほうが真久部さんらしいと思うよ! 怪しいけど! と、思ってたら、にっと唇の端を吊り上げて……。ひっ!
「綺麗な、あるいはどこか意味ありげな箱。蓋を開ければ中に何も無いことがわかってはいても、捨てるのが惜しいような、そんな箱に出会ったことはないですか?」
にーっこりと笑ってそんなふうにたずねられたので、俺は慌てて記憶の底を浚ってみた。
「そうですね……そういう箱は、母が取っておいたりしましたね。何を入れるわけでもないのに、何故か捨てがたそうで。造りのしっかりしてる大きな箱をもらって、弟と一緒に当時の宝物を入れたり、してました……そう、道で拾った綺麗な小石とか、ガチャガチャで出したミニフィギュア、ビー玉、学校で流行っていたカード……」
小さい箱に蟷螂の卵を入れておいたりして、弟と二人して叱られたこともあったなぁ。俺たちの学習机のあたりに子蟷螂がわらわらと大量発生して……あいつら、ちっちゃくて可愛いんだけど、母には大不評だった。虫は怖いの嫌いなの! と涙目で叱られたから、素直にごめんなさいしたっけ。ああ、そういえば他にも……。
「拾ったクヌギとか団栗を入れておいたら、白い虫が涌いててびっくりしたことがありました……」
どれも穴なんか開いてない、きれいなツヤツヤの実だったのに、何でそんなもんが涌いてきたのか子供心に謎だった。でも、母が見たらまた泣きそうだと思ったから、弟と二人で近所の公園に捨てに行ったんだっけなぁ。箱はゴミ箱に捨てた。
「──箱って、うっかり何を入れたか忘れてしまうから、気をつけないといけないんですよね。たまに母が溜まった箱を処分するときも、いちいち中身を開けて確認してから捨ててました。中が見えないから、下手に捨てて、後から何か小さいものを失ったとき、もしかしたらあの箱の中に入れてたかも……って思うのが嫌だって、そう言って……」
父が、畳んで捨てればそんな心配いらないじゃないか、って言って、そのたび四隅をカッターで切って畳んでたな。缶のときはしょうがなかったけど、気になるなら蓋を開けたまま捨てればいいよ、って。──でも、箱は、捨てるにしても蓋を開けたままにしとくのがどうしても落ち着かないって、母は中を確認したあとは閉めて、すぐ袋に詰めてたっけ。
「何が入ってるか、入っていないかわからない。あれを入れようか、どれを入れようか悩む……そういう意味ではロマンがありますね」
「箱というのは、そういうものです」
真久部さんはうなずいた。自分の言いたいことを俺が理解したのがわかったのか、満足そうだ。
「蓋を空ければ、簡単に1か0かわかる。開けなければわからない。でも、箱にはもうひとつ愉しみ方がある。──入っているかもしれない、という可能性。それ自体を楽しむ、というね」
敢えて蓋を開けない、という愉しみ方、かぁ。
「わからないでもないですね。なんというか……そう、やっぱりロマンですねぇ……」
そうでしょう、と真久部さんは微笑む。
「歴代のこのオルゴールの持ち主も、いろんな愉しみ方をしたと思うんですよ。開けることが出来た人はそれを誇り、これは難しい箱なんだぞ、開けてみろ、と客に自慢したかもしれない。その客も開けられたかもしれないし、開けられなくて降参したかもしれない……これは初期の頃でしょうけど」
……
「何も入ってない空箱なのを知っていて、どんな大切なものを入れておこうかとあれこれ想像して愉しんだ人もいるでしょうし、実際入れた人もいるかもしれない。開けられはしなくても、中には天国への鍵が入ってる、だからただの人間には開けられないんだ、という空想を愉しんだ人もいるかもしれない」
「徳川の埋蔵金の地図が入ってるんだ! なんてのもありそうですね」
そんなもん無いんだろうけど、あったら楽しそう。──うん、そう思えるだけでこの開かずの箱にも価値があるかも。貫禄、あるもんな、真久部さんの言うとおり。どっしりと鷹揚に構えた御大尽かご隠居……たしかにそんな感じ。ちょっと得体の知れないところがあって、普段はにこにこしてるけど、怒ると怖い、みたいな。
「そう。空想の中で、色んなものを入れたり、入ってることにして、そんな想像を人にも話したかもしれない。聞いたほうも、へえ、そうなんですか、で終わるようなことをです。──ねえ、何でも屋さん。実はこの中には、うちの金庫の鍵が入ってるんですよ」