第187話 寄木細工のオルゴール 25
文字数 2,022文字
「……十万円に釣られたんでしたっけ。十二歳といえば小学六年生か中一でしょう? どうしてそんな大金を欲しがったんでしょうね」
まだ親掛かりの子供が必要とするような金額に思えないんだけど。
「清美さん、アイドルの追っかけしてたみたいですよ」
微妙な笑みで、真久部さん。俺は思わず目を丸くしてしまった。
「アイドル? そりゃそのくらいの年にもなればアイドルのファンになるくらいわかるけど……。追っかけですか……」
追っかけるには、お金と暇がいると、とある顧客が言っていた。その人は某人気アイドル・グループのファンクラブに入ってるらしいんだけど、年会費やコンサートチケット代、CDや写真集、その他グッズにお金がかかるから、とても追っかけなんてする金銭的余裕はない、って話だった。時間の余裕もないけどね、と給料は良くても、けっこうブラックな職場らしい彼はうつろに笑ってたけど。
「……」
今日店に来たあの女性が十二歳の頃というと、今とはまた事情が違うだろうけど、それにしても、普通の子供のお小遣いで済まないことは確かだな……。
「先代椋西さんも、ファンはいいけど子供のくせに追っかけみたいな真似はやめろ、と常々言っていたし、奥様も、外聞が悪いし勉強を疎かにするのはよろしくない、とお小遣いを制限していた矢先のことだったそうです。お年玉を使い尽くしたあとは、いつの間にか塾や習い事の月謝を使い込むようになったらしくて……」
「うわあ……」
考えなしの子供のお金の使い方、怖い。
「そんなこんなで、十万円は魅力だったんでしょう。その年で末恐ろしい話だと、僕も……とはいえ、僕が話しを聞いた当時で、既に三十年も昔のことでしたから、清美さんももう結婚して子供もいる年でしたが。──まあ、要領良く生きてきたようですね」
先代も、もう昔話だとおっしゃってたし、と真久部さんは小さく溜息をついた。
「こんな話も、僕がこの道具を同業の先輩から仕入れたのがきっかけでね。開かない鳴らないオルゴールの話を聞かなければ、先代も思い出さなかったでしょう。転がし方の写しを捨てていなかったのは、いつかまた似たようなものに出会ったとき、参考にするつもりだったということでした」
「写し、持っててくださってよかったですね」
それがなかったら、鳴ることもできなかっただろうから、コレにとっても、真久部さんにとっても、運が良かったと思いますと言うと、それは本当に、とうなずいて、先を続ける。
「男の話に戻りますけど、家に出入りしている者が子供を唆して泥棒紛いのことをやらせたとなると、さすがに許せるものじゃありません。だから恩人にも話を通した上で、お前にはもう二度とうちの敷居を跨がせない、と先代は男に言い渡したそうです。オルゴールも絶対お前には譲らない、と」
「……」
「男も、自分を紹介してくれた先代の恩人から、研究熱心はいいけれど、そんな形で他人のものを手に入れようというのはけしからん、と叱責されたのもあり、椋西家からは足が遠のいたそうですが、先代が行く先々に現れて、あのオルゴールを自分に譲って欲しいと、相変わらずしつこかったらしいです。──その執着心がだんだん怖くなって、仕方なく同好の士である友人に譲ることにしたんだと、先代はおっしゃってましたっけ」
ちょうどその頃、空き巣に入られた、ということですけどね、と胡散臭い笑みを見せる。
「手文庫に現金など、他にも金目のものがあったにもかかわらず、何も取っていかなかったそうですよ」
「それって……」
俺の表情を見て、真久部さんはうなずいた。
「犯人はその男だろう、と先代もおっしゃってました。一応通報はしたけれど、何も取られてなかったし、証拠もなしに何も言えないので、現場検証に来た警察には黙っていたそうだけどね。オルゴールを仕舞っていた抽斗の鍵は、開いていたらしいよ。男は自分でも合鍵を持っていたんでしょう。でも既に友人に譲ってしまったあとのことだったので、それだけは良かったと、笑ってらっしゃいましたが」
「でも、今度はその譲った先に現れたんでしたね」
凄いよなぁ……。何がオルゴールの秘密箱の中に入ってると思い込んでたんだろう。その男にしかわからないことなんだろうけど……。
「ええ。男にその友人のことを話したことはなかったそうですが……。先代椋西さんの手にオルゴールがあると突き止めたときのように、どうにかして嗅ぎ付けたんだろうね。民俗学を研究する学者の卵として、そちら系の交友関係は広かったそうだし──礼儀正しく人当たりのいい青年だったということだから、普通にしていれば年配の気難しい方々にも嫌われることはなかったでしょうね」
普通にしていれば、かぁ。
「まるでコレに取り憑かれていたみたいですね……」
「コレは取り憑いた覚えはないでしょうよ」
オルゴールを見ながら、真久部さんは微妙に口の端を歪める。
「男が取り憑かれていたのは、妄想だよ。祓いようのない、自ら作り出した妄想」
まだ親掛かりの子供が必要とするような金額に思えないんだけど。
「清美さん、アイドルの追っかけしてたみたいですよ」
微妙な笑みで、真久部さん。俺は思わず目を丸くしてしまった。
「アイドル? そりゃそのくらいの年にもなればアイドルのファンになるくらいわかるけど……。追っかけですか……」
追っかけるには、お金と暇がいると、とある顧客が言っていた。その人は某人気アイドル・グループのファンクラブに入ってるらしいんだけど、年会費やコンサートチケット代、CDや写真集、その他グッズにお金がかかるから、とても追っかけなんてする金銭的余裕はない、って話だった。時間の余裕もないけどね、と給料は良くても、けっこうブラックな職場らしい彼はうつろに笑ってたけど。
「……」
今日店に来たあの女性が十二歳の頃というと、今とはまた事情が違うだろうけど、それにしても、普通の子供のお小遣いで済まないことは確かだな……。
「先代椋西さんも、ファンはいいけど子供のくせに追っかけみたいな真似はやめろ、と常々言っていたし、奥様も、外聞が悪いし勉強を疎かにするのはよろしくない、とお小遣いを制限していた矢先のことだったそうです。お年玉を使い尽くしたあとは、いつの間にか塾や習い事の月謝を使い込むようになったらしくて……」
「うわあ……」
考えなしの子供のお金の使い方、怖い。
「そんなこんなで、十万円は魅力だったんでしょう。その年で末恐ろしい話だと、僕も……とはいえ、僕が話しを聞いた当時で、既に三十年も昔のことでしたから、清美さんももう結婚して子供もいる年でしたが。──まあ、要領良く生きてきたようですね」
先代も、もう昔話だとおっしゃってたし、と真久部さんは小さく溜息をついた。
「こんな話も、僕がこの道具を同業の先輩から仕入れたのがきっかけでね。開かない鳴らないオルゴールの話を聞かなければ、先代も思い出さなかったでしょう。転がし方の写しを捨てていなかったのは、いつかまた似たようなものに出会ったとき、参考にするつもりだったということでした」
「写し、持っててくださってよかったですね」
それがなかったら、鳴ることもできなかっただろうから、コレにとっても、真久部さんにとっても、運が良かったと思いますと言うと、それは本当に、とうなずいて、先を続ける。
「男の話に戻りますけど、家に出入りしている者が子供を唆して泥棒紛いのことをやらせたとなると、さすがに許せるものじゃありません。だから恩人にも話を通した上で、お前にはもう二度とうちの敷居を跨がせない、と先代は男に言い渡したそうです。オルゴールも絶対お前には譲らない、と」
「……」
「男も、自分を紹介してくれた先代の恩人から、研究熱心はいいけれど、そんな形で他人のものを手に入れようというのはけしからん、と叱責されたのもあり、椋西家からは足が遠のいたそうですが、先代が行く先々に現れて、あのオルゴールを自分に譲って欲しいと、相変わらずしつこかったらしいです。──その執着心がだんだん怖くなって、仕方なく同好の士である友人に譲ることにしたんだと、先代はおっしゃってましたっけ」
ちょうどその頃、空き巣に入られた、ということですけどね、と胡散臭い笑みを見せる。
「手文庫に現金など、他にも金目のものがあったにもかかわらず、何も取っていかなかったそうですよ」
「それって……」
俺の表情を見て、真久部さんはうなずいた。
「犯人はその男だろう、と先代もおっしゃってました。一応通報はしたけれど、何も取られてなかったし、証拠もなしに何も言えないので、現場検証に来た警察には黙っていたそうだけどね。オルゴールを仕舞っていた抽斗の鍵は、開いていたらしいよ。男は自分でも合鍵を持っていたんでしょう。でも既に友人に譲ってしまったあとのことだったので、それだけは良かったと、笑ってらっしゃいましたが」
「でも、今度はその譲った先に現れたんでしたね」
凄いよなぁ……。何がオルゴールの秘密箱の中に入ってると思い込んでたんだろう。その男にしかわからないことなんだろうけど……。
「ええ。男にその友人のことを話したことはなかったそうですが……。先代椋西さんの手にオルゴールがあると突き止めたときのように、どうにかして嗅ぎ付けたんだろうね。民俗学を研究する学者の卵として、そちら系の交友関係は広かったそうだし──礼儀正しく人当たりのいい青年だったということだから、普通にしていれば年配の気難しい方々にも嫌われることはなかったでしょうね」
普通にしていれば、かぁ。
「まるでコレに取り憑かれていたみたいですね……」
「コレは取り憑いた覚えはないでしょうよ」
オルゴールを見ながら、真久部さんは微妙に口の端を歪める。
「男が取り憑かれていたのは、妄想だよ。祓いようのない、自ら作り出した妄想」