第307話 藤花の季節 2
文字数 2,219文字
「ば、バイトのバックレって、どこでもたまに聞きますよね」
あはは~、と笑っておく。──『堂々と居眠りしてた』って。そんなこと、一体誰 から聞いたんですか、なんてたずねたりしない。店番を置いたというなら、店主は出掛けてたんだろうし。店番以外は無人のはず……。
「あー、ところで、真久部さん? 今日お店に来られるってこと、こっちの真久部さんはご存知なんですか?」
たずねる笑顔が失敗してないことを祈りつつ、俺は心で叫ぶ。──真久部さん、お店に伯父さんが来てますよ~! 知ってたら、早く帰ってきて!! てか、伯父さんがいるなら、今日はここの店番いらないじゃないですか!
「知るわけないよ。連絡してないもの」
しれっと、真久部の伯父さん。
「今日は大きな骨董市があるから。あの子、きっと何でも屋さんに店番頼んで出掛けてると思ってね。あの子好みの出物もあるみたいだし」
「そ、そうなんですか」
なら、何で来ちゃったのかな? まさか──。
「お、俺に何か御用だったんでしょうか……?」
恐る恐るたずねてみる。聞きたくなかったけど、≪日常のちょっとしたご不便、お困りごとを何でもお申しつけください!≫をキャッチフレーズに、何でも屋という仕事を生業 にしている身としては、聞かないわけにもいかず……。
「うん? 何でも屋さんの顔は見たかったかなぁ? 久しぶりに」
意味ありげにニヤリと笑ってみせるから、俺は内心慄いた。
「あの、俺、今日は体調が悪くて……」
だから、お地蔵さんの依り代やらせるとか、迷い家なラーメン屋使って、この世でないような場所に連れて行ったりするとか、やめてください。お願いだから。
「そうかい? 体調がねぇ。ああ、だからさっき魘されてたのかな?」
「魘されて……?」
そうだった、何か怖い夢を見てたんだ。一面の紫、意識を絡め取られるような芳香が、強く、濃く香り立って──。
……
……
……俺は……どうやら、ぼんやりしていたらしい。伯父さんが、俺の座っている帳場 までお茶を運んでくれるまで、気づかなかった。思わず恐縮してしまう。
「すみません!」
「いやいや、私だってたまには、何でも屋さんを接待しないとねぇ?」
胡散臭い笑み。でも、他意はないはず、たぶん。
「接待なんて、あはは。ありがとうございます。いただきます……」
甥っ子の真久部さんが淹れてくれるのとそっくり同じ、煎茶の味と香り。美味だ。こういう甘みのあるお茶には、落雁とかの干菓子が合う。こりこり噛んで楽しい、色とりどりの金平糖も──
──ん? これは何かって? お菓子だよ。お星さまみたいだろう、こんぺいとうっていうんだ。
食べてみる? ほら……。あまい? うん、甘いね。おいしい? それはよかった。
「何でも屋さん?」
「え?」
あれ? 俺は今、何を? 目の前には中身の減った茶碗と、いつの間にか置かれた銘々皿。そこには星くずをばらまいたように金平糖がいくつか転がっていて、そして俺は。
「あれ?」
指先にひとつ、そのちっちゃい星の粒を摘んでいた。何で? ……お茶は飲んでた記憶ある。
「急に菓子盆を開けて取り分け始めるから、私にくれるのかと思ったら……」
俺の戸惑いをよそに、伯父さんは微妙な笑みを浮かべている。
「そ っ ち だったのか。ああ、いいことしたねぇ、喜んでるよ。──ん? お日さまの味がする? あったかい味かぁ。そうかい、よかったな」
「……」
俺の位置からは見えない、帳場机の下のほうに目をやって。誰としゃべってるのかな、真久部の伯父さん……。
「まあ、きみは、眠っていても人が好いってことさ、何でも屋さん。だからここの道具たちにも好かれてる。そのせいでよく眠 ら せ ら れ て る みたいだけど──害はないよ。気にせず眠るといい」
そのほうが彼らもうれしいだろうし、と伯父さんは怪しく笑うけど、俺は笑えない。ここで店番してると高確率で眠くなるけど、それってやっぱり、何か常ならぬ現象……?
……
……
「いやあ、ダメですよねぇ! 仕事中に寝ちゃうなんて、俺、プロ意識低すぎて、何でも屋失格かも。もっと精進しないといけませんよね。あははは」
我ながら、笑い声が白々しい。そんな俺に伯父さんは、古猫を通り越して猫又になったみたいな、怪しく謎めいた笑みを見せる。
「ふふ。そう言いなさんな。ここの店番は遊び相手も兼ねてるからねぇ。何でも屋さんはよく遊んでくれるから」
遊び相手って何? とは聞けない俺に、本当にきみはこの店向きだと、猫がちょちょいと鼠をいたぶるように、そのままの笑顔で俺を追い詰めてくる。
「何でも屋さんはさぁ、起きてると常識に縛られるみたいだから。彼 ら の 声 を聞きながら相手できるくらいになったら、怖がることもなくなると思うけどなぁ」
私のように、と、まるで悪い遊びに誘うように。
「いやあ、はは……。俺ってホント、常識大好きなつまらない人間で。でも、怖いものを怖いってわからないほうが怖いっていうか。平凡が一番! なんて思っちゃいます、あははは」
甥っ子には「骨董の声を聞いてはいけない」とか言ってるらしいのに、何で俺には勧めるんだ、このヒトは。
「……あの子と同じことを言うねぇ」
ほんの少しだけ、伯父さんは不思議な表情になる。どこか困ったみたいな、うれしそうな、寂しいみたいな……? 複雑な表情が入り混じる、甥っ子と同じ黒褐色と榛色のオッドアイ。「だからあの子と気が合うのかな」なんて呟いてるけど、俺って、店主の真久部さんと気が合ってるのかな……?
あはは~、と笑っておく。──『堂々と居眠りしてた』って。そんなこと、一体
「あー、ところで、真久部さん? 今日お店に来られるってこと、こっちの真久部さんはご存知なんですか?」
たずねる笑顔が失敗してないことを祈りつつ、俺は心で叫ぶ。──真久部さん、お店に伯父さんが来てますよ~! 知ってたら、早く帰ってきて!! てか、伯父さんがいるなら、今日はここの店番いらないじゃないですか!
「知るわけないよ。連絡してないもの」
しれっと、真久部の伯父さん。
「今日は大きな骨董市があるから。あの子、きっと何でも屋さんに店番頼んで出掛けてると思ってね。あの子好みの出物もあるみたいだし」
「そ、そうなんですか」
なら、何で来ちゃったのかな? まさか──。
「お、俺に何か御用だったんでしょうか……?」
恐る恐るたずねてみる。聞きたくなかったけど、≪日常のちょっとしたご不便、お困りごとを何でもお申しつけください!≫をキャッチフレーズに、何でも屋という仕事を
「うん? 何でも屋さんの顔は見たかったかなぁ? 久しぶりに」
意味ありげにニヤリと笑ってみせるから、俺は内心慄いた。
「あの、俺、今日は体調が悪くて……」
だから、お地蔵さんの依り代やらせるとか、迷い家なラーメン屋使って、この世でないような場所に連れて行ったりするとか、やめてください。お願いだから。
「そうかい? 体調がねぇ。ああ、だからさっき魘されてたのかな?」
「魘されて……?」
そうだった、何か怖い夢を見てたんだ。一面の紫、意識を絡め取られるような芳香が、強く、濃く香り立って──。
……
……
……俺は……どうやら、ぼんやりしていたらしい。伯父さんが、俺の座っている
「すみません!」
「いやいや、私だってたまには、何でも屋さんを接待しないとねぇ?」
胡散臭い笑み。でも、他意はないはず、たぶん。
「接待なんて、あはは。ありがとうございます。いただきます……」
甥っ子の真久部さんが淹れてくれるのとそっくり同じ、煎茶の味と香り。美味だ。こういう甘みのあるお茶には、落雁とかの干菓子が合う。こりこり噛んで楽しい、色とりどりの金平糖も──
──ん? これは何かって? お菓子だよ。お星さまみたいだろう、こんぺいとうっていうんだ。
食べてみる? ほら……。あまい? うん、甘いね。おいしい? それはよかった。
「何でも屋さん?」
「え?」
あれ? 俺は今、何を? 目の前には中身の減った茶碗と、いつの間にか置かれた銘々皿。そこには星くずをばらまいたように金平糖がいくつか転がっていて、そして俺は。
「あれ?」
指先にひとつ、そのちっちゃい星の粒を摘んでいた。何で? ……お茶は飲んでた記憶ある。
「急に菓子盆を開けて取り分け始めるから、私にくれるのかと思ったら……」
俺の戸惑いをよそに、伯父さんは微妙な笑みを浮かべている。
「
「……」
俺の位置からは見えない、帳場机の下のほうに目をやって。誰としゃべってるのかな、真久部の伯父さん……。
「まあ、きみは、眠っていても人が好いってことさ、何でも屋さん。だからここの道具たちにも好かれてる。そのせいでよく
そのほうが彼らもうれしいだろうし、と伯父さんは怪しく笑うけど、俺は笑えない。ここで店番してると高確率で眠くなるけど、それってやっぱり、何か常ならぬ現象……?
……
……
「いやあ、ダメですよねぇ! 仕事中に寝ちゃうなんて、俺、プロ意識低すぎて、何でも屋失格かも。もっと精進しないといけませんよね。あははは」
我ながら、笑い声が白々しい。そんな俺に伯父さんは、古猫を通り越して猫又になったみたいな、怪しく謎めいた笑みを見せる。
「ふふ。そう言いなさんな。ここの店番は遊び相手も兼ねてるからねぇ。何でも屋さんはよく遊んでくれるから」
遊び相手って何? とは聞けない俺に、本当にきみはこの店向きだと、猫がちょちょいと鼠をいたぶるように、そのままの笑顔で俺を追い詰めてくる。
「何でも屋さんはさぁ、起きてると常識に縛られるみたいだから。
私のように、と、まるで悪い遊びに誘うように。
「いやあ、はは……。俺ってホント、常識大好きなつまらない人間で。でも、怖いものを怖いってわからないほうが怖いっていうか。平凡が一番! なんて思っちゃいます、あははは」
甥っ子には「骨董の声を聞いてはいけない」とか言ってるらしいのに、何で俺には勧めるんだ、このヒトは。
「……あの子と同じことを言うねぇ」
ほんの少しだけ、伯父さんは不思議な表情になる。どこか困ったみたいな、うれしそうな、寂しいみたいな……? 複雑な表情が入り混じる、甥っ子と同じ黒褐色と榛色のオッドアイ。「だからあの子と気が合うのかな」なんて呟いてるけど、俺って、店主の真久部さんと気が合ってるのかな……?