第121話 鳴神月の呪物 12

文字数 1,740文字

たとえば、『桃太郎』だ。

桃太郎は鬼の子で、鬼と呼ばれていたのは実は日本に流れてきた某民俗の失われた十支族であったとか、犬、猿、雉は暗号名(コードネーム)で、彼らは鬼ヶ島の頭領の忠実な部下であり、何者かに拐われて行方不明だった桃太郎を必死に捜していたのだとか、その頭領が桃太郎の母親だったとか。

彼らに連れられて桃太郎が鬼ヶ島に帰ってみると、母の腹心だった父が野心を持って反乱を起こしており、桃太郎は犬、猿、雉とともに母を助けて反逆者の父を討ったのだとか。その後、自分を拾って育ててくれた恩人であるお爺さんとお婆さんに宝の入った(アーク)と、鬼ヶ島にしか生えていなかった不老長寿の実の成る桃の木を贈ったとか……。

そんな改変なんだか創作なんだか分からないような昔話を伯父から聞かされて育ち、他の子に話して嘘つき呼ばわりされたことや、存在しない島の名前を訊ねて先生に笑われたことを思い出すと、今でも泣きたくなってくる──。

「……」

小さく息を吐き、子供の頃のトラウマを心の奥に押し込めて、真久部は先を続けた。

「──伯父は、瓢箪と駒の根付から聞いた(・・・)と言っていました」

「ひょうたん?」

瓢箪から駒? と彼は呟いている。真久部は、かつて自分も伯父にそう聞き返したことを思い出した。

その時は、「この諺には<あり得ないことが起こる>とか<嘘から出た(まこと)>とかいう意味があるから、術師的な洒落か、縁起かつぎで瓢箪に駒の根付を付けていたんじゃないか」と軽く答えられ、妙に納得したものだ。

「実はその二つ、老人が吸い込まれる瞬間、運よく腰から外れてその場に取り残されたんだそうです。人里離れた場所からどうやって朽ちずに今に残れたのかというと、烏に頼んで運んでもらったと。街道に転がしてもらって、旅人に拾わせたのだとかいうんですがね」

「……」

「力のある術師の持ち物です、百年経たなくても付喪神に成っていたようですね。術に使われることもあったというし、その段階で普通のモノではなくなっていたんでしょう──今はどこのコレクターの元にあるのやら」

「真久部さん……それって、大丈夫(・・・)なやつなんですか?」

「さあ……? 伯父が知り合いに譲ったと聞いて、それっきりなので」

どこかの古道具屋に並んでいるか、ネット販売でもされてるかもしれませんね、と言うと、彼が身震いした。

いや、でも、うちの店で店番出来る何でも屋さんなら、もしその瓢箪と駒に出会ったってきっと何とも無いです大丈夫ですよと真久部は宥めようとしたが──、間接的に店を怖がらせることになるだけだと思い、止めておいた。

「伯父の聞いた話によると、正直な男の立っていた場所に、何かが降ってきたのは確かだそうです。ただ、それは隕石でも鉄隕石でもなくて、ほかならぬ老人自身だったのだとか」

「へ?」

親方~、空から老人が、などと何かのセリフを捩りながら、いやいやシュールにもほどが、と混乱する彼に、そんな幻想的にふわふわ落ちてきたわけじゃないですよ、と真久部は否定する。

「正確には、老人だったはずのモノ、です。虚ろなる故に強大な力を持つ“真なる空”が、焦点を結んだその一瞬、老人は吸い込まれて形成し直されたんですよ、呪物の中の呪物、硬く凝縮された呪いの中心核として」

「えーと……チョコレートの中のアーモンド、になったみたいな?」

彼のたとえに力が抜けそうになった真久部だが、何とか堪え、まあ、そんなような感じです、と肯定しておいた。

「老人の計算では、呪物に吸い込まれて形成し直されるとしたら、それは正直な男のほうだったはずなんだけどね。けれど都合の良いはずの“真っ直ぐな糸”は、老人の思惑に反してほんの少しも歪むことは無く──、言ったでしょう、正直者はそうと侮る者に対して、本人も知らないうちに反撃すると。老人は自分基準の計算が狂って、したたかにしてやられたわけですよ。道具だったはずの男にね」

「何ていうか……無欲の勝利?」

どこか唖然とした様子で呟いている彼に、真久部は教えてやった。

「何でも屋さんだって、同じように反撃してるじゃないですか」
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