第138話 鳴神月の護り刀 7
文字数 2,031文字
「その手?」
って、何だろう? なんかすごく難しい顔で考え込んでるみたいだけど……。
ぼーっとその様子を見ていたら、また古時計たちがばらばらに時を刻む音が耳に響いてきた。何でそうお互いの音の隙間を盗み合うように、連続してチチチクタタタクって……サスペンスっぽくこの場の雰囲気盛り上げてる──?
なぁんて、まさかね。はぁ。この慈恩堂の店内にいると、俺も妙な影響を受けちゃうのかなぁ? だって、真久部さんの手の中で、柄の麒麟がじたばた暴れてるみたいに見える。御釈迦様の掌の上の孫悟空みたいに……。
「……」
いやー、気のせい気のせい、と視線を外そうとしたら。
「何でも屋さん」
「へ?」
手のひらに、ひやっとした金属の感触。びっくりして見てみると、銀の麒麟と眼が合った。真久部さんから渡されていたらしい。いつの間に……。
「チキリを握って、刃を出してください」
「え?」
どうしてですか、と訊ねたのに、大丈夫、もう勝手に手を傷つけたりするようなことはないから、と答えになってない答が返ってくる。眼で急かされて、俺はゆっくりと刃を開いた。うーん、やっぱり物騒だな、この日本刀みたいなぎらつく刃紋。凄く……切れそうです……。
「名前を付けてください」
「名前?」
この、麒麟の肥後守に?
「えっと……この、彫り込まれてる幻の生き物の名前じゃダメなんですか?」
わざと遠回しに言ったのは、いま<麒麟>と言葉にすると、その名前になっちゃいそうな感じがしたからだ。そういうことには気をつけないといけない、と前にここで聞いたことがある。俺の言い回しを褒めるように眼だけでちょっと微笑んでみせてから、真久部さんは首を振った。
「ダメです。見たまんま、そいつは今までずっとそう呼ばれてきたせいで、よけい驕っているところがあるんだ。だから違う名前がいいんですよ」
麒麟って、たしか偉い生き物? だったっけ。神聖で、瑞獣で……。まあ、他に呼びようがないからなぁ。俺も心の中で「麒麟の肥後守」って呼んでるし。けど……。
「俺が名付けるんで、いいんですか?」
何で俺? 疑問に思うも、真久部さんは「きみが名付けなければ意味がない」と言う。
「さあ、名付けを」
さあ、って言われてもな……。刀の名前って、思い浮かぶのは妖刀村正とか、備前長船とか……、二つ胴とか三つ胴とかいうのは切れ味の話だっけ。怖いな……。
プライドが高いらしいから、あんまりしょぼいのにしたら恨まれそう。小さくても日本刀っぽいんだし……。えっと、強い名前は良くないかもしれないけど、本人? がどう思っていようとしょせんミニサイズなんだから、名前だけでもカッコよくしてやったら……。そう、伝説の、鬼を切ったというあの──。
鬼切丸、と言ったつもりだった。なのに。ぐっとチキリを握る右手と、さっき食べたお握りがなんか頭の中でリンクして──。
「おにぎりまる!」
気づいたら、そう言葉にしてた。
瞬間。鋭い刃を収納するための柄に彫られた麒麟が、え? という顔をした。で、しなしなっと萎びた感じに……。
「え?」
思わず眼を上げて真久部さんを見ると。
「……」
「真久部さん?」
なんか、片手で口元押さえながら肩震わせてるけど……。どうしたんですか、と訊ねる前に、ぶーっと吹きだした。
「さすが、何でも屋さん。最高……!」
ウケてる。え?
「御握丸 って。それの名が御握丸って」
珍しい、真久部さんの大爆笑。
「これまで数々の悪行を働いた“麒麟の守”が。使い手の指を落としたり足を切ったり眼を突いたり頚動脈かっさばいたりした、あの“麒麟の守”が。“御握丸”って!」
「……」
腹を抱えて笑ってる真久部さん。そのわりに、なんか怖いこと言ってない?
「あ、あのー、真久部さん……?」
もう返していい? この“御握丸”。
「ああ、頚動脈の人は辛うじて助かったから、大丈夫だよ、何でも屋さん。人死には出てないから安心して」
笑いすぎて目に涙までためてる。──右手に握った肥後守、俺うっかり命名の“御握丸”は、笑われたせいなのか? だいぶ精気が薄れた……ように見える。なんか傷ついてる?
だけど、そんなエピソード? 聞いたら、もう持ってるの怖いよ。刃紋のぎらつきも、さっきより落ち着いたように見えるけど……。
「いや、大丈夫とか言われても──もう、返しますね、これ」
「返さなくていいです。それはもうきみのものだ」
きりっとした顔で笑い涙をぬぐう真久部さん。でもまだ唇が震えてるけど。
「な、何でですか?」
「だって。きみが主 になったから」
へ?
「その肥後守、通称“麒麟の守”は、今この瞬間“御握丸”となり、きみの護り刀となりました」
「……何で?」
もう、訳がわからなすぎて、何で? しか言えないよ!
って、何だろう? なんかすごく難しい顔で考え込んでるみたいだけど……。
ぼーっとその様子を見ていたら、また古時計たちがばらばらに時を刻む音が耳に響いてきた。何でそうお互いの音の隙間を盗み合うように、連続してチチチクタタタクって……サスペンスっぽくこの場の雰囲気盛り上げてる──?
なぁんて、まさかね。はぁ。この慈恩堂の店内にいると、俺も妙な影響を受けちゃうのかなぁ? だって、真久部さんの手の中で、柄の麒麟がじたばた暴れてるみたいに見える。御釈迦様の掌の上の孫悟空みたいに……。
「……」
いやー、気のせい気のせい、と視線を外そうとしたら。
「何でも屋さん」
「へ?」
手のひらに、ひやっとした金属の感触。びっくりして見てみると、銀の麒麟と眼が合った。真久部さんから渡されていたらしい。いつの間に……。
「チキリを握って、刃を出してください」
「え?」
どうしてですか、と訊ねたのに、大丈夫、もう勝手に手を傷つけたりするようなことはないから、と答えになってない答が返ってくる。眼で急かされて、俺はゆっくりと刃を開いた。うーん、やっぱり物騒だな、この日本刀みたいなぎらつく刃紋。凄く……切れそうです……。
「名前を付けてください」
「名前?」
この、麒麟の肥後守に?
「えっと……この、彫り込まれてる幻の生き物の名前じゃダメなんですか?」
わざと遠回しに言ったのは、いま<麒麟>と言葉にすると、その名前になっちゃいそうな感じがしたからだ。そういうことには気をつけないといけない、と前にここで聞いたことがある。俺の言い回しを褒めるように眼だけでちょっと微笑んでみせてから、真久部さんは首を振った。
「ダメです。見たまんま、そいつは今までずっとそう呼ばれてきたせいで、よけい驕っているところがあるんだ。だから違う名前がいいんですよ」
麒麟って、たしか偉い生き物? だったっけ。神聖で、瑞獣で……。まあ、他に呼びようがないからなぁ。俺も心の中で「麒麟の肥後守」って呼んでるし。けど……。
「俺が名付けるんで、いいんですか?」
何で俺? 疑問に思うも、真久部さんは「きみが名付けなければ意味がない」と言う。
「さあ、名付けを」
さあ、って言われてもな……。刀の名前って、思い浮かぶのは妖刀村正とか、備前長船とか……、二つ胴とか三つ胴とかいうのは切れ味の話だっけ。怖いな……。
プライドが高いらしいから、あんまりしょぼいのにしたら恨まれそう。小さくても日本刀っぽいんだし……。えっと、強い名前は良くないかもしれないけど、本人? がどう思っていようとしょせんミニサイズなんだから、名前だけでもカッコよくしてやったら……。そう、伝説の、鬼を切ったというあの──。
鬼切丸、と言ったつもりだった。なのに。ぐっとチキリを握る右手と、さっき食べたお握りがなんか頭の中でリンクして──。
「おにぎりまる!」
気づいたら、そう言葉にしてた。
瞬間。鋭い刃を収納するための柄に彫られた麒麟が、え? という顔をした。で、しなしなっと萎びた感じに……。
「え?」
思わず眼を上げて真久部さんを見ると。
「……」
「真久部さん?」
なんか、片手で口元押さえながら肩震わせてるけど……。どうしたんですか、と訊ねる前に、ぶーっと吹きだした。
「さすが、何でも屋さん。最高……!」
ウケてる。え?
「
珍しい、真久部さんの大爆笑。
「これまで数々の悪行を働いた“麒麟の守”が。使い手の指を落としたり足を切ったり眼を突いたり頚動脈かっさばいたりした、あの“麒麟の守”が。“御握丸”って!」
「……」
腹を抱えて笑ってる真久部さん。そのわりに、なんか怖いこと言ってない?
「あ、あのー、真久部さん……?」
もう返していい? この“御握丸”。
「ああ、頚動脈の人は辛うじて助かったから、大丈夫だよ、何でも屋さん。人死には出てないから安心して」
笑いすぎて目に涙までためてる。──右手に握った肥後守、俺うっかり命名の“御握丸”は、笑われたせいなのか? だいぶ精気が薄れた……ように見える。なんか傷ついてる?
だけど、そんなエピソード? 聞いたら、もう持ってるの怖いよ。刃紋のぎらつきも、さっきより落ち着いたように見えるけど……。
「いや、大丈夫とか言われても──もう、返しますね、これ」
「返さなくていいです。それはもうきみのものだ」
きりっとした顔で笑い涙をぬぐう真久部さん。でもまだ唇が震えてるけど。
「な、何でですか?」
「だって。きみが
へ?
「その肥後守、通称“麒麟の守”は、今この瞬間“御握丸”となり、きみの護り刀となりました」
「……何で?」
もう、訳がわからなすぎて、何で? しか言えないよ!