第94話 お地蔵様もたまには怒る 13
文字数 2,363文字
「……違うんですか?」
奉納したあのフリル付き涎掛けって、GPSが仕掛けてあったんだよね? さっきそう言ったじゃないですか、真久部さん。
「それは、その……間違いでは無いんですが……」
何だか煮え切らないなぁ。──ん? そういえば。
「今日は伯父さんの行いについて謝りたい、ってことだったんですよね? うっかり忘れてたけど……」
ちゃぶ台の上の、豪勢なアフタヌーンティーセットを見る。
薫り高い紅茶の代わりに、薫り高い煎茶の入った花柄のティーカップ、三段重ねのティースタンドには、下から順にケーキにスコーン、チーズマフィン、それときゅうりのサンドイッチ。しょっぱいものも必要だと考えたか、個包装のえび満月だのアラレだのも、別皿に盛ってさりげなく添えてある。
これって真久部さんのお詫びの品みたいだけど、ここまでして謝罪しないといけないことって、何だろう──? それを意識すると、十九世紀イングランドの本物アンティーク、その銀の輝きに落ち着かない気分になる。
さっきからの話からすると、昨日俺が伯父さんに頼まれたのって、お地蔵様の防犯対策の、その手伝いってだけのことだろ、単純に。
そりゃあさ、確かにGPSのことは教えられなかったよ? でもそういうの、知ってる人間は少ない方がいいっていうのは俺にだって分かるんだ。情報のエキスパート、<風見鶏>だってきっと同じことを言うはず。
「どうしてですか? 別に謝る必要も無いと思うんですけど。身近なお地蔵様から泥棒対策、いいことじゃないですか──」
取り分け皿の齧りかけきゅうりサンドは、とりあえず食べてしまおうか。うん、マーガリンじゃなくてバターを使ったサンドイッチは美味いよね。ごめんよ、銀色ティースタンド様。君の存在を忘れてたわけじゃないんだよ。やっぱり茶道具がいいと、茶菓子もいっそう美味しそうに見えるよね!
眼の端でキラリと光る銀の輝きを、努めて無視しながらゆっくり味わい、やや冷めたお茶を飲み干す。返事が無いのでふと見ると、じっとそのティースタンドを見つめて考え込む様子の真久部さん。──まさか、そこに妖精さんか何かが憑いてるってことは無いよね?
それにしてもホント、真久部さんたら何をそんなに悩んでるんだろう? 手の届く範囲から始める石像石仏盗難予防に、伯父さんも協力してるんだと思ったんだけど……、違うのかな。
「昨日の伯父のアレは、防犯というか、防衛というか──、もっとこう、攻めてる感じの、ね……」
言いにくそうに語り出すけど、あまり聞いたことのない言い回しに引っ掛かる。
「攻めてる防犯……? 捕まえるってことですか?」
何じゃそれ。俺、預かった涎掛けを掛けてきただけなんだけど。あと、置いて来るようにって言われたのは、石で出来たただの小さな茶碗。そんなもんで泥棒を捕まえられるわけがない。
なのに、真久部さんは首を振る。
「どちらかと言うと、過剰防衛に近いかもしれません。──むしろ、罠というべきか……」
罠? どういうこと?
「伯父は本当に、何でも屋さんに大変な仕事をさせたんです」
「え? でも……」
俺、そんな恐ろしげなことさせられた覚え、無いんだけど。ちょっと近所のお地蔵様に涎掛けを奉納してきただけだよ? それが大変だっていうなら、去年の夏、真久部さん経由で竜田さんから依頼された四つの祠巡りのほうがよっぽど怖かったし、大変だった。遠かったしさ。
だいたい、慈恩堂絡みの仕事はいつも怪しいんだよ。前に頼まれた届け物とかもさあ……。
「君は多分、いつも僕が君にお願いする仕事とどこが違うんだと思ってるでしょうけど」
うっ。俺の心読まれちゃってる?
「根本的に違うんです。こんなこと言うと言い訳だと思われるかもしれないけど、僕が何でも屋さんにお願いするような仕事は、基本的に害が無い……君にも、骨董にも」
ちょっと気味が悪いだけでしょう? そう言われても、正直に頷いていいものやら。社会人としての常識に悩んでいる間にも話は続く。
「例えば、昨年の祠守り代理です。あれは本来何も起こらないはずでした。何十年とあの四つの祠のお世話をしていた竜田さんだって、ずっと無事だったんだから当然です。祠守りの代替わりのイベントに巻き込まれたのは不運だったけど、仮にあの時、例の佐保くんが失敗したとしても、君は大丈夫だったはずなんだ」
え? 四つの祠を頂点として線で結んだセーフティーゾーンに入らなくても、俺はコンキンさんにヤられなかった、ってこと?
「そこに入っていた方が確実だってだけだの話だよ。きれいに丁寧に清掃して、きちんと決められた通りのお供えをして手を合わせた。それで護ってもらえないはず、ないでしょう? 無礼だった佐保くんはどうだったか分かりませんが」
四つの祠のあるあの辺りには、何か“悪いモノ”が居るらしい。名前を口にするのも憚られるのか、真久部さんも“アレ”としか呼ばない。出てきた時の音から、俺はコンキンさんて呼んでるけど。
それを目覚めさせるというか、呼んでしまう鍵のひとつが、「大きな音を立てること」だった。いま話に出てる佐保という青年は、改造車を乗り回し、やたらめったら五月蝿いエンジン音を響かせていたせいで、その“悪いモノ”を呼んでしまったんだ。
「はっきり言ってしまうと、佐保くんだけだったら、彼は無事では済まなかったでしょう。お祖母さんのお守りのぶん、命だけは助かったかもしれない。でも、魂は持って行かれただろうね」
ひぃぃぃぃ!
「礼儀正しく距離を保ち、決まりごとを守っていれば、何も怖いことは無い。君はそれが出来る人だから、僕も安心して仕事を頼めるんです」
奉納したあのフリル付き涎掛けって、GPSが仕掛けてあったんだよね? さっきそう言ったじゃないですか、真久部さん。
「それは、その……間違いでは無いんですが……」
何だか煮え切らないなぁ。──ん? そういえば。
「今日は伯父さんの行いについて謝りたい、ってことだったんですよね? うっかり忘れてたけど……」
ちゃぶ台の上の、豪勢なアフタヌーンティーセットを見る。
薫り高い紅茶の代わりに、薫り高い煎茶の入った花柄のティーカップ、三段重ねのティースタンドには、下から順にケーキにスコーン、チーズマフィン、それときゅうりのサンドイッチ。しょっぱいものも必要だと考えたか、個包装のえび満月だのアラレだのも、別皿に盛ってさりげなく添えてある。
これって真久部さんのお詫びの品みたいだけど、ここまでして謝罪しないといけないことって、何だろう──? それを意識すると、十九世紀イングランドの本物アンティーク、その銀の輝きに落ち着かない気分になる。
さっきからの話からすると、昨日俺が伯父さんに頼まれたのって、お地蔵様の防犯対策の、その手伝いってだけのことだろ、単純に。
そりゃあさ、確かにGPSのことは教えられなかったよ? でもそういうの、知ってる人間は少ない方がいいっていうのは俺にだって分かるんだ。情報のエキスパート、<風見鶏>だってきっと同じことを言うはず。
「どうしてですか? 別に謝る必要も無いと思うんですけど。身近なお地蔵様から泥棒対策、いいことじゃないですか──」
取り分け皿の齧りかけきゅうりサンドは、とりあえず食べてしまおうか。うん、マーガリンじゃなくてバターを使ったサンドイッチは美味いよね。ごめんよ、銀色ティースタンド様。君の存在を忘れてたわけじゃないんだよ。やっぱり茶道具がいいと、茶菓子もいっそう美味しそうに見えるよね!
眼の端でキラリと光る銀の輝きを、努めて無視しながらゆっくり味わい、やや冷めたお茶を飲み干す。返事が無いのでふと見ると、じっとそのティースタンドを見つめて考え込む様子の真久部さん。──まさか、そこに妖精さんか何かが憑いてるってことは無いよね?
それにしてもホント、真久部さんたら何をそんなに悩んでるんだろう? 手の届く範囲から始める石像石仏盗難予防に、伯父さんも協力してるんだと思ったんだけど……、違うのかな。
「昨日の伯父のアレは、防犯というか、防衛というか──、もっとこう、攻めてる感じの、ね……」
言いにくそうに語り出すけど、あまり聞いたことのない言い回しに引っ掛かる。
「攻めてる防犯……? 捕まえるってことですか?」
何じゃそれ。俺、預かった涎掛けを掛けてきただけなんだけど。あと、置いて来るようにって言われたのは、石で出来たただの小さな茶碗。そんなもんで泥棒を捕まえられるわけがない。
なのに、真久部さんは首を振る。
「どちらかと言うと、過剰防衛に近いかもしれません。──むしろ、罠というべきか……」
罠? どういうこと?
「伯父は本当に、何でも屋さんに大変な仕事をさせたんです」
「え? でも……」
俺、そんな恐ろしげなことさせられた覚え、無いんだけど。ちょっと近所のお地蔵様に涎掛けを奉納してきただけだよ? それが大変だっていうなら、去年の夏、真久部さん経由で竜田さんから依頼された四つの祠巡りのほうがよっぽど怖かったし、大変だった。遠かったしさ。
だいたい、慈恩堂絡みの仕事はいつも怪しいんだよ。前に頼まれた届け物とかもさあ……。
「君は多分、いつも僕が君にお願いする仕事とどこが違うんだと思ってるでしょうけど」
うっ。俺の心読まれちゃってる?
「根本的に違うんです。こんなこと言うと言い訳だと思われるかもしれないけど、僕が何でも屋さんにお願いするような仕事は、基本的に害が無い……君にも、骨董にも」
ちょっと気味が悪いだけでしょう? そう言われても、正直に頷いていいものやら。社会人としての常識に悩んでいる間にも話は続く。
「例えば、昨年の祠守り代理です。あれは本来何も起こらないはずでした。何十年とあの四つの祠のお世話をしていた竜田さんだって、ずっと無事だったんだから当然です。祠守りの代替わりのイベントに巻き込まれたのは不運だったけど、仮にあの時、例の佐保くんが失敗したとしても、君は大丈夫だったはずなんだ」
え? 四つの祠を頂点として線で結んだセーフティーゾーンに入らなくても、俺はコンキンさんにヤられなかった、ってこと?
「そこに入っていた方が確実だってだけだの話だよ。きれいに丁寧に清掃して、きちんと決められた通りのお供えをして手を合わせた。それで護ってもらえないはず、ないでしょう? 無礼だった佐保くんはどうだったか分かりませんが」
四つの祠のあるあの辺りには、何か“悪いモノ”が居るらしい。名前を口にするのも憚られるのか、真久部さんも“アレ”としか呼ばない。出てきた時の音から、俺はコンキンさんて呼んでるけど。
それを目覚めさせるというか、呼んでしまう鍵のひとつが、「大きな音を立てること」だった。いま話に出てる佐保という青年は、改造車を乗り回し、やたらめったら五月蝿いエンジン音を響かせていたせいで、その“悪いモノ”を呼んでしまったんだ。
「はっきり言ってしまうと、佐保くんだけだったら、彼は無事では済まなかったでしょう。お祖母さんのお守りのぶん、命だけは助かったかもしれない。でも、魂は持って行かれただろうね」
ひぃぃぃぃ!
「礼儀正しく距離を保ち、決まりごとを守っていれば、何も怖いことは無い。君はそれが出来る人だから、僕も安心して仕事を頼めるんです」