第272話 蔵での作業開始! 

文字数 2,539文字













「……冷えますね、何でも屋さん」

ぶるっと震えて、真久部さんが溜息を吐く。

「そりゃ、冬ですし。下手な暖房を入れるわけにもいかないんだから、寒いに決まってるじゃないですか」

俺と真久部さんは、ただいま蔵の中。お茶やお菓子をいただいているあいだに、ようやく照明機器が届いたので、暖かい部屋から出て、気合を入れて仕事を始めたところ。梱包ほどくの、けっこう大変だったよ。

「真久部さんたら寒がりなのに。無理してつき合ってくださらなくても」

段ボールインデックスで分けた最初のエリア、その一番端から箱を持ちあげながら俺は言った。──うーん、これって大きさのわりに軽いけど、中身は何だろ。

「そうなんですけどね……」

なんとなく歯切れの悪い真久部さん。そりゃ、中のもの、俺が撮影するついでに鑑定してもらったら一石二鳥だけど、このヒト、本当に寒がりなんだよ。いや、俺だって寒いけど、さっきしるこドリンクでリセットしたし。カイロ、腰だけだったけど、背中にも貼ったし。

真久部さんにも、貼ってください、って予備を渡そうとしたんだけど、貼るタイプは着物が傷むからと残念そうに断られた。肌着に貼っちゃうと低温火傷が怖いしなぁ……。

曖昧に微笑む真久部さん、弱ったように続ける。

「帰っても、伯父の相手をしないといけないと思うとねぇ……」

あー……。

「しかも、せっかく来たんだから何でも屋さんの顔も見たいなぁ、とか言ってるし」

髪も眉毛も真っ白な、お洒落な仙人みたいな真久部の伯父さんが、ニコニコしながら俺を手招きしちゃってるのが頭に浮かんでしまった。

「そ、それはその、あはは……」

笑ってごまかすしかない。俺、今日だってここが終わってから、犬の散歩とか子供の塾お迎えとかまだまだ仕事あるし。真久部さん、それわかってるからガード? してくれてるのかな……。伯父さんがその気(?)になったら、なんでか入ってた依頼が全部先方の都合で(パパがお迎え行けるようになったとか、家族の誰かが犬を散歩に連れて行ったとか)キャンセルされてしまうから……。
 
「これを近くに置いておけば、大丈夫とは思うんですが」

言いながら、印伝の和装バッグの中からピーチネクターを取り出した。ピーチ……桃……魔除け……。

「あははは……」

甥の真久部さんよりずっと得体のしれない、どこか不気味に妖怪めいたところのある伯父さんだから、それ(魔除け)に関しては何もコメントできない。だって、実際効いたことがあったし……うん、あのときは効いたんだと思う。真久部さんに任せて逃げちゃったからわからないけど。

「まあ、僕も動いていれば身体も温まると思うので、お手伝いさせてください」

真久部さんは懐から(たすき)を取り出した。今日は最初からそのつもりでいてくれたのか……羽織を脱ぎ、襷の端をくわえてささっと邪魔な袖を(から)げてしまう。背中に出来た見事なバッテン──。あ、そうだ!

「真久部さん、薄いハンカチ持ってませんか? いま俺の持ってるのハンドタオルなんで、出来れば薄いのがいいんです」

「ハンカチなら袂に……」

「あー襷掛けしちゃいましたもんね。んー、ハンドタオルでもいけるかな」

いや、解いてもすぐ掛け直せます、というをまあまあ、となだめながら後ろを向いてもらい、襷のバッテンの内側にハンドタオルを当て、そのままバッテンの上からカイロを貼る。もちろん、すぐあったまるように揉んでおいた。

「これだと着物も傷まないし、イケると思うんですよ」

襷からはみ出た粘着面はタオルでガード。着衣の上からだから、間に挟む布は薄いほうが熱が伝わりやすいと思うけど、ハンドタオルでもまあいいんじゃないかな。

「……なるほど。これはいいですね」

ちょっと明るい顔になる。

「もうひとつ、シールは剥がさないで帯の腰のところに挟んでみたらどうでしょう?」

「ありがとうございます」

カイロを受け取りつつ、何でも屋さんは臨機応変に工夫ができてすごいですね、と怪しくない笑みを見せてくれるけど。

真久部さんが風邪なんか引いちゃったら、慈恩堂の店番誰がやるのかって話なんだよ……。出来れば俺、あんまりやりたくない……。それに頼まれても、今週は予定の調整をしてもちょっと難しいんだ。真久部の伯父さんなら何日でも代わりに店番できるだろうけど、そのあいだの真久部さんの心労が──。

だいたい真久部さん、いったん風邪引くと普段の頑丈さが嘘みたいに酷くなっちゃうみたいだからさ。以前、ヘルプを受けて看病したことあるけど、キツそうだった。そのくせ、病院嫌がるし……。

要は、体調を崩されるといろいろ厄介ってことなんだけど。

「……どういたしまして。そういえば、この段ボールインデックスのテープ。金魚柄が元に戻ってますけど、結局どういうことだったんですか?」

せっかくいいように思ってくれてるんだからと──、曖昧にするつもりでうっかりキケンな話題に踏み出してしまった。

「ああ、その件についてはまだ話してなかったですね」

古い木製の踏み台に乗り、撮影用背景のために用意した白いシーツを衣桁に広げつつ、振り返った真久部さんがにっこり笑う。うう、俺のバカ……。

「あれはねぇ。ほら、長持に貼ってあった御札がはがれてしまいましたよね? それはたまたま経年劣化だったんでしょうし、仕方がなかったと思うんですが、同時にふわっと目覚めかけた招き猫が自分の力を取り戻そうと……というか、まあ、とにかく空腹だったんだろうね、近場で一番弱い魚、つまりテープの柄としてそこにあった金魚たちを食べてしまったんですよ」

アレの力は小さくなっていたので、そういう弱いものしか受け付けられなくなっていたんです、と続ける。──病み上がりのお粥みたいな扱いだったの? テープの金魚柄。

「……」

今は戻ってる、黄色地に赤と黒の金魚たち。──なんとなく、ぴっちぴち。

「ちょっとだけ力が出て、蓋を動かしたまではいいけれど、それ以上は家神様の御力で抑えられているから、どうにもできなかったはずなんだよ。でも、異変を感じた水無瀬さんと二人して、蓋を完全に開けてしまったじゃないですか」

「う……」

「ずっと頭を押さえつけていた封印、つまり家宝の皿を通した家神様の監視と力から逃れられた招き猫が、もっと空腹を満たそうとして──」
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