第99話 お地蔵様もたまには怒る 18
文字数 2,062文字
「丑の刻参りをしよう、なんていう人間は皆、間違いなく悪い“気”を纏っているものです。普通の木はそんなものを好まないから嫌がるし、怒りの念は藁人形を打ち込んだ人間に行くものだけど、如何物食いの桜の木は、どうやらその悪い“気”を好んでいたようでね。そういう気質の者を引き寄せて、自分に呪いの人形と五寸釘を打ち込ませて喜んでいたわけです」
そんなつまらないお八つの好みのせいで伐り倒されてたら世話が無い、と真久部さんは呆れたように言うけど……、それってオヤツで片付けていいものなの……?
「その木を呪いに使った人はきっと、気分がすっきりして呪いたい相手のことなんかどうでも良くなったはずだよ、持っていた悪い“気”を全て吸い取られて。伯父が切り倒されたその桜の木を一部譲り受けて鯉の形に造らせたのは、何だかんだ言ってはいるけど、鯉が悪食だからだろうね。」
伯父はその性 を見抜いたのだと、真久部さんは言った。桜より、鯉に生まれるべきだったのだと。
「鯉の形を与えてからますます悪食に拍車が掛かって、木だった頃よりもっとアクティブに色々 食べるようになったそうだけど、ちょっと油断すると、道ですれ違った人の“気”まで摘み食いするから困る、と伯父は笑ってました」
う。俺、昨日その悪食さん に会った(?)んだけど、俺の“気”も摘み食いされちゃったり……? だから昨日はあんなに身体が重かったのかなぁ? まさかと思いたいけど、でも──。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ、何でも屋さん。アレが好むのは、悪い“気”だけだから。例えば、そう、憎しみをどろどろ滾らせて、相手を殴ってやろうか刺してやろうか、行動するにしろしないにしろ、ある意味苦しい思いをしている人間の発するものとかね」
「そ、そうなんですか」
「もちろん、もっと好きなのは悪人の“気”に決まってますけど。根っからの詐欺師とか、快楽殺人犯とその予備軍とかね。犯罪者じゃなくても、いつでも誰かを陥れたい悲しむ顔苦しむ顔悔しがる顔を見るのが面白い大好き、みたいな人間の“気”も大好物。そういうのはもう**に近いから“気”どころか心ごとぱっくりいけちゃう」
その一部聞こえない辺りは聞かないこととして、それって──。
「人の心を食べるなんて、まるで手妻地蔵様がずっと相手にしてきたあの“悪いモノ”みたいじゃないですか」
道に惑わせ、誘き寄せ、心を喰らい結果的に人を死に至らしめる、“悪いモノ”。記憶に残る、闇より昏い這い寄る混沌──。
「だって、アレはソレと同じ種類のものだもの」
なんてことも無さそうに言うけど、怖いよ、真久部さん! どっちも同じ**ですよ、ってそこ聞こえないんだってば、聞きたくもないけどさ……。
「お、伯父さんはいつもそんなもの身に着けて歩いてるんですか? いくらなんでもご本人だって危ないんじゃ──」
伯父さん、悪人とは思わないけど、愉快犯的なとこは絶対あるから──、そこはどうなの? 喰われたり、しないの?
「アレはね、伯父がなだめてあやして上手く転がしてるから心配いりません。伯父自身**と似たところがあって、だから親和性があるというか……影響を受けないようだし」
あの人の心配をするなんて、何でも屋さんは本当にいい人ですね、と生温かい眼で見られてしまった。何でだよ! 普通、心配するだろ、知り合いが危ないことしてたら。
っていうか、親和性って何よ……?
「本当に、得体の知れない人ですね──」
そういう不気味な人とはあまり係わり合いになりたくな……、ちらっと真久部さんを見る。謎の微笑みを返される。
「僕と同じでね?」
悪戯っぽく笑う。
「いや、その。今のは真久部さんのことじゃなくて、伯父さんの……すみません!」
よそ様の伯父さんを貶すようなことを、俺ってば何て失礼な──。あわあわしていると、真久部さんのほうが困ったような顔になった。
「何でも屋さんの謝ることじゃないよ。悪いのは伯父や僕みたいな人間のほうなんだし。ちょっとピンボケにどこかへズレた日常なんて、普通の人にはお呼びじゃないんだから」
でも、僕は伯父ほど好奇心旺盛でもないし、あそこまで冷酷にもなれない、と真久部さんは溜息を吐く。
「悪人とはいえ人の心を、アレに喰わそうと企てるとはね。いくら**に近いようなものに成り下がってはいても、まだ生きているのに。──喰われた者は“悪いモノ”に喰われた人と同じように、生ける屍になってしまうんだから……」
生ける屍、死して屍、どっちが不幸? それはやっぱり──。
「誰も拾ってくれないかもしれない、抜け殻になった身体はともかく、いくら悪人とはいえ、魂が地獄にすら行けないのはねぇ……さすがに可哀想だと僕は思うんだけど」
生ける屍のほうに軍配上がっちゃう?
「でもまあ、今回の泥棒は手妻地蔵様のお陰で助かったかな。直接地獄へ連れて行ってもらったみたいだし」
そんなつまらないお八つの好みのせいで伐り倒されてたら世話が無い、と真久部さんは呆れたように言うけど……、それってオヤツで片付けていいものなの……?
「その木を呪いに使った人はきっと、気分がすっきりして呪いたい相手のことなんかどうでも良くなったはずだよ、持っていた悪い“気”を全て吸い取られて。伯父が切り倒されたその桜の木を一部譲り受けて鯉の形に造らせたのは、何だかんだ言ってはいるけど、鯉が悪食だからだろうね。」
伯父はその
「鯉の形を与えてからますます悪食に拍車が掛かって、木だった頃よりもっとアクティブに
う。俺、昨日その
「そんな顔しなくても大丈夫だよ、何でも屋さん。アレが好むのは、悪い“気”だけだから。例えば、そう、憎しみをどろどろ滾らせて、相手を殴ってやろうか刺してやろうか、行動するにしろしないにしろ、ある意味苦しい思いをしている人間の発するものとかね」
「そ、そうなんですか」
「もちろん、もっと好きなのは悪人の“気”に決まってますけど。根っからの詐欺師とか、快楽殺人犯とその予備軍とかね。犯罪者じゃなくても、いつでも誰かを陥れたい悲しむ顔苦しむ顔悔しがる顔を見るのが面白い大好き、みたいな人間の“気”も大好物。そういうのはもう**に近いから“気”どころか心ごとぱっくりいけちゃう」
その一部聞こえない辺りは聞かないこととして、それって──。
「人の心を食べるなんて、まるで手妻地蔵様がずっと相手にしてきたあの“悪いモノ”みたいじゃないですか」
道に惑わせ、誘き寄せ、心を喰らい結果的に人を死に至らしめる、“悪いモノ”。記憶に残る、闇より昏い這い寄る混沌──。
「だって、アレはソレと同じ種類のものだもの」
なんてことも無さそうに言うけど、怖いよ、真久部さん! どっちも同じ**ですよ、ってそこ聞こえないんだってば、聞きたくもないけどさ……。
「お、伯父さんはいつもそんなもの身に着けて歩いてるんですか? いくらなんでもご本人だって危ないんじゃ──」
伯父さん、悪人とは思わないけど、愉快犯的なとこは絶対あるから──、そこはどうなの? 喰われたり、しないの?
「アレはね、伯父がなだめてあやして上手く転がしてるから心配いりません。伯父自身**と似たところがあって、だから親和性があるというか……影響を受けないようだし」
あの人の心配をするなんて、何でも屋さんは本当にいい人ですね、と生温かい眼で見られてしまった。何でだよ! 普通、心配するだろ、知り合いが危ないことしてたら。
っていうか、親和性って何よ……?
「本当に、得体の知れない人ですね──」
そういう不気味な人とはあまり係わり合いになりたくな……、ちらっと真久部さんを見る。謎の微笑みを返される。
「僕と同じでね?」
悪戯っぽく笑う。
「いや、その。今のは真久部さんのことじゃなくて、伯父さんの……すみません!」
よそ様の伯父さんを貶すようなことを、俺ってば何て失礼な──。あわあわしていると、真久部さんのほうが困ったような顔になった。
「何でも屋さんの謝ることじゃないよ。悪いのは伯父や僕みたいな人間のほうなんだし。ちょっとピンボケにどこかへズレた日常なんて、普通の人にはお呼びじゃないんだから」
でも、僕は伯父ほど好奇心旺盛でもないし、あそこまで冷酷にもなれない、と真久部さんは溜息を吐く。
「悪人とはいえ人の心を、アレに喰わそうと企てるとはね。いくら**に近いようなものに成り下がってはいても、まだ生きているのに。──喰われた者は“悪いモノ”に喰われた人と同じように、生ける屍になってしまうんだから……」
生ける屍、死して屍、どっちが不幸? それはやっぱり──。
「誰も拾ってくれないかもしれない、抜け殻になった身体はともかく、いくら悪人とはいえ、魂が地獄にすら行けないのはねぇ……さすがに可哀想だと僕は思うんだけど」
生ける屍のほうに軍配上がっちゃう?
「でもまあ、今回の泥棒は手妻地蔵様のお陰で助かったかな。直接地獄へ連れて行ってもらったみたいだし」