第102話 お地蔵様もたまには怒る 21 

文字数 2,210文字

「それにしても、昨日の帰り背中が重かったのは、お地蔵様が負ぶさってたせいだったのか……」

んで、その場にいない俺にイリュージョンが見えたのは、背中のお地蔵様と、現地で力を揮う手妻地蔵様が繋がってたから、と。そのあたりを真久部さんははっきり説明しなかったけど、言われなくても理解出来るようになってしまったよ……。

「え? やっぱり体感異常があったんじゃないですか!」

ちょっと遠い目をしていると、何故か、「甘茶を!」と焦る真久部さん。俺はもうひとつきゅうりサンドを取りながらなだめる。真久部さんのぶん、ちゃんとあるな? よし。

「今日はもう本当に何とも無いんですって。──確かに、昨夜はいつの間に寝入っていたのか分からなかったりするけど、無意識にコタツに入ってたし、そのお陰で風邪も引かなかったし」

居候の三毛猫が胸の上に乗ってて温かったし。重かったけど。

「そういえば、うちにいる猫が昨日帰ったらいやに懐いてきてね、珍しいこともあるもんだと思ってたんですけど、今思えば、あれはお地蔵様に懐いてたのかもしれませんね。なんだかやたらと背中にすりすりしようとしてましたし」

「……」

俺の顔をじっと見ていた真久部さんは、なんだか気が抜けたように溜息をついていた。
いつもの俺(?)だと、安心してくれたのかな? 

「ああ……そうなのかもしれないね。猫はお地蔵様の眷属だっていうし」

「へ? 本当ですか?」

確かに、野良猫がよくお地蔵様の近くに屯ってるけど。

「そうだったら面白いなって」

澄ました顔で言いながら、すっかり冷たくなってしまっているであろうお茶を啜る。喉が渇いていたのか、一息で飲み干してしまった。

「──調子、戻ってきたみたいですね」

「何がです?」

不器用に片方の眉を上げてみせようとして、失敗してるのが面白い……とか思ったけど、指摘はしないことにした。後が怖い、そういう言葉が浮かぶ。代わりに、違うことを聞いておこう。

「俺の幻たち(・・・)に連れられて、踊りながら消えて行った地蔵泥棒って、やっぱりそのまま地獄行きなんでしょうか」

超笑顔だった、アステア・俺とロジャース・俺。彼らにがっしりと腕を取られ、ぐるぐる回りながら連れられて行った地蔵泥棒。逃れようと暴れながら必死に口をパクパクしてたけど、何も聞こえなかった。サイレントだったから。ただ、月の光だけが皓々と明るかった。

花柄ティーカップと揃いのティーポットに、緑茶に適温のお湯を注ぎながら、真久部さんは首を傾げている。新しくお茶を淹れ直してくれるらしい。

「うーん、普通は生身の人間は地獄にも極楽にも行けないはずなんですが……」

指先をティーポットで温めるようにして、考え込む。

「どうなるのか、僕にも分からないですね。あの地蔵泥棒には他にも仲間がいるようだし、それを連れるために協力させられるのかも……」

「きょ、協力?」

俺の頭の中に、囮の鴨(デコイ)が浮かんだ。

「伯父が言うには、彼と仲間たちは地蔵像や無住寺の仏像を盗むだけじゃなくて、売れなければ毀したりもしているそうです。何のつもりか分かりませんが、わざわざ狛犬の耳や脚を砕いていったり、御神木を傷つけて枯らしたり、人目を盗んで妙な油みたいなものをお社に撒いていったりね」

いずれにせよ、そいつらは地獄行きでしょうね、と何でもないことのように軽く結論づける。

「……」

怖い。地獄とか軽く言っちゃう真久部さん怖い。でも、もっと怖いのは、そんな罰当たりをやってしまえるヤツらの、欲のほうだろう。

業が深いっていうの? どこまで掘っても掘っても底の無い暗い穴を、掘って、もっと掘って、向こうに明かりが見えるまで掘って……その薄赤い明かりが、地獄の業火を映したものだと、気づくことは無いんだろうか。

それとも、ヤツらの眼には、この世の何より素晴らしい世界の入り口に見えるんだろうか。自ら火に飛び込む、夏の虫みたいに──。

「お地蔵様も、たまには怒る」

「ひっ!」

怖いこと考えてる時に無表情でそんなこと言うから、びくっとしてしまった。

「そういうことらしいですよ、今回の件は。何かの境界を越えてしまった者の末路といいますか」

仏の顔も三度、といういうけど、人はその間に猶予を与えられているのだと、真久部さんは言う。

「気づくための、自分を省みるための。心を入れ替えるための、猶予。自分は一体何をやっているのか、その行いは正しいものなのか。神仏はいつも見ていて、その機会は何度だって与えられる。
 だけど、これ以上はいけない、という一線は必ずあって、でもその基準は人間には分からない。何故なら、善も悪もそう簡単に単純に割り切れるものではないから。地蔵菩薩は道祖神、旅人を見守るように、悩み過ち転びながらも懸命に道を歩く人の行く末を、やさしく見守っている──伯父はそんなことも言ってました」

「……」

「いつもなら、古い道具たちから何を聞いてもへらへらと知らん顔する人なんですが、今度ばかりは捨て置けず、動くことにしたようです。……そういう巡り合わせになっただけだと、本人は嘯いていたけれど、今回の地蔵泥棒のような悪逆非道の徒は、お天道様の下を歩くべきではない、とも洩らしたから──、あの人も珍しく怒ってたんでしょう」
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