第171話 寄木細工のオルゴール 9

文字数 1,410文字

「そうですね……」

真久部さんんは言った。

「伝わっているいくつかの話によると、このオルゴールを作った職人は、中に寄木と組木の奥義を記した豆本を納めたとも、納めるつもりで作ったとも言われていますね」

あるいは、このオルゴールの設計図、と続ける。

「でも、ただ単純に、作ってみたくなったから作った、という話もあります。己の培った技術の集大成として、完全に趣味の域で」

「職人さんが趣味に走ると、いろんな意味でとんでもなく高度なものが出来るって、真久部さん前に言ってましたよね……」

俺は遠い目になってしまった。あれは何人形っていったかなぁ? 見かけは普通の姫様人形なのに、引っくり返して裏を見たら──まあ、お子様には見せられない光景が広がってた。だからこんなポーズで座ってて、こんな裾の広がり方してたのか、って納得したけど……。

裾の内側にもうひとつ人形作るの大変だったんじゃないですか、とかいう以前に、何故! そこまで精巧に再現しちゃったんですか、する必要があったんですか! と作った職人さんがもし目の前にいたら襟を掴んで問い正したい気分になったよ。間違えて子供が見たらどうするんだ! って。──まだ小さい子を持つ父親を、舐めるなよ……。

いや、見た目あからさまにアダルトな雰囲気なら良かったよ? でも、ごくごく普通の、どこにでもありそうな姫様人形だったんだもん、大人な俺でもぎょっとしたさ! 

そんな、俺には想像も出来ない趣向を凝らした骨董を、鑑賞させてくれた真久部さん曰く、職人が趣味に走ると凝りに凝って、ときに凡人がついて行けない域にまで達することがある。そして、その技術と発想があまりにも先鋭的なので、後に続く者がなく、その分野においてガラパゴスみたいに取り残されてしまい、製法も忘れ去られたような作品だけが後に残り、こうしてひっそりと秘密を抱えたまま、骨董古道具の店の隅にそっと佇んでいたりするんですよ、と──。

そういう種類の骨董を専門に集めている蒐集家もいます、とあのときも真久部さん、いつもの胡散臭い笑みで言ってたっけなぁ。中には、何でも屋さんがもっとびっくりするような、大人の愉しみの粋を集めたような面白い作品もありますよ、って……。そりゃ、俺だって興味が無いわけじゃないよ? けどさ、あんまり悪趣味なものはどうも受け付けない、っていうか、ふつーがいいんだよ、ふつーが! ……そんな遠回しな感想を述べたら、何でも屋さんはそうでしょうね、と笑ってたけど──。

いま目の前の真久部さんは、俺の言ったことについて、さてね、と首を傾げていた。

「本人の趣味もあるかもしれませんが……、何か(・・)に作らされた、という可能性もありますよ? その腕と技術があるばかりに、何かに憑かれて操られるようにして」

「……真久部さん」

また、怖い話に持って行って俺をビビらせようとしていませんか? そう思ってちらりと睨むと、にっこり微笑まれてしまった。

「可能性ですよ、可能性。これがそう(・・)だというわけではありません」

真久部さんはまだ鳴り続けるオルゴールを持ち上げた。すると音がピタッと止まる。びっくりしていると、今度は天地を逆にして置き直す。と、曲の違うところから鳴り始めた。

「こんな複雑で精巧な機構、思いついて作れるのは、相当の天才か、相当の変わり者しかいないでしょうね。とても捻くれている」

モノには、それを作った人の性格が出るものですよ、とそんなことを言う。
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