第144話 たくさん遊べば 3

文字数 2,075文字

あやふやにうなずきつつ、お客はごちゃ混ぜのように見えて実はそれなりに整理してある道具たちを、気味悪そうに眺めながらゆっくり店内を歩く。

肉体美をひけらかす阿吽の仁王像や、きれいな石でなんでそんなもん彫ったんだろうな蟇蛙、にやにや笑う仙人像、立派な鷹の木像、黒檀のどーんとした牛、デッサン用の石膏像、目元が妙に面白い象の置物あたりは気に入らなかったらしい。

伊万里焼の手あぶり火鉢、土瓶や鉄瓶、陶器や硝子でできた花瓶や一輪挿しを見てる。道具系が好きなのかな?

お気に召すものがあるといいなー、と思いながら、眼の端に客を捉えたままぼーっとする。こんな古道具屋にふさわしく、ゆったり響く古い時計たちの音。こいつら、まさか空気読んでるのかなぁ。──ラテン系なヤツが速めの刻みでアピールしてるみたいだけど、残念、時計には興味ないみたいだよ。

客がきれいな赤い切子硝子の酒盃を手に取りじっと考え込んでいるので、お、それ買ってくれるのかな、と思っていたら、ハッとしたふうに店の隅に眼をやった。そっと酒盃を元の場所に置くと、お客は不人気品エリアにしゃがみむ。

店の中の道具のどれが人気でどれが不人気なのか、俺には全然わからないけど、真久部さんが不人気だという品をまとめて置いてるあたりを見ると、俺にも何かがわかるような気がする。こう、薄いんだよな。何が? と聞かれても答えようがないんだけど、あえて言えば、影? が薄い。そんな感じ。真久部の伯父さんの悪食鯉が好むような、古道具の醸し出す気? のようなものはあまり無いんだと思う。

若い女性の気を引くようなもの、あのあたりにあったっけ、と思い出そうとしていたら、お客が何かを抱え、狭い通路で苦労しながら立ち上がった。

「あの、これ……」

言いながら、彼女が帳場まで運んできたのは、木彫りの熊。よくある北海道土産の、鮭をくわえた勇姿的なアレ。でも、丁寧な仕事だ。いい品物だとは思う。

「えっと、こちらをお求めですか?」

つい、聞いてしまった。店番していてナンだけど、あまりにも意外で。

「はい!」

きっぱりと、お客さん。

「あ、わかりました。えっと、お値段は……」

帳場エリアの畳の上で熊をひっくり返すと、腹の部分に真久部さんの書いた値札。似たような新しいものを、定価で買おうとすればもっとするだろうけど、これもけっこうなお値段だと思う。それでも彼女の購入の決意はゆるがないらしい。

消費税込みの値段を告げると、女性らしい明るい色の財布からお金を出す。預かって、お釣りを返して、と。

「こちらけっこう大きなものですので、宅配便にされますか?」

そういうサービスも一応やってるよ、慈恩堂。当然ながら送料いるけど。宅配便のお兄ちゃんがあまり来たがらないらしいけど。

「いえ、手で持って帰りたいんです」

「では少々お待ちいただけますか? お包みいたしますので」

えーっと、ぷちぷちはどこだっけ。店名入り袋と同じ場所にあったような……。ここでは殆ど客の対応をしたことがないから、本格的な品物の梱包は実は今日が初めてだったりする。いやー、ややこしい形したやつでなくてよかった。銅製竜の置物の、細長い髭とかどうやって保護すればいいやら。

「よかったら、こちらに掛けてお待ちください」

俺もよく座ってる畳エリアの(へり)を客に示して、俺は帳場の衝立の裏にあるふすまを開けて必要なものを探した。

お、さすがにでかい袋もあるなぁ。んー、この一番でかい袋と一回り小さいのを二重にしようか。底が抜けたら困るもんな。あとはぷちぷち。エアークッションシートとかいう立派な名前より、こう言ったほうが誰にでもわかりやすい、“梱包材のぷちぷち”。

さて、熊を包もうか、とふと見てみたら、右の耳の後ろに、ヒビが。さっき見たとき気づかなかった。

「あの、お客様……」

「はい?」

「この熊、ここのところにヒビが入ってますけど、お気づきでしたか?」

客も気づいてなかったかもしれない、そう思ってたずねてみたら、知ってます、と答が返ってきた。

「それ、昔うちにあったものなんですよ」

「え?」

俺が驚くと、彼女は苦笑した。

「父が学生の頃、お土産に買ってきたものだったそうですが、年の離れた兄が子供の頃から気に入っていて、私がもの心ついた頃にはもうずっと兄の部屋に置いてありました。でもある日、何の弾みか勉強してる兄の頭の上に落ちてきて、その時にヒビが入ったんです。それは私も見たから、覚えてるわ……」

「そうだったんですか……」

兄は座っていた椅子ごと倒れて、すごい音がしたんですよ、と彼女は当時の思い出を語る。

「兄は意識不明になって、父も母も、もちろん私も大慌て。救急車を呼んで、母が付き添って行って……。病院へ行くためのタクシーを待っているあいだ、腹立ち紛れに父はこの置物をゴミ捨て場に捨てたんだそうです。そのことを知ったのは、兄が後遺症もなく、無事意識を取り戻したあとでした」
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