第213話 見覚えのある招き猫…?

文字数 1,712文字

俺も笑顔になって、グッドチョイスの種明かし。

「“六花こまち”、最近売れてるそうですね。商店街のお米屋さんで教えてもらったんですよ。小麦粉は俺、わかんないけど、そこにあった中でも、特にお菓子を自作する人には評判いいって聞いて」

「今度これでまたマフィンでも焼きますよ。さ、どうぞどうぞ。上がって、コタツに入って待っててください。すぐ用意しますね」

にっこり笑って、真久部さんはいそいそと機嫌よく台所に通じる戸の向こうに消えていった。

「……」

俺もにっこり笑ってその背中を見送り、一人になると、つい店の中に目をやってしまう。

ごろんとした筒みたいな陶器製の枕、ちびっちゃい獅子の銅製香炉、木地に百合の花に蟷螂の図案を彫って赤く塗った香合に、銅の薬缶、花瓶なのか徳利なのかわからない豪華な芍薬の絵付き陶器、同じく陶製の招き猫は澄ました顔して、あ、あの蓋付き籐籠が無い。もしかして、売れたのか? 蓋の隙間からきょろっと眼が覗いたりすけどいいのかなぁ……ん?

このあいだ顔を洗ってた招き猫の隣に、もう一匹招き猫。隣の猫の倍ほどごろんとでっかいのに、何で今まで気にならなかったんだろう。小判の代わりに、鯉なのか鮒なのか金魚なのかわからない、でも鯛でもなさそうな赤い魚抱えてるアイツって、水無瀬さんちの蔵で見たような……?

……
……

あまり考えないでおこ。だって視界の隅で、隣の小さい招き猫がやっぱり顔洗ってるし。あ、欠伸したかもしれない。機嫌よく目を閉じて、ごろごろごろごろ……喉鳴らしてるのが聞こえるなんて、幻聴さ! 小さい小判をそんなに光らせてくれても、残念、俺は見てません。あーあ、今日も慈恩堂は怪しいなぁ! 

そう思って、俺は携帯のメールチェックをすることにした。この店で下手なもん見たら厄介……ってことはないけど、精神衛生的にだな……。お? 娘のののかからメール来てる。次の土曜日、午後から空いてる? だって。土曜日か。うーん、正午頃から夕方五時ごろまでなら空いてるよ、と──。あ、もう返事来た。じゃあトモちゃんと行くから待っててね、だって。

はぁ、やっぱり娘は和む……。パパ大好きに育ててくれてる元妻にも、毎回面会に連れてきてくれる元義弟の智晴にも感謝。情けない父親であり、元夫であり義兄だけど、そんなお前たちがいてくれるから、俺はこの何でも屋の仕事を頑張れるんだ。そうさ、真久部さん紹介の仕事でたとえどんな怪異に出会おうとも、俺は華麗にスルーしてみせる! ん……? 続きがある。

──パパのメール、ときどき金魚さんが運んでくるの。おもしろいメーラーだから、どこのやつなのか教えてほしいって、トモちゃんがいってたよ。

メーラー……? これ、普通の携帯だからメーラーもへったくれも……。PCメールのこと言ってるのかなぁ。でも俺、金魚の画像添付なんかしたことあったっけ……?

首を捻ってるところに、真久部さんが戻ってきた。大きなお盆を持ってるので、手伝おうと慌てて立ち上がろうとしたけど、大丈夫ですよ、とにっこりされて座り直す。せめてもと、勝手知ったる慈恩堂の奥座敷、いつも用意されてる茶櫃から湯呑み茶碗と急須を出し、電気ポットの湯でお茶を淹れると、ちゃぶ台コタツの上にはもう真久部さんが料理を並べ終えていた。

「ありがとうございます、何でも屋さん」

「いえ、こちらこそです。──今日もすごい、というか、美味しそうですね」

いいのかな、と思うくらい、豪華だ。すごく新鮮そうな海鮮の──。

「もしかして、富貴亭のお弁当ですか?」

「ええ。今日は茶碗蒸しも付けてもらったんです。今少しだけ温めて……あと、生牡蠣。今朝いいのが入ったらしくて。どうぞ、美味しいうちに」

さっき届いたばかりなんですよ、と胡散臭く微笑む真久部さん、普通はお弁当の出前なんかやってない今風高級料亭富貴亭と、どんなつき合いがあるのやら。ご近所の誼、なんて前にも言ってたけど、配達の若い衆はこの店を恐れ、逃げるみたいに帰っていったっけな……。

そんなことを思い出しつつ、促されて生牡蠣をひとつつまむ。ぷりぷりつるんとした食感のあと、ぷつんとひと噛みすると、口の中いっぱいに広がる潮の香り。う、美味い。
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