第225話 蔵はセキュリティ付き物件
文字数 2,146文字
はぁ、と俺は大きく息を吐いた。
「本当に、いい形に落ち着いたんですね」
真久部さんを信用してなかったわけじゃないけど、ハッピーエンドで良かった。今は誰も怖い思いを……若い衆はわからないけど、してないみたいだし。あと、出前はやってないはずの富貴亭が、なんで慈恩堂にはしてくれるのか、その理由もこれでわかったように思う。世話になったお礼と……なんとなーく怖いんだろうな、たぶん。真久部さんの言うような、ご近所の誼なんて単純な理由のはずはない。──ご本人もわかっててそう言ってるんだろうけど。
きっとこのヒト、いま板場で睨みをきかせているらしい竈猫入り招き猫と同じくらい、恐れられてるんだろうなぁ、と何となく遠い眼をしていると、にぃーっこり笑顔で話を続ける。
「そうですねぇ、ええ。八方丸く収まって、大団円です。──そう、水無瀬さんのほうも、まあまあいい感じになったと思いますよ。ちょっと形は違いますが」
ハッ。そ、そうだよ。今日は水無瀬さんちの怪異について説明を受けに来たんだよ。美味しい御飯の話から、何故か富貴亭のかまどにまつわる怪異に話がズレたけど、俺が知っておかないといけないのはそれじゃなくて……もう怪異のたぐいについてはお腹いっぱいな気分なんだけど、本当はそっちがメインなんだよなぁ。
「決まりを守れば蔵も騒がないしね」
「そ、そうなんですか?」
あの日、水無瀬さんと二人で聞いた激しい家鳴りを思い出す。ミシミシギシギシパシパシ。まるで抗議でもするみたいだった。水無瀬さんが一喝したら静かになったけど。
「あの蔵はね。“泥棒製造機”じゃなくて、単純にセキュリティ付き物件なだけでした」
単純に、っていうのもともかく、セキュリティ付き物件?
「……ALS○Kとか、SEC○Mみたいな?」
警備員は飛んで来なかったけど。っていうか、あそこで飛んで来るっていうと、人間の警備員じゃなさそうで怖いんだけど。
「そうですねぇ。そういう警備会社系じゃなくて、どちらかというと、万引き防止システムに近いです。ほら、レンタルのアイビー屋とか、食料や衣料雑貨の激安店ラ・マンチャの出入り口にあるような」
「あー、レジで店員さんに解除してもらわないと、警報が鳴るあれのことですか」
何だっけ、万引き防止タグ? っていうのが付けてあるんだよな。お金を払わずにこっそり出ようとしても、解除してないからゲートで警報が鳴ってバレるんだ。
俺はまだそんな現場に居合わせたことないけど、元義弟の智晴は見たことあるって言ってた。しかも、犯人が開き直って暴れたらしく、ののかを連れてるときでなくて良かった、とぼやいてた。なんかそいつ、ジャケットから何から、靴まで店のものを身につけて、そのまま何食わぬ顔で外に出ようとしてたらしいよ。着てきた元のものは店の隅っこに隠してあったとか。うん、そんな現場、俺だって娘に見せたくない。智晴に同感だ。
「そう。中のものが勝手に持ち出されると、怒って騒ぐようです。でも、ひと言でも断りを入れると、それで気が済むみたいですよ」
「え? どうしてそんなことわかるんですか?」
「実験してみました」
涼しい顔で宣う真久部さん。
「実験、ですか……?」
いきなり出て来たワードに戸惑う俺に、かまわず先を続ける。
「聞いたところによると、水無瀬さんのご父君、お祖父様は、独り言の多い方だったんだそうです」
「はあ……」
何でここで独り言?
「暑いとか寒いとか、ああしようとかこうしようとか、特に返事を必要としない独り言を口に出す癖があったそうです。仕事では必要なこと以外しゃべらないぶん、家でその反動が出ていたんじゃないかと、水無瀬さんはおっしゃってましたが。──言葉に気をつけないといけないご職業だったらしいです」
「……」
弁護士とか、判事とか、そういう仕事だったんだろうか。あるいは、政治家とか……? わからないけど、職業意識の強い人だったんだろうなぁ。
「だから、蔵から何か持ち出すにしても、必ず、あれを持って行こう、これを持って行こう、と中で独り言を言ってたはずなんです。──蔵は、それを自分に対する断りだと取っていたらしいんですよ」
「え……ってことは、仮に泥棒が入ったとして、そいつが“この茶碗持っていきますよー”、とか声を掛けたら、それで蔵的に? 問題無くて、家鳴りも起こさず黙ってるってことですか?」
何て役に立たないセキュリティなんだ!
「そういうことになるねぇ」
真久部さんも苦笑いだ。
「だけど、普通は盗むのにわざわざ断りを入れるような泥棒もいないでしょうから……、事は足りると思いますよ」
「……」
俺に黙って持ち出すのは許さん──! けど、ひと言でも断りを入れるなら、黙っておいてやるってこと?
「うるさ型の俺様……?」
何でも耳に入れておかないと、煩く文句言う人っているよな。別に、それについて責任を持つわけでもないくせにさ。
「うるさ型。そう、確かにね」
何でも屋さんの表現がぴったりくるなぁ、と真久部さんはうんうんうなずく。
「中のものを黙って持って出ると家鳴りをしてセキュリティを発動する、というのがあそこの蔵の“決まり事”のようです。──ひと言でも断りを入れておけば泥棒でも持ち出しOKというところが、典型的な口だけのうるさ型と言えますね」
「本当に、いい形に落ち着いたんですね」
真久部さんを信用してなかったわけじゃないけど、ハッピーエンドで良かった。今は誰も怖い思いを……若い衆はわからないけど、してないみたいだし。あと、出前はやってないはずの富貴亭が、なんで慈恩堂にはしてくれるのか、その理由もこれでわかったように思う。世話になったお礼と……なんとなーく怖いんだろうな、たぶん。真久部さんの言うような、ご近所の誼なんて単純な理由のはずはない。──ご本人もわかっててそう言ってるんだろうけど。
きっとこのヒト、いま板場で睨みをきかせているらしい竈猫入り招き猫と同じくらい、恐れられてるんだろうなぁ、と何となく遠い眼をしていると、にぃーっこり笑顔で話を続ける。
「そうですねぇ、ええ。八方丸く収まって、大団円です。──そう、水無瀬さんのほうも、まあまあいい感じになったと思いますよ。ちょっと形は違いますが」
ハッ。そ、そうだよ。今日は水無瀬さんちの怪異について説明を受けに来たんだよ。美味しい御飯の話から、何故か富貴亭のかまどにまつわる怪異に話がズレたけど、俺が知っておかないといけないのはそれじゃなくて……もう怪異のたぐいについてはお腹いっぱいな気分なんだけど、本当はそっちがメインなんだよなぁ。
「決まりを守れば蔵も騒がないしね」
「そ、そうなんですか?」
あの日、水無瀬さんと二人で聞いた激しい家鳴りを思い出す。ミシミシギシギシパシパシ。まるで抗議でもするみたいだった。水無瀬さんが一喝したら静かになったけど。
「あの蔵はね。“泥棒製造機”じゃなくて、単純にセキュリティ付き物件なだけでした」
単純に、っていうのもともかく、セキュリティ付き物件?
「……ALS○Kとか、SEC○Mみたいな?」
警備員は飛んで来なかったけど。っていうか、あそこで飛んで来るっていうと、人間の警備員じゃなさそうで怖いんだけど。
「そうですねぇ。そういう警備会社系じゃなくて、どちらかというと、万引き防止システムに近いです。ほら、レンタルのアイビー屋とか、食料や衣料雑貨の激安店ラ・マンチャの出入り口にあるような」
「あー、レジで店員さんに解除してもらわないと、警報が鳴るあれのことですか」
何だっけ、万引き防止タグ? っていうのが付けてあるんだよな。お金を払わずにこっそり出ようとしても、解除してないからゲートで警報が鳴ってバレるんだ。
俺はまだそんな現場に居合わせたことないけど、元義弟の智晴は見たことあるって言ってた。しかも、犯人が開き直って暴れたらしく、ののかを連れてるときでなくて良かった、とぼやいてた。なんかそいつ、ジャケットから何から、靴まで店のものを身につけて、そのまま何食わぬ顔で外に出ようとしてたらしいよ。着てきた元のものは店の隅っこに隠してあったとか。うん、そんな現場、俺だって娘に見せたくない。智晴に同感だ。
「そう。中のものが勝手に持ち出されると、怒って騒ぐようです。でも、ひと言でも断りを入れると、それで気が済むみたいですよ」
「え? どうしてそんなことわかるんですか?」
「実験してみました」
涼しい顔で宣う真久部さん。
「実験、ですか……?」
いきなり出て来たワードに戸惑う俺に、かまわず先を続ける。
「聞いたところによると、水無瀬さんのご父君、お祖父様は、独り言の多い方だったんだそうです」
「はあ……」
何でここで独り言?
「暑いとか寒いとか、ああしようとかこうしようとか、特に返事を必要としない独り言を口に出す癖があったそうです。仕事では必要なこと以外しゃべらないぶん、家でその反動が出ていたんじゃないかと、水無瀬さんはおっしゃってましたが。──言葉に気をつけないといけないご職業だったらしいです」
「……」
弁護士とか、判事とか、そういう仕事だったんだろうか。あるいは、政治家とか……? わからないけど、職業意識の強い人だったんだろうなぁ。
「だから、蔵から何か持ち出すにしても、必ず、あれを持って行こう、これを持って行こう、と中で独り言を言ってたはずなんです。──蔵は、それを自分に対する断りだと取っていたらしいんですよ」
「え……ってことは、仮に泥棒が入ったとして、そいつが“この茶碗持っていきますよー”、とか声を掛けたら、それで蔵的に? 問題無くて、家鳴りも起こさず黙ってるってことですか?」
何て役に立たないセキュリティなんだ!
「そういうことになるねぇ」
真久部さんも苦笑いだ。
「だけど、普通は盗むのにわざわざ断りを入れるような泥棒もいないでしょうから……、事は足りると思いますよ」
「……」
俺に黙って持ち出すのは許さん──! けど、ひと言でも断りを入れるなら、黙っておいてやるってこと?
「うるさ型の俺様……?」
何でも耳に入れておかないと、煩く文句言う人っているよな。別に、それについて責任を持つわけでもないくせにさ。
「うるさ型。そう、確かにね」
何でも屋さんの表現がぴったりくるなぁ、と真久部さんはうんうんうなずく。
「中のものを黙って持って出ると家鳴りをしてセキュリティを発動する、というのがあそこの蔵の“決まり事”のようです。──ひと言でも断りを入れておけば泥棒でも持ち出しOKというところが、典型的な口だけのうるさ型と言えますね」