第169話 寄木細工のオルゴール 7
文字数 2,319文字
違うとは言われたけど、俺はつい陰陽師の格好をした真久部さんを想像してしまった。九字を切ったり、『左に青龍、右に白虎、前に朱雀、後ろに玄武』みたいな呪文? をキリッ! と唱える真久部さん──似合う。うん、とても似合うと思う。
「……そんな期待したようなキラキラした目で見られても」
真久部さんは困ったように笑う。
「大したことは、僕はできないのでね──」
「たとえば、どんな? あ、紙で人形 作ったりとか?」
つい前のめりになって聞いてしまった。
「──しませんよ」
何言ってるんですか、と一蹴される。
「え? じゃあ毎日開店前に呪文を唱えたりとか? ほら、きゅうきゅうにょ、につりょ、でしたっけ」
「それを言うなら、急々如律令 。ビジネス英語でいうところのASAPと意味はだいたい同じだよ、as soon as possible。そこだけ言ってもね。何をASAPするんですか」
呆れたように言われてしまった。……意外に発音良くてびっくり。だけど──。
「あれってそういう意味だったんですか!」
えっと、きゅうきゅうにょりょ? の意味。そっちにもびっくり。『早くしろ!』って、確かに何を早くしろって話だよな……。
「何なんですか、もう。怖がりのくせに、半端な知識を……」
こめかみを揉みながら、頭が痛いって顔してる。いかん、想像の真久部さんの陰陽師姿が似合ってるからって、つい悪乗りしてしまった。
「す、すみません。このあいだ赤萩さんに頼まれて、一緒に『陰陽師』のDVD観たもんだから……」
映画版と、ドラマ版二種一話ずつ。主演の俳優さんは違うけど、どれも怖くて面白かった、よ……。赤萩さんは放心してたけど。でも、フィクションだと思えば……。
「だから、伯父も僕も陰陽師とは違うと……」
深い息を吐いて顔を上げた真久部さんは、そこに俺にはとても読めない怪しい笑みを貼りつけていた。う……今、ここにノンフィクションの恐怖が。
「そんなに聞きたいなら、教えてあげてもいいですよ? ええ、何でも屋さんがどうしても聞きたいというのなら、話すのも吝かではありません。微に入り細に渡って、それはもう詳しく……」
「ごめんなさい、俺が悪かったです」
俺はすぐに降参した。なのに、それを聞かないふりして話し続ける真久部さん。
「ここを買って改築したときの話なんですが、そこの土間になってるあたりをね、特別に少し掘ってもらって……」
「ホント、ごめんなさい!」
「……」
にこやかに、睨まれた。矛盾した表現だけど。
「……虚構と現実を一緒にしない。わかりましたね?」
コクコクとうなずく。笑っていないその眼が怖いです。
「同じ縁でも、良縁は結びたいけれど、悪縁は繋ぎたくない。──悩ましいところです」
加減が難しいんですよ、と溜息を吐いた。
「今日来たという客は、よほどこのオルゴールとの縁が強い人だったんでしょう。つまり、悪いほうのね。──対策をしてあるうちの店には、置いてある道具と薄い悪縁が有る、程度の人は入って来ないし、少し強いくらいでも、中に入れば何に引っ張られたのかわからなくなって、目の前に当の道具があっても見えないはず。ぐるぐる店内を回ってそのうち少しは相性の良い──良縁の道具に引かれるか、そのまま出て行くかのどちらかです」
「……」
あの客、店に入って中を見回したと思ったら、すぐにオルゴールを見つけて手にしてたなぁ……。
「伯父の“技”に逆らってまで繋がった悪縁……。強力な磁石の、N極とS極みたいなものですね。引き合うのを留めることは難しい。僕がいれば反らせられたかもしれませんが……仕方ありません。これも巡り合わせですから」
縁に良悪があるように、巡り合わせにも良いものと悪いものがあるんです、と真久部さんは言う。
「前回、何でも屋さんに店番をお願いしたときは、長い間売れずにずっと店にあった木彫りの熊と、昔に家でそれを所有していたという客が出会いました。あれは、良い縁と良い巡り合わせだったと思いますよ。──今回はその逆のことが起こった、それだけのことなんでしょう」
今日、何でも屋さんの都合がつかなくて、僕が店を閉めて出掛けていたとしたら、その客は店に来ることはなかったでしょうね、と淡々と続ける。
「そういう縁と巡り合わせの組み合わせは、云わば交通事故のようなもの。だから、何でも屋さんが気にすることはありませんよ」
「……」
俺、開けようとするの止めてればなぁ……。そんなふうに思ってるのを見透かされたか、だから気にしちゃダメですって、と苦笑された。
「誰にもどうにも出来ませんよ。──どうして巡り合ったのか? 何故ならそれは運命だから。例えばそう、ロミオとジュリエットみたいにね」
……ロミジュリかぁ。それならしょうがないな、とやっと思えてきた。
そんな俺に真久部さんはまた胡散臭い笑みを浮かべてみせると、傍らのオルゴールを手に取った。結局箱に仕舞うのかな、と思っていたら、両手で持ってじっと眺めて──え? まさか開けるの? 思わず凝視してしまう。
「……」
真久部さんなら正しい開け方知ってるんだろうけど、何もあんな話した後で開けてみせてくれなくても……。そう思いつつ、気持ち後ずさってしまったけど、どうやら細工を動かすでもないようだ。
右に一回、左に一回。ひっくり返して右に二回。左に回してこちらから見て背面を上に、今度はそれを底に向ける。そして、ただひたすらサイコロを転がすみたいに、ころころ、ころころ、オルゴールを動かし続ける。
何回同じようなことをやっただろう。啞然と見ている俺の前で、真久部さんは最後にそれをちゃぶ台の上に戻した。と、キリッ、とかすかな音がして……。
♪~
オルゴールが音を奏で始めた。
え?
「……そんな期待したようなキラキラした目で見られても」
真久部さんは困ったように笑う。
「大したことは、僕はできないのでね──」
「たとえば、どんな? あ、紙で
つい前のめりになって聞いてしまった。
「──しませんよ」
何言ってるんですか、と一蹴される。
「え? じゃあ毎日開店前に呪文を唱えたりとか? ほら、きゅうきゅうにょ、につりょ、でしたっけ」
「それを言うなら、
呆れたように言われてしまった。……意外に発音良くてびっくり。だけど──。
「あれってそういう意味だったんですか!」
えっと、きゅうきゅうにょりょ? の意味。そっちにもびっくり。『早くしろ!』って、確かに何を早くしろって話だよな……。
「何なんですか、もう。怖がりのくせに、半端な知識を……」
こめかみを揉みながら、頭が痛いって顔してる。いかん、想像の真久部さんの陰陽師姿が似合ってるからって、つい悪乗りしてしまった。
「す、すみません。このあいだ赤萩さんに頼まれて、一緒に『陰陽師』のDVD観たもんだから……」
映画版と、ドラマ版二種一話ずつ。主演の俳優さんは違うけど、どれも怖くて面白かった、よ……。赤萩さんは放心してたけど。でも、フィクションだと思えば……。
「だから、伯父も僕も陰陽師とは違うと……」
深い息を吐いて顔を上げた真久部さんは、そこに俺にはとても読めない怪しい笑みを貼りつけていた。う……今、ここにノンフィクションの恐怖が。
「そんなに聞きたいなら、教えてあげてもいいですよ? ええ、何でも屋さんがどうしても聞きたいというのなら、話すのも吝かではありません。微に入り細に渡って、それはもう詳しく……」
「ごめんなさい、俺が悪かったです」
俺はすぐに降参した。なのに、それを聞かないふりして話し続ける真久部さん。
「ここを買って改築したときの話なんですが、そこの土間になってるあたりをね、特別に少し掘ってもらって……」
「ホント、ごめんなさい!」
「……」
にこやかに、睨まれた。矛盾した表現だけど。
「……虚構と現実を一緒にしない。わかりましたね?」
コクコクとうなずく。笑っていないその眼が怖いです。
「同じ縁でも、良縁は結びたいけれど、悪縁は繋ぎたくない。──悩ましいところです」
加減が難しいんですよ、と溜息を吐いた。
「今日来たという客は、よほどこのオルゴールとの縁が強い人だったんでしょう。つまり、悪いほうのね。──対策をしてあるうちの店には、置いてある道具と薄い悪縁が有る、程度の人は入って来ないし、少し強いくらいでも、中に入れば何に引っ張られたのかわからなくなって、目の前に当の道具があっても見えないはず。ぐるぐる店内を回ってそのうち少しは相性の良い──良縁の道具に引かれるか、そのまま出て行くかのどちらかです」
「……」
あの客、店に入って中を見回したと思ったら、すぐにオルゴールを見つけて手にしてたなぁ……。
「伯父の“技”に逆らってまで繋がった悪縁……。強力な磁石の、N極とS極みたいなものですね。引き合うのを留めることは難しい。僕がいれば反らせられたかもしれませんが……仕方ありません。これも巡り合わせですから」
縁に良悪があるように、巡り合わせにも良いものと悪いものがあるんです、と真久部さんは言う。
「前回、何でも屋さんに店番をお願いしたときは、長い間売れずにずっと店にあった木彫りの熊と、昔に家でそれを所有していたという客が出会いました。あれは、良い縁と良い巡り合わせだったと思いますよ。──今回はその逆のことが起こった、それだけのことなんでしょう」
今日、何でも屋さんの都合がつかなくて、僕が店を閉めて出掛けていたとしたら、その客は店に来ることはなかったでしょうね、と淡々と続ける。
「そういう縁と巡り合わせの組み合わせは、云わば交通事故のようなもの。だから、何でも屋さんが気にすることはありませんよ」
「……」
俺、開けようとするの止めてればなぁ……。そんなふうに思ってるのを見透かされたか、だから気にしちゃダメですって、と苦笑された。
「誰にもどうにも出来ませんよ。──どうして巡り合ったのか? 何故ならそれは運命だから。例えばそう、ロミオとジュリエットみたいにね」
……ロミジュリかぁ。それならしょうがないな、とやっと思えてきた。
そんな俺に真久部さんはまた胡散臭い笑みを浮かべてみせると、傍らのオルゴールを手に取った。結局箱に仕舞うのかな、と思っていたら、両手で持ってじっと眺めて──え? まさか開けるの? 思わず凝視してしまう。
「……」
真久部さんなら正しい開け方知ってるんだろうけど、何もあんな話した後で開けてみせてくれなくても……。そう思いつつ、気持ち後ずさってしまったけど、どうやら細工を動かすでもないようだ。
右に一回、左に一回。ひっくり返して右に二回。左に回してこちらから見て背面を上に、今度はそれを底に向ける。そして、ただひたすらサイコロを転がすみたいに、ころころ、ころころ、オルゴールを動かし続ける。
何回同じようなことをやっただろう。啞然と見ている俺の前で、真久部さんは最後にそれをちゃぶ台の上に戻した。と、キリッ、とかすかな音がして……。
♪~
オルゴールが音を奏で始めた。
え?