第220話 竈と猫 7  かまどの御座所

文字数 1,390文字

「……」

「かまどが、場違いなところに置かれているせいで憤慨しているのはすぐにわかったのでねぇ。板場はどうなってるのかと、まずそちらを見せてもらったんです。対策を立てるにしても、現状確認は必要ですから」

この日、店を閉めてまで、自分が商売物の招き猫を持って出かけたくなったのは、どうやらこのためだったらしいと納得した真久部さん。お困りでしょうか、と富貴亭の人たちに声を掛けたあと、自分を板場へ案内するよう求めたらしい。

腕の中の招き猫がなんだか温かくなってきたと怯えるオーナーに、抱っこしたままでいてくださいね、と宥めるのは大変でした、とちょっと遠い目をする。

「板長に勝手口を開けてもらって中を見たら、驚いたことにちょうどかまどが納まるくらいの空間がぽっかりと空いてる。これは……と思ってねぇ、ここは何を置く場所ですか、とたずねたんです。そしたら、みんなきょとんとしてる。二度見三度見してからようやく気づいたのか、『えっ!』ってねぇ。全員が声をそろえて言うものだから、思わず笑っちゃいましたよ」

「うーん……」

いや、そりゃ……びっくりしただろうな、富貴亭の人たち。今まで見えなかったものが、いきなり目の前に出現したみたいなもんだろうから……。

「皆、その場所を避けている自覚が、全くなかったらしいんだよね」

かまどの威厳というか、貫禄というか、何か威圧されるものを、無意識に感じてはいたようだねぇ、と真久部さんは楽しそうだ。

「聞けば、収納棚や冷蔵庫、冷凍庫などが、何度やっても最初の計画通りに収まらないのを誰もおかしいと思わなかったんだそうですよ。詰められる場所はとにかく詰め、通路を狭くしてまで、それらを収めていたのだとか」

「……本来、かまどを置くべき場所はそこだと、皆が心のどこかで理解してたってことですか?」

「そういうことになるねぇ」

にっこりと、真久部さん。──この人の笑みは、どうしてこう胡散臭く……。やめよう、今更だ。

それにしても、かまどの威厳かぁ……。かの自称・越後の縮緬問屋のご隠居だって、好々爺じみた害のないにこにこ笑顔をちょっと厳しいものに変えれば、とたんに、あ、この爺さん只者じゃない! ってわかるもんな、印籠が無くたって。そこに在るだけで周囲を平伏させる存在。

「後は簡単でしたよ。せっかくそこに場所があるんだから、あのかまどをそこに据えればいいですよ、とアドバイスするだけで済みましたから。──自分たちが自覚もなくかまどの置き場所を作っていた、そのことに気づいて、富貴亭の人たちもさすがにわかった(・・・・)ようですね」

「……」

えっと、そういうの。何ていったっけ。

「……御座所?」

「そうですね、かまどの御座所です」

真久部さんはうなずいた。

「かつてどこかの(くりや)にあって、その家の者たちの命を養うための煮炊きに何十年と使われ、あれほどの(しょう)を宿したかまど。それを持ってくるなら、本当は台所……板場に置かないといけなかった。──入り口の飾り(オブジェ)にしたかったなら、煮炊きをして人に料理を供する店、富貴亭の象徴としてそこに在ってもらっているのだと、日々感謝の気持ちを持って大切にすればよかった。たまに日本酒でも供えてね。けれど、それで済む時期は既に過ぎてしまっていたので……」

かまどと竈猫の怒りを治めるには、かまどをかまどとして使ってもらうしか、方法はなくなっていたというわけです、と唇の端を上げた。
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